Session
ヤンはもう裸だった。むしり取るように、羽織る風に着ていたシェーンコップのシャツを自分で剥ぎ取って、シェーンコップの膝に乗り掛かるのが、いかにも物欲しげなのが自分で分かった。
シェーンコップが、面白そうに自分を見るのが忌々しくて、唇を塞いでその表情を押さえ込んだところで、ヤンの技術のなさでは勝てるわけもなく、唇が外れる頃には息が上がっているのはヤンの方だった。
ヤンが、全身でもう待てないと見せるのに、シェーンコップは遠慮もなくヤンを抱き寄せて、指を忍び込ませて来る。腰を滑り、腿の裏側へ下りてから内側へ忍び込んで来る、節の高い、長い指。指の腹で撫で上げられて、ヤンは皮膚の内側が波打つように思った。
中指なのか人差し指なのか、感触だけでは分からない。ヤンは何度か息を止め、シェーンコップにしがみつき、押し開かれる感覚に耐えて、声を殺した。
まだそのままのシェーンコップのシャツの肩を握りしめ、どこかで生地が引きつれた音がする。ボタンの辺りが吊り上がり、力任せのやり方に、シェーンコップのシャツを傷めてしまうと、理性が言うけれど止められない。
そのヤンの手つきに比べれば聖母のような優しさで、シェーンコップの指先がヤンの中へ忍んで来る。すぐに指の数は増え、進みながら開いて、そうして中をこすり上げる。優しいだけの後には、少し強く。ヤンの肩が竦むと元へ戻り、気長にヤンをあやしに掛かる。
シェーンコップの、指の長い大きな掌。ヤンの腰を抱き、柔らかな皮膚に押し当て、薄いなりの筋肉の弾みを明らかに楽しんで、ヤンの中の熱を味わって、膚が次第に汗に湿るのに、それをきちんと伝えるために、ヤンの唇を噛んでゆく。
中で束ねた指が、時折、ヤンの躯の慄えを確かめながら開いて、ヤンの内側をほどき、熱をかき出すように動いてはさらに奥へ戻って行く。一瞬前よりより深く、シェーンコップに自分の中を明け渡しながら、ヤンはもう全身の重みをシェーンコップに預けて、自力では立ち上がることもできずに、早くシェーンコップが自分をベッドに引き倒してくれればいいと願った。
シェーンコップは正しくヤンのその望みを読み取ったように、わざと正面に向かい合って坐った体勢をまだ崩さずに、さっきからずっと膝の震えているヤンの体を支えながら、それでは足りずに自分にしがみついて来るヤンの、荒い呼吸を湿る肩の上に受け止めて、指先にヤンの熱を探り続けている。
指を進めては戻し、ヤンの熱が自分に応えて来るのに、鳴りそうになる喉を押さえて、少し強引に増やした指の数もすんなりと飲み込まれた後は、ヤンの喉笛に今すぐ食らいつきたい気持ちを抑えるのに必死だった。
ヤンが自分を欲しがる様を思う存分楽しみたいと思っても、そのヤンの潤みを増した闇色の目や膚の深い慄えに勝てず、シェーンコップはヤンの中に指先をとどめたまま、片手でヤンを自分の傍らへ引き倒した。
頬同士をこすり合わせるようにして、唇をヤンのあちこちへ滑らせ、ヤンの両脚が自分を誘うように大きく開くのに、シェーンコップはさらに深く指を埋め込んで、ヤンの奥を探る。耳朶を噛むと指の先へうねりが伝わって来て、もうそれを指先だけで味わうのに我慢できず、突然外した指先をヤンの内腿へ、こするように這わせた。
食むよりは貪るように、ヤンの唇と舌を噛みながら、シェーンコップは歯止めの効かない自分のそれへ手を添え、ヤンの両脚の間へ這い入る。かすめた先端で、ヤンが震え、シェーンコップを助けるように、手を伸ばして来た。
手指が重なり、シェーンコップがヤンの中へ押し入った後も、指同士はほどけずに、ヤンの頭上で絡み合ったままになる。
舌と熱と粘膜と指先の、重なり絡まったまま、汗で滑る皮膚は溶けたように思って、ふたりはできる限り全身をこすり合わせた。あごの線や首筋、鎖骨や肩をぶつけ合い、ヤンはシェーンコップの肋骨に自分の肋を押されて、痛みと熱さに顔をしかめながら、けれど結局躯の内側の熱のあふれように気を取られて、ぶ厚い体の下にやすやすと隠れる自分の薄い腹を喘がせ、内臓を突き上げられる動きと一緒に、浅い息を必死で吐き出している。
蕩けたように、呆けたように、ヤンは薄目にシェーンコップを見上げた。
熱をより近く絡ませるために、シェーンコップに奇妙な形に体を折りたたまれて、不思議な位置に自分の脚と爪先を見ながら、その傍らにあるシェーンコップの、こんな時すらその造作の崩れることのない顔立ちに、ヤンは一瞬呼吸を止めて見惚れた。
肉付きの足りない自分の、貧相な足の傍では、余計に整って見えるシェーンコップの、削り取った大理石のような骨格の線が、呼吸の具合や体の動きの具合で、伸びたり縮んだり、崩れたり元に戻ったり、どんな風にしても美々しいことには変わりのないのが、この世の何よりも真理のように思えた。
直に触れ合う皮膚の熱さの下で、躯がもっと熱く燃えている。自分だけではなく、自分をこうして燃やすシェーンコップも、全身を燃え立たせて、そこへ燃料を注いでいるのは自分なのだと、ヤンは喉を反らしながら思う。
躯に食い込んで来るシェーンコップの、自分を満たし切ってまだその先を求め続ける質量を、自分では分からない果ての深奥で受け止めながら、シェーンコップに触れさせる自分の内側が、こんな風に反応するのはシェーンコップに対してだけだとヤンは知っている。
そうして、そんなヤンの反応を求めて、遮二無二突き進んで来るシェーンコップの、無我夢中の表情へ、ヤンはそっと両手を伸ばして触れた。
汗に濡れた額や頬に張りついた、見るたび甘さの思い浮かぶ色の髪を、指先にかき上げてやる。耳をそっと覆うように、掌を滑らせて、ヤンは自分の上で必死に動く美しい男へ、ほとんど慈愛のような視線を送った。
自分に向かって、真摯さだけを注ぎ込んで来る男へ、返すのは一体何であるべきかと、自分ももう頭の中を白く融けさせて、ヤンは考える。開き切った躯の中で、シェーンコップが踊り続けるのを、深く柔らかく受け止めて、あふれる熱には限りもなく、長い腕とぶ厚い胸に埋没して、繋がった躯はあくまで別々と理解しているのに、魂と言うのか心と呼ぶのか、そんなものがひとつに結びついているのを感じている。
下腹と内側の粘膜を一緒に同時にこすり上げられて、もう耐える気などとっくに失せたヤンの声が天井まで届き、響いた後で床に落ちて来る。合間に呼ぶ名にはスタッカートが知らずに掛かり、それはシェーンコップの動きに合わせて、まるでふたりの合奏のように聞こえた。
シェーンコップに弾かれ、シェーンコップの求める音を出し、そうしていつかそれはヤン自身の望みになって、いつの間にかシェーンコップを、自分の求める演奏へ導いている。シェーンコップに合わせてうねる躯が響かせる音は、連なるうちに、ヤン自身の旋律となって、どちらが弾き手か曖昧になる瞬間に、するりとヤンの手指と熱がシェーンコップから音を引き出している。
シェーンコップがヤンを弾き、ヤンがシェーンコップを奏で、ふたりは上と下で見つめ合って、滴る汗を皮膚の上で混ぜ合わせながら、同じように互いの躯の出す音を合わせてもいる。
高く、低く、伸ばしたり途切れさせたり、切り捨てた音を拾い上げて放り出した後に、驚くほど長いビブラートを引き伸ばして、どちらも音楽の素養はないのだけれど、躯の奏でる音の調子は妖しいほどぴったりだった。
熱っぽくなる即興は、高まるばかりで延々と続き、生み出される音の響きにふたりは感覚のすべてを研ぎ澄まし、相手の出した音へ一瞬の間も置かずについてゆこうと必死だ。
ずれすら、まるでそう意図したような収まり方で、音の高低もリズムも薄闇を完璧な世界に作り上げ、最後にシェーンコップがヤンの中へ仕上げの一音を響かせ、それに応えて、ヤンが、それだけでアリアになりそうな声を2度上げて、後はシェーンコップがヤンの喉を撫で上げる音で終わる。
意味のない手遊びのチューニングのように、礼といたわりの、名残りを惜しむ口づけが、まだもう少し続いた。
拍手と喝采の代わりに、互いの背を撫で、髪を梳く。
ヤンは、自分の上で歯を食い縛り、眉を寄せていた男の、その表情の痛々しさをやらわげるように、目元や頬を撫で、指の動きの後に唇を追わせた。
シェーンコップは、明日にはあちこち痛むに違いないヤンの体を心配して、多少自責の念に襲われながら、ヤンの肩へ頭を乗せる。
そうしてまた見つめ合う間に、一瞬も離れがたいように唇が触れ合い、眠りよりも抱き合う方へ心を引き寄せられ、あるいはもう、飢えても相手を貪る方がより大事なのかもしれない心持ちへ陥りながら、さすがにそれはと思い直して、やっと睡魔の方へ心を明け渡すことにする。
どうせ夢の中でも、重ねた皮膚の立てる音に耳を澄ませることになる。寝ても覚めても尽きることのない即興の旋律が、もう頭の片隅へ甦っている。
ふたりでなければ出せないその音を、子守唄のつもりで聞きながら、今はそれに加わる鼓動のリズムで互いの背をあやすように撫で、ようやく離れた唇の間で、ふたりは歌うように互いを呼んだ。