YJシェーンコップ×ヤン
* コプヤンは『妖精な吐息』というお題で文字書きしてください。

妖精な吐息

 ヤンの薄い背が、下でうねっている。声はない。ヤンは滅多とこんな時には声を立てない。
 静かなヤンから、シェーンコップは、その膚や筋肉の陰影からあらゆることを聞き取るしかない。
 いいですかと、先へ進む伺いを立てれば、うんでもだめでも、視線と首の小さな動きで伝えて来て、シェーンコップがあまり声を殺すと言うことを積極的にしないせいか、相手の女たちも大抵派手に喘いでくれるから、ヤンのこの静けさはシェーンコップには予想外だった。
 誘って来たのはヤンの方だ。あれをもし、誘いと言うのなら。
 猫のようにシェーンコップの膝にすり寄り、スカーフをほどき、襟元へ手を滑り込ませて来た。小さくはないけれど特に大きくもない手が、首筋と鎖骨をなぞって、いやならいやって言った方がいいよと、手指の動きを止めずに、あの闇色の瞳が伝えて来た。
 司令官閣下に、否の返答はできかねますな。
 ふざけて言うつもりで、けれどそんな調子にはならなかった。
 底なしのあの瞳に、その時にはもう全身を飲み込まれていたのかもしれない。
 声も躯も仕草も、特にそそられると言う類いでもなかったのに、剥き出しにした首筋と背中に触れて、シェーンコップは考えを変えた。
 弾みのある膚。ずぶずぶと全身の埋もれてゆくような柔らかさではなく、最後の際でこちらを拒む、あくまで他人の膚。境いはきっちりとそこにある、張り切った果実の、ナイフの刃の滑り込むのを阻みながら、歯列を食い込ませれば果汁をあふれさせる、熟れた中身を包み込む、あの硬さと柔らかさの恐るべきバランスを孕んだ、皮のような、シェーンコップは気づくとそれに歯を立てていた。
 青さの水っぽさはなく、噛み切ろうと思えばそうできなくもない薄い筋肉の、少年めいた見た目とは裏腹の、食い込む歯を跳ね返す密度。
 振り下ろした戦斧の刃(やいば)が、肉の中をじりじりと進んでゆく時の手応えを思い出して、シェーンコップはゆっくりとその歯を外した。ヤンは痕の残るほど咬まれて、けれど何も言わなかった。
 躯を繋げて、進める。穿つ動きを、いつもよりずっと慎重にした。
 優しいね。
 シーツに掌を重ねて、その上へ額を乗せ、ヤンが小さな声で言った。
 シェーンコップは一瞬躯の動きを止めて、その後で、少しだけ強く、意地悪くヤンの中を穿った。
 猫が不満を表す時のような、いびつな声がその時初めて漏れ、長い深い吐息がそれに続く。吐息の後は再びヤンの声は途切れ、シェーンコップは相変わらず耳を澄ますようにヤンの皮膚の慄えを全身で聞き取ろうとした。
 ヤンの膚。シェーンコップなど触れたこともないような上質の絹が、きっとこんな手触りだろう。こちらの皮膚の境いを曖昧にして、身に着ければもう1枚の皮膚のように、いつまでも触れていたい気分にさせる。
 それよりは幾分か情熱的に、シェーンコップへ沿って来る熱い粘膜。引きずり込まれるそこに待つのが地獄の予感を、けれどシェーンコップは皮肉笑いで受け流す。
 じわじわと自分の首を絞め上げて来る、絹の感触。同盟軍のスカーフよりもよほど危険な首枷だと思って、けれど逃れたい気持ちがどこにもない。
 声もなく、ヤンがただ背中をうねらせる。躯が伝えて来るのは、もっと、だ。それに応じて、シェーンコップは動きながらヤンの腰をもっと近く引き寄せる。
 同盟軍の軍服などクソくらえだと平然と言えても、ヤンが自分の首に掛けたその輪の絹の感触は、地雷原に飛び込んでゆく危機感を無にする。
 戦斧の切っ先に、絡まるだけで切り裂けはしない、その首枷。
 シェーンコップに押し込まれて、ヤンがまた息を吐く。引く時には、ヤンの全身が、行くなと言うようにすがりついて来る。
 どこにも行きません。首の輪が締まるのに、息苦しさを感じながらシェーンコップがひとりごちる。
 ここまで近く躯を寄せて、それでも人はひとりとひとりでしかなく、皮膚を裂いて、縫い合わせたらどうなりますかねと、シェーンコップはにやりもとせず生真面目に考えた。
 張り詰めた膚の下の、熟れた果実に歯を立てる。噛み切れないそこへ、シェーンコップは、捧げるように噛みながら息を吐いた。
 躯を外してしまえば、後に何も残らない。吐息の湿りが乾く頃には、ヤンの膚からシェーンコップの咬み痕も消えるだろう。
 繋がりをほどく前に、シェーンコップは包み込むように、ヤンを全身で抱きしめた。
 吐き出す熱はじき冷めるとしても、ヤンが吐いた息で震えた皮膚が伝えて来た熱はまだもう少しそこにとどまって、シェーンコップは汗に湿ったヤンの黒髪に鼻先を埋めながら、雨の上がった後の森と同じ匂いがすると思った。
 雨を避けた生き物たちが息をひそめて、そのせいで静けさに満ちた森の中に、雨が葉を叩く音だけが漂い、雨雲が去り太陽が現れ、そうして森の生き物たちは、息を吹き返したようにそこここから飛び出して来る。
 水たまりに、ひらりひらり、つい映るこの世のものならぬ影もある。木の細い枝をしならせる、良く実った果実に、鋭く何かが歯を立てて行った、森の中の、ほんの一幕。
 シェーンコップの吐いた息に、ヤンのそれが混じる。それはじき寝息に変わり、丸めたその体を護るように、シェーンコップも目を閉じながら、薄い肩と背中に両腕を巻きつける。
 掌に、溶け込んで来るヤンの皮膚の、一度下がった熱がまた上がるのへ、シェーンコップはやるせなく息を吐き、ヤンの寝息を吸い取るように、その唇の端をかすめるだけの口づけをした。

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