シェーンコップ×ヤン
* コプヤンさんには「ほんの少し時間をください」で始まり、「いつもそこには君がいた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以内でお願いします。

美味しい紅茶の淹れ方

 「ほんの少し時間を下さい。」
 シェーンコップが、そう言ってヤンに背を向ける。ヤンのために紅茶を淹れる時のシェーンコップは、出撃の前と同じくらい真剣だ。
 沸騰した湯を注ぎ、きっちり3分、引っ繰り返した砂時計の砂が、さらさらと涼しい音を立てて全部落ち切るまで、シェーンコップはそこから目を離さない。まるでヤンが、そこにいることすら忘れたように。
 葉が熱い湯の中で泳ぎ、いっぱいに開いて、美しい紅(くれない)色を生み出す。届くには少し遠かったけれど、ヤンは空気の中に確かに混じり始めているに違いないその香りを探して、くんと鼻を鳴らした。
 シェーンコップにすっかり甘やかされて、ヤンはもうシェーンコップが淹れた以外の紅茶を飲みたいとも思わないのだった。
 外で出される紅茶の、ぬるかったり色や香りが好みではなかったり、もちろん子どもではないから、気に入らないのを顔に出すことはしないけれど、喉に流し込みながら、君の淹れた紅茶が飲みたいなと、シェーンコップを思い浮かべてヤンは考える。
 もう、君が淹れた以外の紅茶は飲みたくないよ。
 ぬるい紅茶も、色の悪い紅茶も、香りのないただの湯まがいも、もう十分味わった。これからはもう、シェーンコップの淹れてくれた紅茶だけを味わって過ごそう。
 そんな風に勝手なことを思いながら、当のシェーンコップは一体、こうしてヤンの傍らで日に何度か紅茶を淹れる時間の、砂時計の砂のようにさらさらと降り積もってゆくこのヴァルハラで、他に待つ、他に会いたい誰もいないのか、ヤンだけを見つめて、ヤンだけと過ごして、自ら世界を閉じたように、それでいいのかいと、ヤンは差し出された紅茶へ笑顔を向けながら、また言葉にし損ねている。
 ふたりきりの、小さな空間。窓や扉を開ければ外がある。季節によって眺めも変わり、生きていた時と同じに、暑さと寒さに文句を言って、ヤンのために辺りの雪をかきながら、シェーンコップはそこからヤンを振り返って微笑む。
 それを、幸せそうだと思うのは、ヤンの錯覚なのか。あるいはほんとうに、この男はヤンとここでふたりきり、わざと隠れ住むようなこんな暮らしを楽しんでいるのか。
 もう、ヤンが死ぬ──もう死んでいるのだから──ことも、自分が死ぬことも心配しなくていい、ヤンを置き去りにすることも、ヤンに置き去りにされることも、不安のなくなったヴァルハラで、こうして息苦しいほどヤンの傍へ近々といて、時々、ヤンのいなかった1年を少しばかりの恨みをこめて語るのを、ヤンはただ黙って聞いて、その時も手にはシェーンコップの淹れた紅茶があるのが常だ。
 貴方は、美味い紅茶を淹れてくれるなら、誰だって構わないのですよきっと、閣下。
 ・・・そうかもしれないね。
 シェーンコップが、少し皮肉をこめて言うのに、ヤンは否定をせずに返答する。そう返すヤンの言い方にも、若干の毒が含まれて、そうじゃないって知ってるくせにと、ちらりと流す闇色の視線には、生きている時には決して見せなかった人恋しさのような熱が含まれ、ヤンがそうして自分を見るたび、シェーンコップは自分の淹れた、ヤンの手の中にある紅茶の紅(あか)に、ふたりが流した血の色を思い出すのだった。
 ふた口残っていた紅茶を、ヤンがシェーンコップの目の前で飲み干した。
 シェーンコップは、空になったカップを皿と一緒に受け取ろうと手を伸ばしながら、
 「もう1杯淹れましょうか。」
 語尾が、ヤンの首筋や耳朶を撫でるように、優しげな響きを帯びる。ヤンはくすぐったさに首をすくめたい気持ちになって、口元のゆるむのを止められずに、カップをシェーンコップの方へ差し出す。
 この喜びは、新たな紅茶のためか、それとも目の前の、この男のぬくもりのせいか。
 皿の縁で指先が触れ合い、近づいたのは指先だけではなくなった。
 唇の重なりの深まるのを許すのは、次の紅茶を飲み終わってからと、ヤンはいまだ消せない唇の震えを隠しながら思う。
 紅茶を飲みたいと思う時、いつもそこには君がいた。すでに、淹れたばかりの紅茶を手にして。
 わたしはきっと、君が他の誰かに紅茶を差し出すのにすらもう耐えられない。
 さり気なく、シェーンコップの手にカップを渡し、ヤンは肉の厚い男の首へ両腕を回した。耳元で、紅茶は後でもとささやいて、その、紅茶の香りと湿りの残る唇がそのまま、何か言い掛けたシェーンコップの唇を塞いだ。

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