シェーンコップ×ヤン
* みの字のコプヤンさんには「ぴたりと足が止まった」で始まり、「だから、もう少しだけ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字程度)でお願いします。

Listen to You

 ぴたりと足が止まった。美しいと言うのとは少し違う、奥行きの深い、艶のある声が聞こえて来たからだ。
 言葉の端々が奇妙にまろやかなのが、含まれた毒をやわらげて、きちんと面白みのある冗談にしている。得な声だと、ヤンは思った。
 曲がり角の向こうで、誰に向かって話しているのか、会話が一方的らしいのは、相手がローゼンリッターの隊員だからかもしれない。
 せいぜい裏切り者らしく振る舞ってやるさと、穏やかでないことを言いながら、そこに相手とともに笑いが混じる。ローゼンリッターでは、ごく日常的な物言いなのかもしれなかった。
 立ち聞きをするつもりではなかったけれど、自分に対してではない、自分がその場にいない時のその声が珍しくて、ヤンは思わず耳を澄ませた。
 シェーンコップの声、特別に美声と言うわけではなくても、彼に似合った良い声だ。自分のそれに比べればよほど説得力があって、人を扇動するなら、こんな声と話し方──と思ってから、トリューニヒトを思い出して、ヤンは思わず顔をしかめる。あの政治家のすべてに嫌悪感しか湧かないヤンは、けれど確かのあの声は美声と言えるのだろうと、耳の奥でシェーンコップの声と比べながら思う。
 どちらが美声であろうと、自分が好きなのはシェーンコップの声の方だと、今は素直に考えて、自分に向かう時はもう少し呼吸の混ざり具合が多いような気のする、もっと近くでささやくようにしゃべるシェーンコップの、聞いているだけで顔の赤くなるような、特別な響きを思い出した。
 今聞いている、普段遣いの声とは違う、ヤンに対してだけ使う、シェーンコップの声。声の根が、もう少し深くなる。冗談の響きが失せて、代わりに奇妙なほど真摯な語調で、提督と言う呼び方がヤンの仕事での立場へではなく、シェーンコップにとってのヤンの立ち位置を表しているような、そんな甘さを含んで、そんな風に感じていたのは自分の勘違いではなかったのだと、シェーンコップの素らしい声を今聞きながら、ヤンは考えていた。
 自分も声も、こんな風に変わるのだろうか。シェーンコップとふたりでいる時に名を呼ぶ時には、自分の声も、そうとはっきり聞き分けられてしまうほど、こんな甘さを増すのだろうか。
 美声でもなければ、別に良い声とも思えない自分の声が、シェーンコップへ向かってまろやかさを帯びるのを想像して、ヤンはひとり恥ずかしさに頬を染める。
 隠しているつもりの本心が、声の音には露骨に表れてしまうものなのか。
 ヤンは思わず自分の口元を覆い、くるりと背を返した。こんな顔で、部下と一緒にいるシェーンコップに会えたものではない。
 彼といる時は、少し話すのを控えようと、できもしないことを考えて、足早にその場を去る。シェーンコップの声を聞きたいだけで、自分の声を聞かせたいわけではない。それでも多分、シェーンコップといれば、彼の思うようにヤンの声は操られてしまうのだ。
 シェーンコップへ向かって伸びる声。自分のとは信じられない、長々と響く声。湿りと艶を含んだヤンのその声を、恐らくこの世の誰も聞いたことはない。
 シェーンコップにだけ聞かせる、シェーンコップだけが引き出せる自分のその声へ、ひとり頬を赤らめたまま、今は唇を真一文字に結んで歩き続ける。
 だから、もう少しだけ──。
 遠ざかるシェーンコップの声に、耳はじっと澄ませたままだった。

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