* コプヤンさんには「夏が始まる」で始まり、「さようならは言わなかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば1ツイート(140字程度)でお願いします。
言えなかったさようなら
夏が始まる。次第に気温が上がり、一緒に湿度が上がり、真っ白な太陽を見上げて、暑いなあと皆がぼやき出す頃だ。ヤンの今年の夏は、どうも始まることはないようだった。
参ったなあと、通路の冷たい床で冷やされ、凝固し始めている自分の血を眺めて、ヤンは他人事のように、恐らく迎えることのないだろう夏を惜しんでいる。
何だ、こんなことなら、去年の夏にユリアンを連れて、どこかに遊びにでも行けばよかった。ほんの数日でいいから、夏の思い出とやらを作って、後からユリアンが思い返してずっと楽しめるように──。
だって、夏が来ないかもなんて、思わないじゃないか。
明日死ぬかもと思うくせに、同じ季節がまた巡ると、信じて疑わなかった自分がいる。不思議なものだ。
ごめんよユリアン。
楽しい夏の思い出を作れなかった挙句に、夏の始まりに必ず憂鬱になるだろう、そんな記憶を刻んでしまうことになってしまった。
おまえには、いつでも笑っていて欲しかったのに。
今になって、ヤンの口から出るのは、ごめんよばかりだ。
あれもしていない、これもしていない、後悔ばかりが思い浮かんで、自分の愚かさにうんざりする。
ああしようこうしようと、考えるばかりで体は動かず、本を手にだらだらと過ごしてばかりだった。そんなヤンの世話を焼いて、一体ユリアンは、それでよかったのだろうか。
せっかく親子になったと言うのに、親らしい十分なことを、自分はユリアンに対してしただろうか。自分なりの愛情の示し方は、あれは落第しない程度の点数はもらえるだろうか。
ユリアン。
一緒にいると、どちらが保護者か分からない。ユリアンに頼り切り、ユリアンに支えられ、ユリアンなしでは夜も日も明けない有様だったのは自分の方だ。
自分は一体、十分に良い父親だったのだろうか。少なくとも、いないよりはいた方がいい程度に、ユリアンには必要とされた父親だったろうか。
ユリアン、わたしはおまえの父親になれたんだろうか。
重くなるまぶたに何とか逆らいながら、ヤンは考え続ける。
特別の思い出の作れなかったこれまでの夏に、今年は迎えられなかった夏が加わる。
ごめんよユリアン。
泣き顔を見ずにすむのが幸いだと、思った自分を、ちょっと殴りたいと思った。
心配ばかり掛けて、不安にさせて、そして最後に、泣かせてしまう、わたしはひどい父親だなあ。
もう、ごめんよと続けることができなかった。言う力がもうなかった。
ユリアンと動き掛けた唇がそこで止まり、流れ出る血もついに止まる。
さようならは言わなかった。言えなかった。