ソーセージ/ホットドッグを食べる、各媒体シェーンコップ×ヤン

紅茶をもう1杯

● YJ ●

 ソーセージに少しうるさいシェーンコップが買って来てくれるそれは、いつだって特別に美味い。マスタードもわざわざ粒入りで、白いパンはふわふわでなく、少し重くて表面の皮が厚くて、噛み切るのに苦労するけど、噛んでいるうちに生地の甘みが溶け出して来る、それはそんな風なソーセージだった。
 ひとつをヤンに差し出し、ヤンが両手に抱えて精一杯口を開けてかぶりついたところで、シェーンコップは自分のためのふたつのうちのひとつへ向かって口を開く。
 きめの細かいパン生地は、しっとりとしていて口の中に冷たく、焼いたソーセージは、熱く口の中を焦がして来る。
 ヤンは珍しく目を輝かせ、両手の中のソーセージを必死で噛み切っていた。
 ひとりで食べる時も、他の誰かと食べる時も、そんな風に妙に一生懸命なのかどうなのか、自分と一緒に何か食べる時の、何となく満ち足りたようなヤンが見たくて、シェーンコップは何かと言うとヤンに食べるものを差し出し、ヤンはそれを滅多と断らず、何だか野生の動物を餌付けしてるみたいだなと、もう最初のソーセージをふた口残すばかりになって、シェーンコップはパンの山の陰からヤンを盗み見ている。
 「よく食べますね、司令官閣下。」
 やっと半分を過ぎたところのヤンへ、シェーコップは可笑しそうに声を掛けた。
 「ふたつ食べる君に言われたくないなあ、シェーンコップ准将。」
 「陸戦の人間は、食べるのも仕事の内ですから。」
 もちろんそれは、前線に送られる誰にも言えることで、何度も戦場──以外でも──飢えた経験のあるシェーンコップは、食える時に食えるだけ食っておけと、常に自分に言い聞かせている。
 そしてヤンの許へ呼ばれて以来、少なくとも食べることに不自由する心配だけはなくなって、こんな風に、軽口を叩きながら楽しく腹を満たし、そして、誰かが幸せそうに腹を満たすのを眺める楽しみを見つけて、食べると言うことは、ただエネルギーを補給すると言うことではなく、心のどこかも満たしてあたたかくなることなのだと、シェーンコップはヤンを見ながら考えている。
 シェーンコップがふたつめの半分を胃に収めた頃、ヤンはやっと最後のふた口を何とか全部口に入れてしまおうと苦労していて、パンからはみ出したマスタードとケチャップが、唇の端からなすったように、頬の方まで汚れが伸びている。
 「スカーフまで汚しちまいますよ。」
 「そんなことないよ。」
 諦めてひと口先にかじり取り、もぐもぐしながらヤンが反論して、案の定口からこぼれたパンのかけらにはケチャップがついていて、そのかけらの落ちた先のスカーフに、シェーンコップの予想通りの薄赤い染みがつく。
 「君が、余計なこと言うから──」
 汚れたスカーフを下目に見て、ヤンがむっと唇を尖らせるのに、理不尽なと、シェーンコップも唇の端を下げて見せた。
 ひとりで食べてたって、スカーフを染みだらけにしちまうじゃないですか貴方は。
 紅茶の染みを、もう何度指差したか覚えていないシェーンコップは、まだ最後のひと口を手にスカーフを見下ろしておたおたしているヤンを置いて、さっさと自分の分すべてを食べ終わって両手を空にし、ぱんぱんと叩いてパンくずを落とした。
 「すぐ洗えば落ちますよ。私のと取り替えましょう。」
 自分のをほどきながらヤンへ近づき、それを首から外そうとしたところで、唇の端のケチャップを親指の腹で拭ったヤンが、その親指をぺたりとシェーンコップの、片側へ垂れたスカーフの端へ押し当てた。
 「あーあー君のも汚れちゃった。わたしのと取り替えられないね。わたしたちふたりとも取り替えなきゃ。」
 親指をぺろりと舐めて見せ、見せつけるように、わざともぐもぐ大きく口を動かしてやっとソーセージを食べ終わり、
 「あーあー顔も洗いたいなー。スカーフも取り替えなきゃなー。パンくずもきれいにしなきゃなー。」
 なるほど、そんなことができるところへ行こうと、そういうわけか。
 「どうやら、紅茶も淹れた方が良さそうですな。」
 執務室に置いてある着替えに、予備のスカーフは何枚あったかなと考えながら、ヤンの頭の中を素早く読んでシェーンコップがぼそりとつぶやくと、案の定、ソーセージを頬張っていた時よりさらに笑顔を輝かせて、ヤンはもういそいそとシェーンコップと肩を並べて来る。
 どちらのスカーフも、洗うのはシェーンコップだ。明日、きれいになったスカーフを届けにゆく時には、ケチャップもマスタードも避けようと思いながら、ヤンのためなら染み抜きすら楽しめる自分の能天気さを、シェーンコップは広い肩をすくめて、ヤンには見えないようにこっそり笑った。



● DNT ●

 シェーンコップの買って来るソーセージは、スパイスが少し強くて、それを挟んだパンはしっかりと噛みごたえがあって、ぱりぱりのパセリはちぎったりせず、1枚のままそこにある。
 みじん切りの玉ねぎを少し、辛いペッパーを少し、ケチャップよりはマスタードが多めで、気が向けば輪切りのオリーブが入っていることもあった。
 食べることにあまり関心のないヤンは、シェーンコップが差し出すものにはあまり文句もつけず、とりあえずは食べてから、好きだとか苦手だとかまた食べたいとかもういいとか、適当に感想を言って、そのどれをもシェーンコップは正確に覚えて、今では多分、ヤンよりもヤンの好むものに詳しいに違いなかった。
 シェーンコップのお気に入りのこのソーセージは、ぱりぱりとした皮に、みっしりと中身が詰まり、噛むと皮が弾け、口の中で肉が弾け、にじみ出る肉汁が弾けて、まるで口の中がダンスパーティーみたいになる。
 ソーセージでいっぱいの口の中は、明るく楽しく愉快な様だけれど、少し疲れて、寝不足で、それが常態のヤンは、美味いなと言う声が素っ気なくなっているのに気づいても、わざわざシェーンコップに対して取り繕う気にもなれず、もぐもぐ、美味いと言うのとは裏腹に、どんよりとした目元と口元は、まるで乾いてひび割れた革でも噛んでいるような味気なさを刷いていた。
 瑞々しいレタスが、小憎らしいほど爽やかに口の中を洗う。自分とは正反対だなあと、もぐもぐ咀嚼しながら、ヤンはちょっと苦々しく考える。
 せっかく美味いのに、わたしなんかに食べられて、もったいないなあ。
 そしてヤンは、ちらりと、食べながら自分から目を離さないシェーンコップへ、こんな美味いソーセージを、わたしなんかに食べさせて、君も酔狂だなあとちらりと横目の視線を流した。
 ヤンの方へ、シェーンコップが指先を伸ばして来る。何も言わずに、ヤンの頬についていたマスタードを親指の腹で拭い取り、そのまま指先を舐めてしまう。
 それからにいっとヤンに向かって笑い、そんな無邪気な振る舞いも、値段のつけられない美術品のように美しいのだった。
 ヤンは一瞬そんなシェーンコップへ見惚れ、シェーンコップの唇が続けて動いたのが、自分に向かってと一瞬気づかず、口の中で噛んだ肉とパンの生地と刻んだ野菜たちが混ざり合う音の向こう側へ、やっとシェーンコップの声を聞き取る。
 「スカーフに、ケチャップが・・・。」
 そっと、気遣うように指差して来るのに、ヤンは食べる動きを止めてシェーンコップの指の先を視線で追った。
 案の定と言うべきか、こんな時にスカーフを汚さすには何も食べられないヤンは、無感動な瞳でそれを眺め、せっかくの美味いソーセージがますます台無しだと、体の奥にたまって消えない疲れの上に、何だかごく軽い絶望のような気持ちも重なって、もしかすると自分は、このソーセージにとってヨブ・トリューニヒトのようなものなのかもしれないとまで思い始めて、開けた口をそのまま閉じてしまった。
 「ソーセージが、大き過ぎましたか。」
 「いや、そうじゃないよ。美味いよ、とてもね。」
 もう一度、自分に食べられるソーセージは可哀想だ、ソーセージになるのも大変だったろうに、ちゃんと味わえないわたしなんかのところに来てしまってと、ヤンはソーセージを噛みながら、美味さと裏腹にどんどん後ろ向きになる思考を止められず、今ではヤン自身よりもヤンの頭の中を読み取るのに長けてしまったシェーンコップが、今もそれをすべて見透かしてか、やっともそもそパンの最後のかけらと口に入れたヤンへ向かって、
 「お疲れのようですね。」
 「疲れてるのはいつものことさ。」
 「それなら少し、食後の休憩と洒落込んでは?」
 いたずらっぽく言う目元と口元を裏切って、瞳に浮かぶ色ははっきりと真剣だった。そうやって、灰褐色の瞳に淡い紫色がひらめくたび、ヤンは自分のためにシェーンコップが戦斧を振り上げる姿を思い浮かべるのだった。
 「どうせ、そのスカーフも洗わなければなりませんし、お待ちの間に紅茶をお淹れしますよ。」
 「洗っても、乾くのに時間が掛かってしまうよ。」
 「小官のをお貸しいたしますよ閣下。私はネクタイだけでいても、ああ佐官かと思われるだけですので。」
 軍服の形でそういうわけにも行かないのに、准将になってまだ日の浅いシェーンコップはあくまで軽くそう言って、もうヤンの肩を押している。
 「今休んだら、そのまま寝てしまいそうだ。」
 ムライやキャゼルヌの、今にも小言を始めそうな顔つきを思い出しながら、ヤンはまだ少し迷う爪先を、それでもシェーンコップの進む方へ揃えた。
 「どうぞ、肩もお貸ししましょう。それとも、膝の方がよろしいですか、閣下。」
 ヤンはもう、シェーンコップの声を子守唄のように聞きながら、肩の辺りに漂って来る眠気──いっぱいの胃のせい──に逆らう気も失せて、知らずシェーンコップの方へ体を寄せながら、
 「・・・それは、眠くなってから決めるよ。」
 ソーセージの脂の照りのまだかすかに残る唇を、こんなところでなければもう重ねていたかもしれない。
 ソーセージの味を反芻して、ヤンの舌がそこで動いた。別の飢えで、心臓の近くで何かがゆっくりとうごめき出す。
 きれいに落ちた染みの代わりに、首筋の奥深くへシェーンコップが残すだろう、もっと朱の濃い、もっと大きな染みのことを思って、ケチャップよりもずっと赤く、ヤンの耳朶が染まった。



● OVA ●

 ちょっとぱさついた、皮の茶色いパン。縦に切り裂かれ、焼いたウインナーを置かれ、ケチャップとマスタード責めにあって、そして人間に食べられてしまう。ああ何だか、自分に似てるなあと、思いながらヤンはぼんやり口を開ける。
 ソーセージの方が美味いのにと、シェーンコップは言うけれど、ウインナーより長くて太いソーセージはどうも食べ切れず、味ははるかに落ちると知っていても、ヤンはいつもウインナーのホットドッグを選んでしまう。
 そのシェーンコップは今はコーヒーだけを手に、ホットドッグをもそもそ食べるヤンを眺めている。
 シェーンコップが、ヤンと一緒にはソーセージを食べないのは、ヤンのために紅茶の紙コップを持ってやる手を空けておくためだ。
 今も、たれ掛けたケチャップを慌てて追って、ヤンは片手に持っていた紅茶をシェーンコップへ差し出し、両手でパンを支えて、下から覗き込むように、ケチャップを伸ばした舌の先に受け止める。
 そうして、少し跳ねたケチャップがヤンの唇の端を汚し、そうするとシェーンコップは、自分のコーヒーの紙コップの縁を噛んで支え、空けた片手で素早くナプキンを取り出し、それでヤンの口を拭いてやる。
 「やめてくれ、子どもじゃあるまいし。」
 「子どもの方がもうちょっとマシに食べると思いますがね。」
 ヤンが、わざとらしく手の甲で唇の、もうない汚れを拭って、再び片手が空になると、シェーンコップは求められる前にヤンに紅茶を返し、自分もひと口コーヒーをすする。
 ヤンは、それほど美味くはないホットドッグを、その味の通りあまり美味くなさそうに食べて、これはあくまでカロリーを摂るためだけなのとでも言うように、このカロリーすら、誰かが差し出さなければ自分で摂ることすら思いつかないこの不敗の魔術師は、戦略と歴史以外のことにはまるきり無関心で、ヤンの瞳を輝かせようと思えば、淹れ立ての紅茶かブランデーか、稀少な歴史の本でも探して来なければならない。
 それでも、腹は空いてないと食べないよりはいいかと、シェーンコップはもそもそつまらなそうに動くヤンの口元を眺めて、美味いものは決して嫌いではないくせに、とびきり美味くなくては食べるのが面倒と言う態度を隠さない、意外と贅沢な自分の上官に、今度は何を食わせてやろうかと、シェーンコップは凝りもせずに考えている。
 パンをかじり、紅茶を飲み、それを繰り返して、ヤンはともかくも腹に物を詰め込み、そうしてやっと、休む間もなく働き続ける脳へ、取り込んだカロリーのほとんどを奪い取られてしまう。食事をあまり楽しいことと思わないヤンは、どこか上の空で口を動かして、食べることは結局、作戦を考え遂行する機械としての自分の、エネルギー補給に過ぎないと言う結論になり、いっそ点滴で生かしてはどうかと、得意の皮肉を自分にぶつけてやれやれと思うのがいつもの落ちだ。
 ホットドッグはともかくも、シェーンコップの運んで来てくれた紅茶は美味い。もっときちんとしたティーカップなら、もっと味わい深いだろう。食べるものは少々我慢しても、紅茶の味に文句を言うのはためらわないイゼルローン要塞指揮官は、やっと食べ終わったホットドッグの、ケチャップとマスタードを指先から舐め取って、口の中の脂っぽさを洗い流すためにまたひと口紅茶を飲んだ。
 シェーンコップは飲み終わったコーヒーのカップを捨て、それからヤンに向かって、やれやれと苦笑を刷いた表情を見せる。
 「まったく貴方と言う人は・・・。」
 灰褐色の瞳の動いた位置で、ヤンはまた、自分がスカーフを汚したことに気がついた。ケチャップかマスタードか、どちらにせよすぐ洗わないと後で面倒なことになる。
 そしてシェーンコップは、優雅な手付きでヤンの首筋へ向かって掌を広げ、
 「洗って差し上げましょう。」
 これも、とろけそうに優美な口調で、恩着せがましく言う。
 もしかすると、こうしてヤンのスカーフを洗うために、ケチャップやマスタードを乗せる食べ物を持って来たのかもしれないと、ヤンはそこまで穿って考えて、けれどそれは案外不愉快な思いつきでもなかった。
 自分の扱いの恐ろしく巧いこの男のすることに、ヤンは確かに慰撫され、甘やかされ、今も素早くヤンのスカーフをほどくのに、さり気なく指先を滑らせて来て、そうされれば避けることもできずに、ヤンの首筋にはゆっくりと血の色が上がってゆく。
 君は、とヤンはせいぜい苦々しげにつぶやいて見せた。
 「・・・わたしの扱いが巧過ぎる。」
 「お褒めに預かり光栄の至り。」
 唇の片端だけ上げて、仰々しく応えるのへ、褒めたわけじゃない、とヤンはわざと唇を尖らせた。
 スカーフの下の、もう最初からゆるんでいるだらしないネクタイの結び目に、シェーンコップはにやっとしてから、
 「紅茶のお代わりは如何ですか提督。」
 慇懃無礼な口調と態度は、けれどヤンにはそう悟らせるように、どこか甘い。
 甘やかされる心地良さに、これからシェーンコップの淹れてくれる紅茶の香りが重なって、ヤンはまだうっすらとケチャップとマスタードの汚れの残る唇をかすかにゆるめていた。
 次の時は、シェーンコップが美味いと勧めるソーセージを食べてみようかと思いながら、シェーンコップが促すように背中を押して来るその掌の、熱さの方へ心が飛んで、たった今摂ったカロリーが、脳から心臓の方へ移動し始めるのを感じた。
 君はほんとうに、わたしの扱いが巧過ぎる。
 つぶやく息に、紅茶で流し切れなかったケチャップが匂った。

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