DNTシェーンコップ×ヤン
* コプヤンさんには「嫌なことは数えても減らない」で始まり、「だから君がいい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字)以内でお願いします。

道行き

 嫌なことは数えても減らない。だから今、のし掛かって来るシェーンコップの躯に両の手足を絡みつかせて、ヤンは何も考えないために、シェーンコップが注ぎ込んで来る熱へ自分を溶かそうとしていた。
 放っておくと、あれこれ浮かび上がって自分の脳をちくちくつつき続ける、様々の嫌なことを、忘れられないならひと時だけでも考えずに済むように、ヤンはこれ幸いと、シェーンコップにしがみついて、自分の上で息を荒げる男の赤みの差した頬や首筋を盗み見ている。
 何もかもがバランス良く整ったこの男を見ていると、香りの良い紅茶を片手にとても気に入って手に入れた絵でも眺めているような、そんな気分になる。それを口にすれば、きっと気を悪くするだろうと思うから、自分の目にそんな色のこもらないように、ヤンは気をつけながらシェーンコップから視線を外せない。
 とてもきれいな男だ。美しいと言ってもいい。きっとそう言われ慣れているだろう。わざわざヤンがそう言わなくても、この男は自分と言うものをよく知っている。
 目の保養と言う、そんな軽々しい言い方ではなく、シェーンコップはもっと深いところで、ヤンを慰めてくれる。今もこうしてヤンを抱いて、ヤンを深々と穿って、ヤンはシェーンコップに満たされて、喉を伸ばして喘いでいればよかった。
 熱を繋げて、1+1が2ではないことを知る。もっと別の何かに生まれ変わって、ふたりがひとつのものになる。
 ヤンは、シェーンコップの頬の辺りで揺れている髪へ指先を差し入れ、耳の方へかき上げる仕草と一緒に、シェーンコップの頭を自分の胸へ抱え込んだ。汗に濡れた額が、滴る汗をためた鎖骨のくぼみに当たって、そこからヤンの首筋へ頬をこすりつけながら唇へたどり着いて来る。
 ねじ込まれる舌を、むしろ喉の奥へ誘い込むようにして、塞がれる呼吸の苦しさよりも、満たされた熱さの心地好さの方が今は大事だった。
 奪い合う呼吸の代わりに、熱を与え合って、ヤンは自分の躯がシェーンコップにぴったりと添い、刻一刻と変化しながら、シェーンコップに同化してゆくのを感じる。汗は溶けた皮膚だ。混じり、体の上を滑り、滴りながらふたりの躯を繋げてゆく。こすられるヤンの粘膜が、シェーンコップを逃すまいと、穿たれる深さの中に飲み込んでゆく。
 刺し殺されたと思ったヤンが、シェーンコップを絞め殺して、この些細な小競り合いはどうせどちらが勝ったとも言えずに終わるのだから、勝敗を気にせずにまたシェーンコップを抱いて、もっと、と勝手に動く脚がシェーンコップを引き寄せていた。
 奥行きのない薄い体は、けれどシェーンコップに絡みついて離さずに、重なった舌の奥で短く切れる息を、心配してかシェーンコップが少し胸を浮かせた。
 いいんだと、ヤンがまたシェーンコップを引き寄せる。心配はいらない。ヤンは、短い仮死をもたらしてくれる、シェーンコップの手順を気に入っている。
 全身を覆われ、視界も覆われ、ヤンはシェーンコップのことしか考えられず──感じられず、呼吸も熱も、躯の内側も明け渡して、シェーンコップの指がそこへ届くなら、魂も素直に手渡したろう。
 ヤンのすべてが霧散する。この世で価値があるのはこれだけだと思わせてくれる、この美しい男。
 目の中を虹色に満たされて、瞬きの間(ま)に、ヤンのすべてはシェーンコップの瞳の色に染まった。
 真空になった躯の中に、シェーンコップがヤンを呼ぶ声が染み通ってゆく。お返しにシェーンコップを呼んだヤンの声は、シェーンコップの柔らかな耳朶を湿らせた。
 君がいいと、つぶやいた声が、届いたかどうかは分からなかった。シェーンコップが導いてくれる短い仮死へ全身を沈めてゆきながら、唇と喉が震えて、まだ欲しがるように、もう一度シェーンコップを呼ぶ。
 蜜色の波にさらわれて、ヤンは忘れた呼吸を取り返すために、シェーンコップの唇へ自分の唇を寄せて、重ねた舌の振動に同じことを言わせる。
 わたしをこんな風にするのは君だけだから、だから君がいい。一緒に死ぬなら、君がいい。

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