* YJコプヤンさんには「手を伸ばしても空を掴むだけだった」で始まり、「秘密を分け合った」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば10ツイート(1400字程度)でお願いします。
One Piece
手を伸ばしても空を掴むだけだった。シェーンコップは上にいるヤンに見えないように、ぎゅっと唇を噛んだ。いいよと言うまで動くなと言われて、今日はヤンが上になり、こんな時にも指揮権を行使したいのかと、あまり深くも考えずにシェーンコップはただじっとしていた。
反応は決して悪くない。むしろ、応え方のどんどん深まるのに、自分たちは案外相性が良いのではないかと、シェーンコップは思うほどだったけれど、こんな風になると、ヤンの不慣れが少し不利な方へ振れる。
繋げた躯をむやみに動かして、いやそうではなくと、言いたい唇を真一文字に結んでいるのは、必死の形相のヤンの興を殺ぎたくはないのと、慣れないなりに必死な年下の上官に、普段感じる敬意を、こんな時にもシェーンコップが消すことができないからだ。
何とか真っ直ぐに立てた上体の、胸が時々反る。それから、ヤンはまた同じ場所へシェーンコップを誘導しようとしてうまくは行かず、またシェーンコップはそうではなくてと思う。
もうちょっと、そこではなく、そうではなく、そんな風ではなく──そう思ってから、今ではヤンの躯のことなら、自分の方がより良く知っているのかと、奇妙な感慨が湧いた。
真っ直ぐ、味も素っ気もなく導くのではなくて、強弱や緩急や、ただ進めば良いわけではなくて、そんなに一生懸命でも、だから良いと言うわけではなくて──この姿勢はやはり無理ではないかと、上半身を真っ赤にしているヤンを見上げて、シェーンコップはもう何度目か思った同じことをまた考えた。
別々の、ひとの体がふたつ、こうして繋げて、ひとつになったと、心地好く錯覚する。長続きはしないその錯覚を、けれどできるだけ長引かせて、ばらばらのパズルから集められたピースみたいに、どこもかしこも噛み合わないのすら、今では愉しめはするシェーンコップだった。
ぴったり合うはずもない。それは思い知っている。所詮他人の躯に、どんなにしたって馴染みはしても、唯一無二と言う組み合わせなどあるはずもない。
骨張った、肉付きの悪い躯。抱いて抱き心地の良いわけではなく、けれど触れる膚のすべらかさが、いつもシェーンコップに我を忘れさせる。
自分とヤンを確実に隔てる皮膚の、けれど体温を上げて吹き出す汗で滑り、抱き合ううちに必ず融け合ったと思う瞬間のある、その時には必ず自分の体が透明に、真空になったと感じるシェーンコップだった。
内臓も筋肉も骨も忘れ、そうすれば、宇宙の闇に漂い浮かぶ、元は人間だった残骸の様を、シェーンコップは一瞬でも忘れることができた。激しい戦闘の後の、艦隊の強化ガラスの窓から眺める宇宙の、その塵と化した様々のもの。自分もいずれはああなるのだと、あれは自分の死に様なのだと、決して忘れないように自分に思い知らせながら、それでも心の片隅で、下らないと内心で常に吐き捨てている自分の生に執着する気持ちを、シェーンコップは無視もし切れないのだった。
その宇宙の闇色と同じ、ヤンの瞳。黒々とこちらを飲み込む、奥行きのない、感情の色の閃きの見当たらない、目。
それがこうしている時には、潤みを増し、シェーンコップの全身すら易々と包み込みそうな深みを増して、シェーンコップがヤンの皮膚の体温で己れの人間を取り戻すように、ヤンもまた、シェーンコップの体温で人であることを取り戻すのだと、自惚れて、それを隠す器用さはヤンの前には無力な気もする。
ヤンに、透明にされた自分。いつの間にか皮膚を剥ぎ取られ、何もかもを晒される自分。ヤンにすべてを明け渡して、ヤンもそうしてシェーンコップに、少なくとも身体(しんたい)の一部を明け渡して、2枚の皮膚を縫い合わせるように躯を合わせて、こうすればばらばらに吹き飛び、ひとの残骸にならずに済むのだとでも言うように、そのためにシェーンコップは、ヤンに、全身で触れたくてたまらなかった。
残念ながら、今触れているのは、腿の内側の一部だけだ。ヤンが必死に開いているそこで、シェーンコップは出入りの刺激だけは確かにあっても、相変わらずその先へは行けずに、じれったい気分ばかりが脳を染めてゆくのに、辛抱強く付き合っていた。
ヤンはまだ動き続けて、息は明らかに湿っていても、その湿りの具合でヤンの内側の反応を正確に読み取れるシェーンコップは、ヤンもまったく足りていないのだと知っている。
無理ですよと、声には出さずにただ考える。諦めて下さい。戦闘の前と最中なら、ヤンにそんなことはひと言も言う必要はない。けれどこれは別だった。習うより慣れろとは言え、慣れると言うにも程があると、シェーンコップは、ちょっと苦笑すら含めて思った。
私以外で練習しようなんて、思ってるわけじゃないでしょう、司令官閣下。
他の相手だったら、冗談で思い、そしてそれが実際に起こったとしても、ああそうかと流せる自信のあるのに、目の前の、この貧相な、頼りない見掛けの男がそうだと思っただけで、シェーンコップの心臓はちくちく痛んだ。
私とだけにして下さいと、そんな都合の良い言い分が通るわけもないのに、そう願わずにはいられない。イカれてやがる、とシェーンコップは、自分に向かって吐き捨てるように思う。
やっとヤンが、ひどく疲れた風に躯の動きを止め、何か口の中で言いながら向こうに向かって倒れそうになる。慌ててそれを、腕を引いて止めて、シェーンコップは許しが出たのだと理解して、のそりと体を起こした
唇を覆っても、首筋に噛みついても、ヤンは一向に抗いはせず、もうそんな体力も残っていないようだった。
ガラス細工か生まれたての獣の仔でもそうするように、しわだらけの乱れたシーツの上にヤンを下ろし、押し潰さないように気をつけながら、シェーンコップはヤンを自分の下に敷き込んだ。
宇宙の闇に漂っていた人間の残骸、集めてももう二度とひとりの人間には戻らないそれとは違う、揃った手足と全身で、シェーンコップはヤンを抱き込む。やっとヤンに全身で触れ、上がる熱を引き止めずに、ヤンの内側を、ヤンのためにそっと穿った。
反った喉で、聞こえない叫びが割れ、声と息と皮膚の震えと、そしてシェーンコップに直に伝わる内側の熱さと、その調子をすべて慎重に感じ取りながら、シェーンコップはヤンのために、宇宙よりも深くて果てのないヤンの熱の中に、埋め込んだ自分の熱で自爆してゆく瞬間を、透明になった頭蓋骨の中で待った。
皮膚を縫い合わせて、融け合わせて、そこだけはまったくの偶然に出会ってしまった、同じパズルのピースみたいに、ぴたりと合った感触へ、シェーンコップは溺れてゆくことを自分に許して、すっかり自分は飼い慣らされてしまったと、どこか心地好く思い知らされている。
ヤンの掌が、物憂げに持ち上がり、シェーンコップのあごと頬を撫でる。そこをまばらに覆うひげが、案外柔らかく刺さるのを楽しむように、じき掌を追って、ヤンの頬がそこへ近づいて来る。
もう少し、熱の名残りを惜しむように、伸ばした舌先を触れ合わせて、ふたりは揃った全身をまだ絡め合わせたまま、こうして秘密を分け合った、もう数え切れない時間の積み重ねの谷間へ、まだそこから抜け出す気にはなれずにとどまっている。
ヤンの、つるりとした背を撫でながら、傷跡だらけの自分の体と荒れた指先が、ヤンの膚を傷つけないかと今さら心配しているシェーンコップの、舌が動いて、いたわるようにヤンを閣下と呼ぶ。味気ないはずのその呼び方に、確かに含まれる響きを読み取ったヤンの暗色の瞳に、同じほど特別の色が一瞬ひらめき、それがゆっくりと瞬きに覆われるのと同じタイミングで、シェーンコップはもう一度ヤンの唇をまだ熱い自分の息で覆った。