DNTシェーンコップ×ヤン。微拘束。

Greed

 スカーフ。ネクタイ。ベルト。ひとつびとつがヤンに触れる。目を覆われ、膝をそれぞれ折り曲げた形に縛られて、ヤンの背中に回った手首を束ねているのは、ヤン自身のネクタイか、それともシェーンコップのものか。
 普段首に巻くスカーフが、目の周りに触れるのは妙な気分だった。視界が効かないと、自然に耳が代わりをしようとして、そして皮膚をわずかに揺する、空気の動きに敏感にもなる。
 シェーンコップが、ことさらゆっくり動く。見えず、自由に動けないヤンを驚かせないためか、あるいは逆に、そうしてヤンを怯えさせるためか。
 後者ではないだろうと、自分のあごに触れた指先へ向かって喉を伸ばして、ヤンはその指先へ噛み付こうとした。
 指の長い、節の高い手。厚い掌のあちこちはところどころ固く、重い武器を扱い慣れて、それ自体拳にすれば武器そのものになるような、軍人の手だ。
 その手が、ヤンに、そっと触れる。その仕草は、きっと武器の手入れをする時の動きに似て、戦闘になれば心強い相棒になるはずの武器を、慰撫するように磨く、シェーンコップの手指。
 シェーンコップはヤンのあごの線を爪の表面でなぞり、頬骨の線を上がり、目隠しのスカーフの上から眉の辺りを撫でた。
 ヤンはまた喉を伸ばす。
 シェーンコップの手指があちこちに触れ続け、ヤンの貧相な体の、けれど皮膚のなめらかさをくまなく確かめて、感嘆の息を漏らすのがはっきりと聞こえる。
 見えなくてよかったと、ヤンは思った。奇妙な形に整えられた自分の体へ、注がれる視線を追うと想像するだけで、全身に血の上る思いがする。シェーンコップの、見ても触れても驚きしかない体と、並べて比べられるのは、さすがのヤンにも耐え難かった。
 眉目秀麗と、初対面で思った顔の造作そのままのような、シェーンコップの骨と筋肉の形、それを彩る陰影。
 人間の裸など、ただ見て美しいと思うほどではない──ヤンはその筆頭だ──と思っていたのに、シェーンコップのそれは間違いなく美しいとしか言いようがなく、これが始終死に晒されて、そして血にまみれるのかと、ヤンはシェーンコップを人ではなく、まるで物のように見ている自分を、薄情だと思った。
 骨董品を愛でた父親の血かと、自嘲して、これは一片の疑いもなく極上の美術品と言われるのだろうなと、改めてシェーンコップを見た。
 自分はせいぜい、量産品の安物の陶器だ。落として欠けても割れても、腹は立っても困りもしなければ大して心も痛まない。
 持つ手になめらかでありさえすればいい。持つ手を傷つけることさえなければいい。
 けれどシェーンコップの手指は、今決してそんな風でなくヤンに触れている。
 自分を見下ろすシェーンコップの灰褐色の瞳に走る表情を見ることができず、ただ優しく動くシェーンコップの指先のかすかな震えから、ヤンはシェーンコップの思うことを読み取ろうとして、少なくとも失望や落胆の気配は──まだ──伝わって来ないことに安堵はしていた。
 少し歪められた自分の体。見せたいと思うわけでもない形にされて、晒されて、羞恥はあっても怯えはない。
 君を信じると言ったのは、こんな意味ではなかったけれど、今はそのことも含まれている。
 いつもよりさらに無防備な姿にされて、それを許して、シェーンコップの手指と視線が全身を這うのに、ヤンは背中の後ろで縛られた手を何度も何度も握り込んだ。
 折りたたんだ膝を撫で、腿の内側へ掌が入り込んで来る。もがくように爪先が上下して、際どく両脚の間をシェーンコップの指先がかすめると、ヤンの爪先は、今度はぎゅっと丸まった。
 視線の滑る先から、皮膚に血の色が上がる。その膚を、シェーンコップが撫でる。見せたくはないし見られたくはないのに、自然に開いた脚の間で、隠しようもなく勃ち上がったヤンのそれを、シェーンコップは笑うのかどうか、まだ指先の感触も視線の気配もなく、何もかもが、シェーンコップと比べれば貧弱としか言いようのない自分の体すべてを、今だけはヤンは恥じて、呪いたい気持ちになる。
 それでも、やめてくれとは言わずに、時折聞こえるシェーンコップの息遣いが次第に荒くなるのに、先を続けたいのは自分だけではないのだと、自分自身を唆すように思った。
 下腹からみぞおちを這い上がった掌が、真っ直ぐ胸を進み、鎖骨と喉を通り過ぎて、頬へ添えられた。
 不意にヤンの頭を抱え込むように、髪の中へ両手指を差し入れて来て、そして掌の下の方のふくらみがヤンの耳に当たる。押し付けられ、耳が塞がれ、皮膚のこすれる音すら遮断される。
 ヤンはそうして、ひと際濃い闇の中へ引きずり込まれた。
 押し付けられたシェーンコップの掌から、シェーンコップの体の中の音が伝わる。体温が触れて来て、体の重みが増した。外からではなく内側から、唇の中の粘膜が触れ合って立てる、湿った音が、ヤンの頭蓋骨の中を慄わせた。
 音の、響きだけが全身を揺すぶって来る。差し入れ、差し出した舌が絡まり、その舌が頬の内側や喉の奥を打ち、歯列を撫で、舌の縁が滑るあらゆる響きが、全身の骨を震わせる。骨同士が触れ合って、体の内側で鳴る。耳からではない音は、体の内側へあふれ、なだれ込み、頭蓋骨を満たし切った。
 唇は開き切って、シェーンコップを誘っている。ヤンは気づいていない。皮膚も開き、汗に湿りながら、熱を増してシェーンコップの皮膚を溶かそうとしている。自身の喉を塞ぐ深さに、シェーンコップの舌を奪い取って、知らずシェーンコップの下で、ヤンはねだるように全身を揺すっていた。
 シェーンコップを抱きしめられない腕の代わりに、膝の内側でシェーンコップに触れ、腰の辺りの、なだらかな筋肉の線をなぞっている。爪先を伸ばせば、恐ろしく硬い腿の筋肉へ触れた。
 そうできる、あらゆる部分でシェーンコップに触れて、ヤンは全身で、もっと、とシェーンコップへ訴えている。
 重なった唇は、時折息継ぎのために外れて、そのたびシェーンコップは火のような視線をヤンに注ぎ、目と耳を奪われたヤンが、自分だけに向けて全身の神経を剥き出しにする様を、薄闇の中で凝視している。
 心細げに、この世界に存在する、胴体と短い手足だけの生きもの。最低限の内臓だけを身内に抱えて、呼吸と生殖以外には目的のない、小さな虫のような生きもの。自分たちをそのようなものだと思って、シェーンコップはまたヤンへ向かって唇を落とした。
 見えず、聞こえず、ヤンは触れて来る手指だけを頼りに、自分に重なるのがシェーンコップだと信じながら、酸素が足りずに白っぽくなる脳が次第に混乱し、確かめる術もないまま、これは誰だと知らない声が問い掛けて来るのを聞く。
 スカーフの目隠しのせいで、怪我を装って片目に包帯を巻いていた、ラーケンを思い出していた。あの血はにせものだったけれど、シェーンコップの皮膚の色にはよく映えた。流れ出したばかりの、鮮やかな赤。シェーンコップと同じ、帝国貴族の、フォン・ラーケン。
 身動きの取れない慣れない体勢と、自分の皮膚の中に閉じ込められたような閉塞感で、ヤンは混乱している。視覚と聴覚の遮断によって、自分の体の外のことが分からず、触れて来る手を確かにシェーンコップと思っても、脳の中で疑問が生まれ、よく見知ったシェーンコップと、シェーンコップが化けた、帝国軍人姿のラーケンが重なって、混ざって、元は同じ人物だと言うことへ思い至れずに、ヤンは数秒パニックに陥りかける。
 これはシェーンコップだ。ローゼンリッターの連隊長で、今は准将で、精鋭の陸戦部隊を率いて、イゼルローンをほとんど空手で攻略した、白兵戦の名手。帝国からの亡命者。裏切り者としてヤンの目の前に現れ、そしてヤンを裏切らなかった男。これはシェーンコップだ。ヤンのよく知る、ワルター・フォン・シェーンコップだ。
 ヤンはこの男を信じた。この男も、ヤンを信じた。そうして今、互いに剥き出しの躯を晒して、誰にも見せない姿を見せて、誰ともしたことのないやり方で、触れ合っている。
 君に、こんな趣味があるとはね。背中へ両手を回しながら、ヤンは言った。
 ありませんよ。貴方にだけです、閣下。ヤンの目元へスカーフを当てながら、シェーンコップが言った。
 縛られ、脚を開いて、傷つきやすさを、ヤンはシェーンコップの眼前にさらけ出している。傷つけられないと知っているからだ。素手で、たやすく人を殺せるシェーンコップが、絶対に自分を傷つけないと、知っているからだ。
 同じだ、とヤンは思う。ほぼ身ひとつでイゼルローンへ乗り込み、シェーンコップはイゼルローンを落とした。
 祖父の形見と言う万年筆を武器に使い、それを敵の体に突き立て、敵の味わった痛みは、形見を損なうと言う形でシェーンコップに跳ね返る。
 そうして今、シェーンコップはヤンの躯をそっと押し開き、穿つ動きで躯を沈め込んで、ヤンの深奥へたどり着こうとしている。
 突き立てられるそれは、ヤンの中を覗き込むように進んで来る。ヤンの抱え込む宇宙。黒い瞳は今は塞がれて、そこへ見入る代わりに、シェーンコップはヤンの中を手探りで進んで来る。昏い、ヤンの中の薄闇。シェーンコップへ向かって開き、シェーンコップを飲み込んで、誘うように導いてゆく、誰も知らないヤンの身内の、もうひとつの宇宙。
 侵入を許し、ヤンはシェーンコップへ向かって落ち、そして恐らく、シェーンコップはこれを、自分がヤンに落ちたと表現するのだろう。
 シェーンコップが、捨て身でヤンに挑んで来る。あくまで優しく、身動きのできないヤンの、平たく開いた躯を抱いて、触れ合う熱を高めて、今ははっきりと、ヤンの耳にシェーンコップの息遣いが届いていた。
 母音ばかりの、息の多い声が、途切れ途切れに闇に満ちる。躯の奥と唇で粘膜が触れ合い、こすれる音が背骨を伝わって脳に届くと、ヤンはもう耐え切れずに、シェーンコップの下で肩を揺すり上げた。
 「・・・外してくれ。」
 自重でしびれてしまった腕を、何とか背中の下から引きずり出し、ヤンはシェーンコップに手首を自由にしてくれと頼む。繋げた躯はそのまま、動きを止めて、シェーンコップは言われた通りにヤンの手首からネクタイを取り去った。
 よれたネクタイが、闇よりもふた色ほのかに淡く、蛇のように身をよじりながらどこかへ消える。
 ヤンは自由になった手で、まず目隠しのスカーフを外した。どこかへ放り投げ、それからシェーンコップへ伸ばし、首筋に添えて、自分の方へ引き寄せた。
 ヤンの宇宙が揃う。そのどちらともにシェーンコップは囚えられて、まだ縛ったままの両膝をやや乱暴に押さえつけると、ヤンの躯を奥へ向かって、いっそう深く穿った。
 伸びる喉でヤンの声が裂け、自由に動く掌がシェーンコップのあちこちへ這い、まるでこれはシェーンコップ自身だと確かめるように、霞んだ視線の先で、しっかりと頬や目元へ触れて来る。
 胸が重なれば、シェーンコップの前髪がヤンへ落ち掛かって来て、柔らかく視界を遮る。区切られた視界の中に互いの目しか見えずに、見入る余裕などそれ以外なく、ヤンは自分へ向かって目を細めるシェーンコップの、鬱蒼としたまつ毛の先端を、親指の腹でそよがせた。
 ただシェーンコップにしがみつき、揺すり上げられて、大理石の彫刻の体温へ全身を溶かしながら、翻弄されるだけの自分の不甲斐なさに耐えられずに、ヤンは縛られた膝を突っ張らせるようにして、体を起こすと同時にシェーンコップの肩を押す。
 起き上がろうとするヤンを助けて、自分の膝の上に乗せる形にすると、シェーンコップはそこからヤンを見上げて、鎖骨へ額をこすりつけた。
 ヤンが、不器用に動く。繋がる深さと角度が変わり、それへ全身の血を走らせ、押し拡げられた自分の躯がぴったりとシェーンコップへ添っていることに気づくと、それだけでは足りずに、熱が勝手にシェーンコップへ絡みついてゆく。
 果てのない奥が、シェーンコップを飲み尽くして、折り曲げられたままの膝の痛みすら知覚せずに、貪婪さはただシェーンコップだけに向かい、ヤンは自分の初めて知った欲深さに、ほとんど怯えるようにシェーンコップへしがみついた。
 ひたすら物欲しげに、腰を揺する。出入りの刺激にどちらももう耐え切れず、擦り切れそうにこすり上げ続けるのも、限界だった。
 汗が全身を覆い、まるで水の中にひたったように、ひと際深くシェーンコップがヤンの中へ突き上げて、ヤンの深奥を濡らした。注がれた熱に、内臓を焼き尽くされて、死んだように肩からずり落ちてゆくヤンの体を、シェーンコップは抱いて支える。
 力なくシーツの上に戻され、ヤンは自分の姿に覚えもなく、シェーンコップが折りたたんだ膝からベルトとネクタイをほどいて外すと、やっとそこへ血の流れが戻って来る。ようやく自由になった体を伸ばし気味に、ヤンは半ば自失の状態で、まだしびれている自分の脚を扱いかねていた。
 シェーンコップはヤンの背中側から、ヤンの体を見下ろし、縛った跡へ視線を注ぐ。それほどきつくしたつもりはなかったけれど、はっきりと残った跡へ、主には自省で眉を寄せ、そっと掌で撫でた。
 よく見れば、ヤンの掌には爪の食い込んだ痕があり、ずっとそうして握りしめていたのかと、また指に半ば隠れていたヤンの掌へ、シェーンコップは自分の指を滑り込ませ、そっと握る。
 「・・・提督。」
 低めたささやきが届いたのか、ヤンの瞳がゆるく動いた。シェーンコップの手を握り返し、首をねじってシェーンコップを見上げ、一瞬、自分の体が思う通りに動くのに不思議そうに瞳を揺らめかせて、それからのろのろと体を起こして来る。
 シェーンコップの厚い胸に寄り掛かるように、肩へ額と喉をすり寄せて、ヤンはシェーンコップの腰へ腕を巻いた。
 果てて、萎えた後の姿すら見ていて十分に観賞に耐えうるこの男を、ずるいと思いながら、見ても触れても美しいとしか言いようのない男の背へ、ヤンは両掌を滑らせる。
 「提督・・・。」
 自分を呼ぶ、少しかすれている声さえ耳に注がれる黄金の蜜のようで、ヤンはこれ以上この男へ向かって我を忘れることを恐れた。
 奥行きのない目で見つめながら、シェーンコップの口元を掌で覆い、それに驚いて見開かれた灰褐色の瞳も、もう一方の掌で隠す。
 そうして、自分の両の掌の下に秘められてしまった、唇──とそこから発せられる声──と瞳を即座に恋しがる羽目になって、ヤンはそっとシェーンコップの唇から掌を外した。
 目はまだ隠したまま、現れた唇へ自分の唇を押し付ける。目元から額へ向かって覆っていた掌を滑らせ、シェーンコップの髪の中へその指先を差し込みながら、視界の端に引っ掛かった自分の手首に、縛られていた跡のあることに気づいて、途端にそこが疼き出すと、仕返しのようにまだ濡れて熱い舌をシェーンコップの喉奥へ押し込む。
 動きと知覚を奪われて、シェーンコップだけを感じる生きものになった自分を思うと、また背骨の根が熱を持ち始める。
 初めて知る自分の意地汚さは、一体この男の目にはどう映っているのだろうと、思って、ヤンはシェーンコップの肩を押すとその上へのし掛かって行った。
 今はヤンの掌に素直に従う躯を、再び追い立てるために唇を滑らせて、さっき飲み込んだ同じ深さで、喉の奥へ導き込む。
 のけ反った男の喉へ、決して跡を残さないように、ヤンはそっと指先を食い込ませて行った。

戻る