シェーンコップ×ヤン n ヴァルハラ

一時停止

 コーヒーを手に、わざわざヤンの傍へやって来て──ソファのそちら側は空いていない──、シェーンコップはすぐ隣りのランプの明かりを点けてから、ヤンの前を通り過ぎて、ソファのあちら側へ腰を下ろす。
 あぐらに組んだ膝の上に広げたペーパーバッグには、特に他に照明がなくて明かりは十分だったけれど、ヤンはちらりとシェーンコップを見ただけで、ありがとうもいらないも、別に言わない。
 余計な照明はシェーンコップの方がまぶしいだろうに、それでもランプと自分の間にヤンを置いて、ヤンに比べれば色の薄いその目に突き刺さる明るさはやや軽減されるのだろうか。
 ソファに落ち着くと、シェーンコップはすぐにヤンの膝に手を伸ばして来て、本に添えているヤンの右手の方を取る。掌を合わせて、指を絡めて、そうされてヤンは、今は左手だけで本を開いて支えている。
 ペーパーバックは開きにくくて、片手では扱いにくい。それでもシェーンコップの掌の感触の方が心地良くて、ヤンは構わずそのまま読書を続けた。
 ホラーばかりを集めた短編集だからと言うわけではなかったけれど、別にひとりで読むのが怖いと言うわけでもなかったけれど、気がつくとヤンは何となくシェーンコップの方へ10cmほど、曲げた膝が時々くっつく近さへ寄っていた。
 ページを繰るのに、体を前に傾け、膝の中で何とか本を開いたままにして、と努力をして数ページ進んだところで、ついに本がぱたりと閉じてしまった。
 それでもヤンはシェーンコップから手を外さずに、また左手だけで本を開き直し、読んでいたページを探し始める。
 「手を貸しましょうか。」
 言いながらもうコーヒーのマグを目の前のテーブルに置いて、胸の前を横切らせて、シェーンコップが向こうの腕を伸ばして来る。ヤンの方へ体半分向けて、本を開くのにそう言った通りに手を貸した。
 自分の読んでいる本に、自分以外の誰かの手が添えられると言う、奇妙な光景。ヤンはさっきまで読んでいたページを探して、シェーンコップが繰ったページを押さえてくれるのに、何だか象徴的だなあと、ぼんやりしたことを考えている。
 そうする間も、ヤンの右手とシェーンコップの左手は繋がれたまま、こちらは微動だにしない。これはそういうものなのだと、この世の初めからの決まりごとのように、ふたりはそれぞれの左手と右手を読書に使い、それぞれの右手と左手の指を絡め合わせている。
 やっと読んでいたページを見つけて、ヤンは再び気持ちを落ち着けておどろおどろしい描写へ視線と心を据える。シェーンコップの手指は相変わらず本の端に添えられたまま、ヤンの読書を助けて、どうやら目の前のコーヒーはそのまま冷めてしまう運命かもしれなかった。
 「・・・コーヒーが、冷めるよ、シェーンコップ。」
 一応は、もう本から、あるいはヤンから手を離してもいいと言う意味で、ヤンはそう言ってみた。シェーンコップはヤンの膝だけではなく、肩の触れ合う近さへ寄って来て、本を読むためにうつむき込んでいるヤンと顔の位置を揃えながら、
 「また淹れ直しますよ。貴方もどうせそろそろ紅茶が欲しいんでしょう。」
 繋いだ手から伝わるものかどうか、ヤンの心中は見事に見抜かれている。否定せずに、ヤンはふと顔を上げ、すぐ隣りにあるシェーンコップの頬へ唇を押し当てた。
 読書の助けの礼と、これからシェーンコップが淹れてくれる紅茶への礼と、どんな時も自分の傍にいてくれるこの男への、様々な種類の感謝と、そして、紅茶が欲しいだろうと言われて、欲しいのは紅茶だけではないと、シェーンコップに遠回しに伝えるために、ヤンは頬へ当てた唇を次第にずらし、シェーンコップの唇の端へたどり着いた。
 ふたりで同時に目を閉じて、読書が少しの間中断される。ランプの明かりはヤンの黒髪に遮られ、その髪に触れるための3本目の腕が欲しいと思いながら、シェーンコップは絡めているヤンの指を、ぎゅっと自分の手の中に握り込む。
 ヤンは栞代わりに指先を差し入れて本を閉じてしまい、紅茶も読書も後でいいと、重なりを深くした唇に言わせて、ページをめくれば判明するはずのモンスターの正体へ、ほんの少しだけ心を残しながら、シェーンコップの胸へ自分の肩先をぶつけて行った。

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