シェーンコップ×ヤン
* みの字のコプヤンさんには「ガラス瓶の中に想いを詰め込んだ」で始まり、「想いを伝える術はなかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば11ツイート(1540字程度)でお願いします。

Drunk Hunk

 ガラス瓶の中に想いを詰め込んだ。そこに映る目が潤んでいるように見えるのは、酔いのせいだ。それだけだ。
 すっかり空になったブランデーの瓶。ヤンは少なくとも2/3強を飲んだはずだ。残りを一緒に飲んだシェーンコップは、さすがに赤い顔で、ついた頬杖が少し不安定に見える。この男の酔った姿とは珍しいものだと、ヤンは少し頬は赤いものの、しっかりした意識でそう思う。
 互いに呼吸はすっかり酒臭いけれど、それは不快ではなく、ヤンが少しばかりいつもより近いところに顔を寄せていても、シェーンコップは気づきもしないようだった。
 今なら、何を言っても酔った上の戯れ言になるし、きっと明日には覚えてもいないだろうなと、ヤンは考える。それでも実際に思うことを口にする勇気はなく、ただ空になったブランデーの瓶を、さも珍しいものでも見るように手に持って眺め、シェーンコップの前で、見た目よりは酔っているのだと言う振りをするのだった。
 君は知らないんだろうな。知っているはずがない。
 ふたりの、初めての邂逅。シェーンコップはヤンに気づいてはいなかった。ヤンは一方的にシェーンコップを見、観察し、その間ずっと、狭まった視界にシェーンコップ──と彼の部下たち──しか入れずに、その良く通る声を聞きながら、この世が美しいものだけで満たされればいいのにと、学生のようなことを考えていた。
 それは無茶な希(ねが)いだろうか。君だけを見て、君の声だけを聞いて、君が大袈裟にする身振り手振りに、辟易している振りで見惚れて、癇症に刈り込まれている爪の形の良いことや、黙っている時の鼻筋と唇の作る線のバランスが完璧なことや、ただ立っていても歩いていても、そうしたいなら即座にその場の空気を塗り替えることができることや、造作の恐ろしいほど整った、美しい人間だけができることのひとつびとつを、わたしは君を見て学んだ。
 それは羨望ではなかった。ヤンは、美しいと言うことがひとつの才能になり得るのだと言うことを、シェーンコップに出会って初めて知り、美と言うものに決して鈍感ではないにせよ、それは主に美術品や本などに限られていたヤンにとって、息をして動く、自分と同じ人間に、その類いの美を見出したことに、ひどく驚いたのだった。
 美しいと言うだけで、間違いなく周囲を明るくする。人はシェーンコップを眺め、微笑み、嘆息する。美しいものが、きちんと美しいものとして価値を認められるのは、平和な時だけだ。そういう意味では、シェーンコップは平和の象徴とも言えた。
 亡命者、あるいはその子孫ばかりで編成された、精鋭の陸戦部隊ローゼンリッターの、連隊長が平和の象徴と言うのも、ヤンが言えば冗談にしか聞こえない話だけれど、ヤンはそれを誰にも語ることはなく、真にその通りだと信じている。
 君もきっと笑うだろうな。
 普段よりはぼんやりと、今ヤンを見つめて、シェーンコップはすっかり気を抜いた様子に、突然ヤンの肩へ長い腕を回して来ると、無造作にヤンの額へ自分の額をくっつけた。
 「貴方に付き合うと、酔い潰れるしかありませんな。」
 「しゃんとしててくれよ。君を抱えて帰るのは不可能だ。」
 濃いまつ毛が、鬱陶しいほど間近に見えて、ヤンは、心臓の音がどこかからシェーンコップに伝ってしまわないかとひやひやしている。
 肩にまだ触れたままの掌が熱いと思うのは、酔いのせいばかりではないだろう。
 提督、とその距離のまま、シェーンコップが上目にヤンを見た。何だいと目顔で、どきりとしながら訊き返すと、ふっとシェーンコップは、息の止まりそうなほど可愛らしい微笑み方をして、貴方は、と言ったきり口をつぐんでしまった。
 掌と額が離れてゆく。それを、驚くほど残念に思いながら、ヤンは正面に体の向きを戻して、何も起こらなかったような表情を作る。
 美しいものに魅かれる気持ち、あるいは、魅かれたものがたまたま非常に美しかったと言うだけの話なのかもしれない。恋する気持ちに縁がなく、ヤンはいまだ自分の気持を名付けられず、持て余したままでいる。
 この椅子から下りて、少しばかり足元の危ういシェーンコップに肩を貸して、あくまで酔った部下を心配する上官と言う素振りで、シェーンコップを自宅まで送り届ける。その間、もう少しふたりきりでいられる。
 ひとりきりの夜が何となく薄寒い、そう感じるのが、シェーンコップのせいだと気づかない振りで、ヤンはそろそろにしようと、シェーンコップへ向かってゆっくりと唇を開く。
 この想いを伝える術は、まだなかった。  

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