シェーンコップ×ヤン、6/1以降。
* みの字のコプヤンさんには「涙は星になった」で始まり、「そんな昔の話」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば2ツイート(280字)以内でお願いします。

Can I Play With Madness

 涙は星になった。
 酒に逃げるでも、部屋に閉じこもるでも、誰とも口も聞かずにむっつり黙り込むでも、抱え切れない現実に対する、後ろ向きな方法はいくらでもあった。
 どれかひとつを選んで、泣き喚ければ楽だったろう。できるならそうしたかった。酒に溺れて、記憶を失くすほど飲んで、すべてを忘れてしまえれば、どんなに楽だったろう。目覚めて何も憶えていずに、例えば3年前からやり直せるなら、残りの寿命は今すぐ捨てたって構わない。
 いや、3年前とは言わずに、ほんの数日でいい。記憶を消して、この先何もなかったように生きられたらと、半ば正気を失ってシェーンコップは考える。
 眺める宇宙の闇に、そこに溶け込むヤンの髪の色を思い出す。こちらを見るたび、星々の散る宇宙そのもののようだと思った瞳の、時折走る光は流れ星のように、あの光へ向かって祈るべきだったのか、ヤンとともに、永遠に在れますようにと、祈るべきだったのか。
 そうに決まっていると思い込んでいただけだと、こんな風に思い知りたくはなかった。
 泣きたいと思ってなけずに、そのたび宇宙の闇へ視線を据えて、そこにヤンの姿はないかと探し続けている。
 少しくらい懐かしがって、せめて夢の中の訪いくらいと、何度も思った。すれ違う誰かの髪色が似ていたからと振り返って、背格好のまるきり違うのに、拳の震えるほど憤ったこともあった。
 誰のせいでもない、ただ、起こってしまったこと。受け入れられないのは自分のせいだ。そうと理性が言ったところで納得できるはずもなく、流せない涙がただ腹の奥の闇の中へ、澱のように降り積もってゆく。ふわふわ軽いはずのそれが、シェーンコップの足取りを重くし、ヤンの逝ったあの日へ縫い止めようとして来る。
 だめだ、そこに立ち止まるべきではない。進まなくてはならない。でなければ、そこへたどり着けないのだから。
 ──どこへ?
 自分の中に生まれる問いに、シェーンコップな皮肉笑いを返して、口をつぐむ。誰にも知らせない。自分自身にすら本音を封じて、シェーンコップはのろのろと歩き続けている。
 あの日から遠ざかることは、一見、ヤンのことを記憶の底に封じ込めていているように見えて、思い出の中にヤンの気配の薄れてゆくような、それが錯覚と悟るのは、今日が何日で、あれから何日経ったと数え直す時だ。
 その数字を迷うことなく思い浮かべて、シェーンコップはまた前へ足を踏み出す。もう、その爪先が、そこへ滑り着くことだけを考えて、シェーンコップは1日1日を数え続けている。
 もうすぐだ。泣けない日々は終わるのだし、逃げるように自分の視界を狭めて、心の扉をぴたりと閉じてしまった、あの日を、もう思い出さなくて済む日がもうすぐやって来る。
 夜毎の、あるはずもない彼の訪いを待って、眠れないままの朝を迎えなくてもいい。
 闇へ目を凝らして、動く陰影のすべてをヤンと思って、その虚空へ伸ばす腕の空回るやるせなさへ、もう流せない涙を絞る必要もない。
 ヤンの、どこへ埋葬するとも決められていない冷たい体を抱えて、宇宙のどこへとも知れず消え去ると言う夢想を人知れず抱える自分の狂気を、ほの暗く嗤い続けるのもそろそろ終わりだ。
 貴方は、とまた宇宙の闇へ向かって微笑み掛けながら、声が出ていた。強化ガラスに映る自分の唇が動き、焦点の合わない瞳に確かに揺れる影を見て、シェーンコップは、思わず後ろを振り返っていた。
 そこにあった気配をヤンと信じて、まだぬくみのある自分の身ではそちら側には行けないのですねと、ヤンと同じように冷たいガラスへ指先を押し当てた。
 そこへゆけば、すべてが笑い話になるだろう。少々気の狂った男の、どこか調子の外れた笑い声を、ヤンはどんな風に聞くだろう。泣けずにまず笑うしかできないシェーンコップを抱きしめて、髪と背を撫でてくれるだろうか。以前そうしてくれたように。
 そうして、何もかもが過去の話になる。ヤンの肩で泣きさえできれば、シェーンコップは何もかもを笑い飛ばすことができる。
 そんな昔の話、と、ヤンの逝った同じ日に逝こうとしている自分の、陳腐なはかりごとを、終わった後でヤンも一緒に笑ってくれればいいと、シェーンコップは思った。思いながら、泣き笑いの形に唇が歪んでいることに、気づいてはいなかった。

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