シェーンコップ×ヤン

Drunk on You

 どうですかと、差し出そうとした酒を、ヤンは苦笑を浮かべて断った。シェーンコップはちょっと意外そうな表情を浮かべて、それならと自分だけの分を注ぎ、けれどそれがその場で飲まれることはなかった。
 ヤンのために手に入れて、シェーンコップが自分ではほとんど飲まずにおいたブランデーは、ふたりが寝室へ移動するのに付き合わされ、小振りの、ちょっとずんぐりしたグラスの中で、じきに始まった騒々しいと言うほどではない物音を、黙って聞いている。
 掌のぬくもりであたためられるべきその琥珀色のとろりとした液体は、ふたりの吐く息で次第に上がる室温にぬくめられて、手を付けられないまま、豊かな香りを辺りに放っていた。
 熟練した演奏家と、付き合いの長い楽器のように、ふたりは互いに馴染み切って、どこをどう押せばどんな音が出ると知り尽くしていても、その日の気分と体調と湿度と気温と、あるいはただ、ヤンのシェーンコップを呼んだ時の声がいつもより少し低かったと言うそれだけで、ひどく新鮮な音が互いの躯から漏れ聞こえる。
 長い口づけの間に、シェーンコップはヤンの髪に指を差し込んで頭を抱え込み、握り込んだ自分の指を締め付けて来る黒髪のしたたかさに、ヤンの昼間見せる頑固さを重ねて、心の中で苦笑をこぼしていた。
 ヤンも、シェーンコップの髪へ指をもぐり込ませ、こちらは柔らかさが本人とまるで似たところがないと、ヤンを苦笑させている。
 唇が離れると鼻先をこすり合わせ、また唇の重なるその前に、額を触れ合わせて、そのたび重なった色違いの髪がさりさりと乾いた音を立てる。
 同じ石鹸の匂いをさせて、けれど汗の匂いは少し違って、唇の間で呼吸が混ざると、どちらがより多くそれを吸い取ってしまうかと争うように、時折それの度が過ぎて、歯列がぶつかる事故や相手の舌先を噛むアクシデントが起きた。
 白けるには欲しい気持ちが強過ぎて、膚を探る手指は止まることはなく、繰り返し体の位置を入れ替えながら、躯の動きが次第に不埒になる。
 先を急ぐのを惜しがるように、執拗に触れながら、素通りする場所もあった。ヤンの内腿を撫で上げてから、また躯を落とす前に、シェーンコップは一瞬眼下の眺めに見惚れ、喘いで上下するヤンの薄い腹へ唇を寄せようとした。
 それを途中で止め、思いつきのために腕を伸ばし、置いたままだったブランデーのグラスを取り上げると、ヤンのみぞおちへ向かってそっと傾ける。冷たくはなくても、体温ほどあたたかいはずもないそれを不意に注がれて、ヤンの下腹がいっそう深くうねる。
 こぼれてシーツを汚すのも構わず、シェーンコップは半分ほどをヤンの上へ注ぎ、出来上がったささやかなせせらぎへ舌を伸ばした。ヤンの、滑らかな膚の上へ湛えられた、舌には同じほどなめらかな液体。ヤンの体温に急にあたためられて、シェーンコップの鼻先に、むせるほど芳香が立つ。それを、流れの最初からゆっくりと、シェーンコップは舐め取り始めた。
 こぼれた、いっそう細い支流へも丁寧に舌を伸ばし、添えた指先が濡れれば、それはヤンの唇へ塗りつける。ヤンは自分の唇を舐め、一緒に、シェーンコップの指先も舐めた。
 わずかに、皮膚の色より濃い染みらしき跡を残して、液体はすっかりふたりの唇に吸い取られ、まだ味も香りも残るまま、シェーンコップは体を下にずらし、ずっと素通りを繰り返していたヤンの熱へやっと唇の先を押し当てる。
 いっそここへ直に注いでしまいたいとさっき思ったのは、ヤンには悟らせない。
 指と唇で包み込みながら、今は焦らしはせずに、さっき酒で焼かれた喉の奥まで導いて、シェーンコップはヤンの上げる声を遠くに聞いた。
 酒の香りが、ヤンの体中から立ち上る。その香りのせいかどうか、こんな量で酔うはずもないのに、舌を動かしながら頭の奥がくらくらした。
 活力らしき空気を発することのないヤンの、裸にすればいっそう生気の薄い肢体。陶器を思わせる肌の照りのせいで、ふとした瞬間には人形めくのに、今は汗に濡れて血の色を上らせて、恐ろしく人間くさい表情が全身に浮かぶ。
 シェーンコップは、目の前の下草の猛々しさへ目を細めて、髪の色よりも濃く見えるそれが唯一ヤンの生命のあかしのように思えて、添えた指先でくすぐるように触れた。
 唾液の滑りで輪郭をくまなくなぞられるのに耐え切れなくなったのか、ヤンが体を起こし、シェーンコップのあごを押さえた。もういいと、達することも求めずに、外した唇を舐めたシェーンコップの舌先の動きに、寒気でも覚えたように背中と肩を大きく震わせて、まだ酒の匂いの残る自分の躯を、別の形に近寄せてゆく。
 ヤンへ向かって平たく躯を落として、繋がった後も動きはゆるやかに、シェーンコップは先を急がなかった。
 まだ、めまいのような感覚が残っていて、酒の味の残る喉の奥は渇いたようにひりついて、抱き込んだヤンの耳朶へ唇だけで噛みつきながら、汗すら啜り取るように、シェーンコップはヤンの首筋を、さっきそうして注いだ酒を舐め取ったように舐め続けた。
 ヤンが、重なった腹の間でこすり上げられて、果てそうになっていた。同時に終わる義務もない。それでもヤンの方へタイミングを合わせようとしたシェーンコップの下で、突然ヤンが体を起こして来てシェーンコップの肩を押す。
 向かい合わせに坐り込む形に、シェーンコップの首にしがみついて、今度はヤンの方が自分で動き始めた。
 繋がる角度が変わり、密着の具合が変わり、果てが遠のいても熱の質量は変わらずに、ヤンが必死に動くのに合わせながら、シェーンコップは再び喉の渇きに、飢えたようにヤンの鎖骨のくぼみへ舌を這わせた。
 もう少し、と思ったところで、突然ヤンが動きを止め、シェーンコップの膝の上で躯をひねった。何かと思うと、後ろへ必死で腕を伸ばしている。
 「──何ですか。」
 少し上ずった声で訊くと、精一杯伸ばした指先が、そこへあるグラスに届きそうになっていた。シェーンコップはしわだらけのシーツの上で体を滑らせて、ヤンの手が届くようにした。
 体をねじってやっと取ったグラスの中身を、ヤンは半分空け、ぐいと指先で唇を拭い、それから残りを喉を伸ばして飲み干した。実際には、まだ飲み込まずに、口に含んだままシェーンコップの唇を親指でねじ開け、強引に口移しにしに来た。
 酒と一緒に押し込まれる舌を、そのまま飲み込んでしまいそうに、シェーンコップは突然癒やされた喉の渇きに、けれど今度は胃を焼かれて、唇の間からこぼれたそれを自分の指先で拭い、濡れた指先のまま、ヤンの熱に触れる。
 酒の熱さにか、ヤンがびくりと体を震わせ、その隙にシェーンコップはヤンを抱き込んで、また自分の下へ敷き込んだ。
 まだヤンが手にしたままのグラスはそっと取り上げ、何とか元の場所へ戻し、一体何に酔ったのか、焦点の合わない視線をどこかへさまよわせているヤンは、手探りのようにシェーンコップのあごに両手を添え、酒の匂いのするそこを舌を伸ばして舐める。
 ヤンの赤い舌を見て、ヤンを絶対に傷つけないようにと言う理性は、そこで飛んだ。
 シェーンコップと、自分を呼んだヤンの上の空の声が、それを止めようとしたのかそれとも促すためだったのか、確かめる余裕もなく、ひどく揺すぶられてずり上がるヤンの体はベッドの端からはみ出して、頭が完全にそこから落ちると、伸び切った喉で小さな喉仏が痛々しく上下するのが見えるだけになった。
 声と呼吸の音が聞こえるたび、酒の残り香がふたりの膚の上を滑ってゆく。酔いが進み、シェーンコップはめまいの中へ心地好く落ち込んで行った。
 ヤンが腕を伸ばして来て自分のあごへ触れた時、かすかに酒の匂いのする指先を横ざまにしごくように舐め、シェーンコップはその手を自分の掌と一緒に、ヤンの下腹へ移動させた。
 自分で触れるように、指を重ねて促すと、ヤンはシェーンコップの動きに合わせて、素直に手を動かし始めた。それが自分自身の手指だと言う意識も薄げに、シェーンコップが手を離した後もヤンはこすり上げる動きを止めずに、酒を注がれた同じ辺りへ白く熱を吐き出して、ベッドから頭は落としたまま、喉を裂いて叫んだ。
 シェーンコップは、いつもより手荒に扱った謝罪のために、ヤンの頭をそっと持ち上げてベッドの上に戻すと、ただ穏やかに口づけて、この酩酊の理由を腕の中に抱きしめる。
 ヤンに抱き返され、激しさをようやく自分でなだめて終わらせると、酔いの覚めない熱に潤んだままの闇色の瞳が、自分を見返しているのに出会って、思わず邪気も皮肉もなく微笑みを返していた。
 酔うのに酒はいらない。脳がとろけるほど互いに酔っ払って、これはいつか覚めるのだろうかと、もう素面の自分が思い出せずに、シェーンコップはヤンの額に髪ごと口づけながら、ヤンに対する飢えでまた胃の裏側が疼くのに、長い瞬きで耐えようとした。

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