* みの字のコプヤンさんには「ああ、もうやってらんない」で始まり、「あーあ、言っちゃった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば1ツイート(140字程度)でお願いします。
Said It
「ああ、もうやってらんない。」ヤンが突然下でぼやく。シェーンコップは手の動きを止め、下でふくれっ面のヤンへ、視線を泳がせながら声を掛けた。
「何か──いたしましたか。」
まだスカーフもゆるめていず、上着の前はきっちり閉じたままだ。唇からあごへ移動して、そこから首筋へ下りようとしていたところだった。手はすでに腰の辺りへ下りて、指先が不埒に動いていた気がする──無意識だから──けれど、何か気に入らない触れ方をそっちでしたかと、シェーンコップはさり気なくその手をヤンから遠ざける。
ヤンの不機嫌は気にならないシェーンコップだったけれど、こんな時に不機嫌になられては困る。ヤンに限らず、こんな場で相手の気に入らないことをした挙げ句、止めないのは愚の骨頂だと、シェーンコップはもう体を起こして、すっかり休止──あるいは停止──の態度へ移行していた。
ヤンはシェーンコップと同じように体を起こし、ベッドに坐る形で、ベッドから下りて立ち去ろうとしないのは、少なくとも悪いことではないと、シェーンコップは表情に出さずにかすかに安堵する。
「何か、私が、へまでもやらかしましたか、提督。」
欠点など、どこを粗探ししても見つからなさそうな美しい男がそう言うのへ、ヤンは小さくため息をこぼす。シェーンコップへ向かってと言うよりも、何かヤン自身に向かってのような、そんな息の吐き出し方だった。
「君は、わたしの自由を奪っている。」
くしゃくしゃ、すでに乱れている髪を、ヤンが片手でかき回す。
腕に力が入り過ぎたか、だがいつもと違った風にした憶えはない、一体何を──と、シェーンコップがあれこれ考え始めたところで、
「わたしの、君を拒むと言う自由を、君はわたしからすっかり奪ってしまっている。」
下からすくい上げるような視線で、作戦会議の時のような声音でヤンが言う。
「私が、閣下に対して、強引過ぎると?」
一瞬で、ベッドの中からヤンの執務室で対峙している態度へ変えて、シェーンコップは生真面目に問い返した。
ヤンがまた髪をかき回した。腕の陰で、不承不承と言う風に、いや、とかすかに首を振る。
「君がどれほど強引だろうと、私がいやだと言えばいい話だ。問題は、わたしの方に、君を拒む気がまったく失せていると言うことだよ、シェーンコップ。」
シェーンコップは、眉を寄せて、瞳を左右に動かしながら目を細めた。
「おっしゃる意味が、よく分かりませんが──。」
ヤンが唇を尖らせた。いつもなら当意即妙のシェーンコップが、自分の言葉の先を、思ったように読んでくれないのに勝手に焦れて、自分の言い方が悪いのだと思っても素直には考えられない。
分かっているにも関わらず、ヤンにはっきり言わせるためにシェーンコップがわざと鈍い振りをしているのだと、思いつけない程度に、今はヤンも照れていた。
「・・・君を拒めないんじゃなくて、拒まないんだ、わたしは。もう、君を拒むと言う選択肢は失くなってしまっている。わたしの自由は、一体どうなっているんだ。」
理不尽な八つ当たりと愚痴だ。いやだとは言えない。いや、言いたくないのだ。スイッチでも押すように、シェーンコップがヤンをその気にさせる。あっさりと、ほんのひと触れで。
そんな風になってしまった自分を、真っ直ぐには受け入れられずに、君がわたしをこんな風にしてしまったんだと、責任を押し付けて、そうしてこの男は、そうされてもきっと笑ってその責を受け入れる──受け流す──だろうからと思うのは、つまりはヤンがシェーンコップに甘えていると言うことだった。
君だって、わたしに甘えているくせに。
お互いを甘やかして、そんなことは子どもっぽい振る舞いだと言うのに、ヤンはそこへ足を取られて身動きできず、そこから抜け出す気もないのだった。
あーあ、とヤンは内心で、自分に向かってため息を吐く。
シェーンコップはそんなヤンの頬へそっと触れて、
「貴方がいやだとおっしゃるなら、私はこのまま去りますが、閣下。」
ヤンはシェーンコップを上目に見たまま、さらにあごを胸元に引きつけた。
「・・・いやだなんて、ひと言も言ってない──。」
「ではよろしいので?」
いちいち確認を取って来るのがわざとらしい。なんて嫌味な男だろうと、ヤンは思った。思いながら、頬は赤らむ一方だった。
「・・・訊かなくったって、分かるだろう・・・。」
もう、拒むと言う選択など、あってもヤンは選びはしないのだから。
では、とシェーンコップが言った。ゆっくりと唇が近づいて来る。
血の色の上がった首筋にシェーンコップの指先が触れ、そこから震えが皮膚の下を素早く走って行ったのに、シェーンコップは気づいたろうか。
ヤンは再びシェーンコップの胸の下へ体を横たえ、拒むどころか、全身でシェーンコップの誘いを待っている自分を改めて自覚して、君のせいだと言う恨み言を、胃の裏側辺りへ、聞こえないように落としてゆく。
君が欲しい。言葉の裏にあるヤンの本音は、恐らく音には出さなくても、皮膚を通してシェーンコップに伝わるだろう。それが待ちきれずに、ヤンは唇の傍にあるシェーンコップの耳へ、息を吐く仕草で、小さく小さくささやいた。君が欲しい。
あーあ、言っちゃった。
全身に血の巡る音が、爆発音のように聞こえて、ヤンは顔を見せないためにシェーンコップを抱き寄せたまま、君のせいだと、往生際悪くもう一度つぶやいていた。