* みの字のコプヤンさんには「大丈夫?ときかれて我に返る」で始まり、「嘘は本当になった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば2ツイート(280字程度)でお願いします。
熱病
大丈夫?ときかれて我に返ると、シェーンコップはポケットの中に差し入れられたヤンの手を、どうしていいのか分からずに、思わず両手を肩近くまで持ち上げた。今日は寒いねと言ったヤンが、さもそうするのは当たり前のこととでも言うように、その冷えた自分の手を、シェーンコップの上着のポケットに差し込んで来た。
「君も入れないとあったかくないよ。」
わざわざ、大きくはないポケットに隙間を作って見せ、早くと言う風にヤンが促す。
「小官は、カイロか何かですか、司令官閣下。」
年下の、士官学校生にしか見えない上官に、シェーンコップが口調を重くして言うのに、ヤンはきょとんとシェーンコップを見上げ、何を当然のことをと、闇色の目を見開いて見せた。
この目で見つめられると、シェーンコップはいつも何も言えなくなる。なぜだか分からない、反論しても無駄だと言う気分になり、それは決して不愉快ではなく、宇宙のどこかにでも吸い込まれて自分の存在の消え失せてしまうように、ああもう自分は厄介者扱いされなくていいのだと、心の片隅に安堵が湧くのだった。
どこにいても、嫌でも目立つ自分の背高い、ぶ厚い体の、隠しようもない帝国人特有の風貌だけが理由ではないと分かっていて、それでもそれが原因でないわけもなく、いつの間にか猜疑の視線と毒舌が習いになってしまっていた。
ヤンの瞳は、シェーンコップの毒舌以上だ。ヘビににらまれたカエルみたいに、シェーンコップは痺れた舌をただそこに張り付かせて、今も無言で、そう求められた通りに、そっとヤンの手の傍らへ自分の手を滑り込ませる。
シェーンコップの巨(おお)きな手がヤンの手をポケットの奥へ押して、その中でヤンは強引に掌の向きを変え、するりとシェーンコップの手を握りに来る。逆らわず、シェーンコップはヤンの指先をそっと包み込んだ。
「冷たい手ですな、風邪でも引いてるんですか。」
ほんとうにそう思ったわけではなかったけれど、ぬくもりを奪われる腹いせに、ついそんなことを言う。
「風邪なら、紅茶に入れるブランデーの量を増やそうかな。」
いい口実だと言わんばかりに、ヤンの目がふと輝いた。ぎゅっとヤンの手を握って、シェーンコップがそれをたしなめた。
ふたり分の体温に、ポケットの中はたちまちあたたかくなる。
しばらくそうしていた後で、ヤンはするりとそこから手を抜き取り、今度は向こう側の肩をシェーンコップと並べて来た。あたたまった手は自分のポケットへ差し入れ、冷たいままの方の手を、シェーンコップへ差し出して来る。
シェーンコップはその手を取り、そう言われる前に、自分のポケットへ入れた。
猫みたいだと、シェーンコップは思う。人の体で暖を取り、人にもぬくもりを与える、あの生き物。とらえどころのないあの柔らかく伸びたり縮んだりする体の、けれど足裏が冷たいことをシェーンコップは知っていた。
「君はいつもあったかいね。」
ぽくぽく、シェーンコップの隣りを歩きながら、ぽそぽそヤンが言った。
「司令官閣下もあたたかいですよ──今は。」
ポケットの中で互いの手を握ったのは、同時だった。
今は、シェーンコップの頬も熱い。風邪かもと言う嘘は本当になった。これは恋の病いと言う風邪だ。治らない、治せない、それでもいいと思う指先が、ポケットの中でほどけないままだった。