* みの字のコプヤンさんには「淡い夢を見ていた」で始まり、「君には届かない」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以内でお願いします。
The Closest
後ろから覆いかぶさって来て、背中に胸が重なった。気にしながらそうしても、体の重みはどうしようもない。ヤンは潰される胸で精一杯息を吸って、そろそろやって来る衝撃に備えようとした。なぜか今夜は、一向にシェーンコップが躯を繋げて来る様子がなく、ヤンの腿や腰に押し付けてこすり付けて来るくせに、まだそれ以上にはせずに、それでも耳や首筋に当たる息はもう熱くて、ヤンは先を促すように下から躯を揺らし、そうと自覚はない誘いだらけの表情で、首をねじって背後のシェーンコップを見上げる。
ヤンの半開きの唇を、シェーンコップがそっとついばむ。そうしてからわずかに遠ざかると、ヤンは追いすがるように舌を伸ばして来て、その舌先をシェーンコップは改めてすくい取り、唇よりも舌をもっと近く触れ合わせた。
全身に汗の吹き出したヤンの、同じように潤んだ闇色の瞳は、海にでも沈んだように、もう目尻から今にも小さな滴りがこぼれそうだった。
それも、そうなったら吸い取ってしまおうとシェーンコップはひそかに上目に窺って、自分が引けば追って来るヤンの湿った皮膚へ全身をこすり付けて、ヤンの躯の内側からの声を聞き取っている。
もっと、あるいは、早く。明らかに先へ進めとヤンの躯が言っている。
今では、ヤンの脳の中だけではなく、そちらに比べればずいぶんと反応の鈍かった体の方の声も聞き取ることに長けて、シェーンコップはねじ曲げた首と一緒に、自分の下で体を回そうとしているヤンから、そうしやすいように体の重みを少し退けてやる。
濡れた唇と濡れた瞳と、海の底の貝の肉の中に静かに眠り続ける真珠のように、そっと取り出して手に取るタイミングを間違えないように、慎重に図りながら、シェーンコップは今すぐそれを奪ってしまいたい自分の衝動を抑えた。
仰向けになって、開いた脚の間にシェーンコップを引き寄せるヤンの腕に、その時だけは従いながら、それでもまだヤンの欲しがる先へは進まずに、シェーンコップはヤンを焦らしているよりも、自分を焦らして、限界を見極めようとしている。
どこまで耐えられるのか、それともヤンが途中で怒って、今夜はこれきりになるだろうか。そんなことにならないために、ヤンの限界も一緒に見定めようとしながら、けれど結局ヤンの膚のなめらかさに負けてゆく。
それでもあっさりと白旗を上げるのは性に合わず、もう少しだけ、ヤンに意地悪をした。
体を起こしながら、一緒にヤンの体も引き上げる。互いの脚の輪の中に互いを取り込むように、そうして正面から抱き合って、シェーンコップはまじまじと、鼻先と前髪の触れ合う近さでヤンを見つめた。
額と頬がこすれ合い、半開きの唇と舌が重なり合い、舌の奥で殺した声が、肉と骨を伝わって頭蓋骨に届く。鼓膜を震わせないそんな音のやり取りで、ヤンは少し油断していた。
背中を抱くシェーンコップの腕が次第に下に降り、ヤンの薄い腰へ両手を添えて、その指先がそっと奥へ忍び込んでゆくのを、気づかない振りをした。
欲しいと素直に言えばそうしてくれると分かっていても、それを率直に口にするにはまだ羞恥が先に立つ。今さらヤンが何をどう言ったところで、いちいち下世話な反応をするような部下ではないけれど、それでも年下の上官としての矜持は、この男に対してはヤンの中に確かに存在した。
指先に、躯の内側をまさぐられて、矜持もへったくれもない。ヤンは思わず背筋を伸ばし、肩を震わせてからシェーンコップにしがみついた。
撫でて、確かめてから、中に忍び込んで来る。浅く出入りさせて、少しずつ深めて、内側の粘膜の熱の上がるのへ、指の腹でなぞって来る。
束ねていた指を深いところでほどいて、ヤンの内側をゆっくりと拓いて、自由に動かせる指で、ヤンの中をかき回す。
ヤンは、シェーンコップの肩を噛んだ。
陸戦隊員──今は、はっきりそうだとも言い切れない立場だとしても──の体に傷をつけてはいけないと言う理性も働かず、すでに白っぽく溶けているヤンの脳みそは機能を停止して、躯を裏返されたように、濡れた粘膜だけの生きものになっている。
現実には、シェーンコップの触れられるヤンの粘膜などごく一部だと言うのに、ヤンの全身はそのわずかの部分に取って代わられ、部下だの上官だの、どこぞでは英雄と呼ばれただの、何もかも一切合切、熱にとろけてしまっていた。
がちがち、ヤンはシェーンコップの、筋肉ばかりの肩へ歯を立てて、痛みなぞ感じてもいないようにシェーンコップはヤンの躯を探るのに集中して、ヤンが指先だけでは足りないと、吐息で喚くのと揃って、シェーンコップももう、指先だけを遊ばせるのに耐えられなくなっていた。
ヤンをもっと近く引き寄せ、腿へ両手を添えた。するりと両脚の間にかすめさせれば、ヤンの腰が勝手に動く。向き合った姿勢のまま、下から繋げる躯へ、ヤンの方から重みを寄せて来る。拒んでいるわけではない狭さに一瞬耐えて、後は飲み込まれるように、シェーンコップはヤンの躯を開いた。
ヤンを軽々と扱って、シェーンコップはやっと目的を果たすと、それでもすぐには動き出さずに、いつもとは少し違う角度に繋がった躯の馴染むのを辛抱強く待った。
ヤンが小さく声を立てる。背中や肩が微かに震えて、それが苦痛を示すものか、この先を期待するものか見分けがつかずに、それでもそのまま、自分にに沿うように躯の位置を定めようとするヤンを手伝って、シェーンコップはヤンの体を支えて決して先を急がない。
真近に見るヤンの瞳が、闇よりふた色濃く、泣きそうに潤んでいた。半開きの唇の間で動く舌が、何か言い迷っているのかと思って、シェーンコップは自分で言った。
「もっと、楽な姿勢に変えますか。」
少し上にあったヤンの目線が、わずかに下りて来る。ふたり分の汗に湿った黒髪が、ゆるく揺れた。
「いや、いいよ・・・この方が、君の顔がよく見える・・・。」
案外強がりでもなさそうに、言うと同時に、ぴたりとヤンの胸がシェーンコップの胸に重なった。両腕は首から背中へ回り、足首は腰の辺りで重なって、むしろシェーンコップを両脚の輪の中にしっかりと取り込んでゆく。
ヤンがシェーンコップを近々と見つめるなら、ヤンもシェーンコップも同じ近さで見つめられるのだと、今は思いつかないらしい、わざと明晰さはどこかへ置き忘れた魔術師の脳の、触れれば壊れそうに柔らかいのだろうほのかにあたたかな血の色を巡らせた灰色が、見つめ合う同じ近さで、シェーンコップの眼球の裏を染めて来る。
シェーンコップは応えるように、ヤンの腰を両腕に抱いて、できる限り全身を密着させた。
シェーンコップへ体の重みを全部預けて、そうして深まった躯の奥に、いずれ注がれるシェーンコップの熱を予期して、またぶるっとヤンの背中が震える。それをなだめるように撫で下ろし、シェーンコップはやっとゆっくりと下から動き始めた。
少し揺すぶるだけで、ヤンの声が高くなる。喉の奥で割れる、かすれた声。他のどんな時も、絶対に耳にすることのない、ヤンのその声。
頬が触れ合い、ヤンの声は直に耳に掛かり、シェーンコップはヤンの奥の熱にすでに負けそうになりながら、自分の肩に乗るヤンの表情が、とっくに摩擦の熱にさらわれたそれなのを横目に確かめている。
皮膚の裏側へ直に触れるように、汗に濡れた躯を滑らせて、腕や脚の輪の中で躯が揺れ続ける。繋がったただ一点の、そのあまりに小さな表面積は、それでもふたりの全身のどこよりも熱を発して、もう自分の体を制御できずに、ヤンは手足を放り出していた。
膝に乗るヤンひとり分の重さを物ともせずに、シェーンコップはヤンを抱いて、穿つ動きを繰り返しながら、正気を確かめるためのように、唇の間でひらひら動く舌先をすくい取る。
シェーンコップの舌先を、からかうように噛んで来るのは無意識かどうか、躯の奥に劣らず熱っぽく潤んだヤンの闇色の瞳に、その時だけは暗い金色の光が差す。それが、自分の瞳と髪の色を写したものだと気づいたのは、一体いつだったろう。
互いの瞳の中に取り込んだ、小さな互い。それが起こるのも、それが見えるのも、こんな近さにいる時だけだ。
ヤンの胸と喉が反る。喉で、派手に声が割れる。水から上げたばかりの魚のように跳ねる体を、シェーンコップはそれでも逃さずに、果てには永遠に行き着けないだろうヤンの深奥へ、白っぽく弾けて、そして心地好く敗けた。
動きを止めたシェーンコップへ、ヤンは両腕を巻き付けて来て、自分の首筋や胸に荒い息を吐きながら顔を埋めるシェーンコップの、瞳と同じ色の柔らかな髪を撫でる。
そうする手すさびで、自分が落ち着こうとするように、躯の奥に伝わったまままだ去らない熱が、去ったシェーンコップの形と輪郭の確かさをまだ忘れさせずに、まだ、もっと、と思わずつぶやきそうになるのを、ヤンは唇を結んで耐えていた。
抱きしめたヤンの背中の小さな震えに、その言わない言葉が含まれるのを、読み取れるほど何もかもを近寄せているシェーンコップは、自分の脳がぶるりと慄えるのを感じて、ヤンの背中を抱いた腕をそっと腰の方へ下げる。
まだシェーンコップを憶えているヤンの躯へ、再び挑むために、するりとかすめさせた指先にヤンの立てた声の高さが、今度ははっきりと薄闇の湿った空気を揺らした。
白く溶けたヤンの脳の、冷えて固まらないうちに、すでに次を兆しているシェーンコップは、ヤンを自分の下へ敷き込む前に、慎重にスカーフで隠れる位置のヤンの喉へ噛み付く。
そこから広がる血の色が、少し前よりいっそう濃く、自分の脳も同じ色に染まっていると、シェーンコップは思った。