シェーンコップ×ヤン
* コプヤンさんには「小さな嘘をついた」で始まり、「君にはもう期待しないよ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート(1680字)以上でお願いします。

White Lie

 小さな嘘をついた。痛いわけではなかったのに、痛いですかと上から訊かれて、思わずうなずいてしまった。違う、そうではない。痛いのではなくて、頭の中の白くなる感覚が恐ろしかっただけだ。
 シェーンコップは躯の動きを止めて、少しの間、ヤンの上でじっとしていた。
 それでどうなると言うわけではなく、シェーンコップも少し考える時間が欲しかっただけか、その後でゆっくりとヤンから躯を引いた。
 そもそもそんな作りになってはいない躯を、繋げようと言うのが無茶なのだ。そう思うのに、繰り返すうちに躯は確実に馴染んで、今では自然にシェーンコップに合わせてゆく躯の動きは、まったくもってヤンの意思に反していて、挙げ句シェーンコップに引きずり込まれるように、必ず頭の中が白く飛ぶ。後は、全身に弾けた感覚が満ちて、何が何だかよく分からなくなる。
 ヤンはそれが恐ろしかった。
 眠っている時でさえ、頭の一部は冴え返って、自分の意思の生きていない時はないと確信しているのに、シェーンコップと抱き合う時にはそんなものはすっかり霧散する。
 意思やら思考やら、ヤンの大部分を形成すると思われるそれらのものが、シェーンコップの皮膚に取り払われるように、すっかり停止し、ヤンの中から消え失せる。
 自由に動かせない体、その中に薄ぼんやりと漂う、ヤンの意思のようなもの。意思であるかどうかすら確信の持てない、ただもやもやとしたもの。シェーンコップはいつもヤンをそんな風にする。肺と生殖器だけの、体はただの真空の筒である虫にでもなったような、縮んで小さくなってしまった自分の存在の危うさに、ヤンは思わず叫びそうになる。
 空っぽになった中身。皮膚だけがようやく形を保った、けれど次の瞬間には跡形もなく消滅してしまいそうな、己れと言う存在。人は、血と肉の詰まった皮膚の袋ではないのだ。その中に、意志や魂と言うものがあるはずなのに、それはあっさりと躯の生み出す熱に負けて、蒸発したようにどこかへ消える。
 それと引き止めておくには、一体どうしたらいいんだろう。考えながら、手っ取り早く、シェーンコップとはこんなことをしないと言う選択は、ヤンの中にはないのだった。
 今ではもう、呼吸と同じになってしまった、自分にとってのシェーンコップと言う存在に、しがみつくようにしながら、ヤンはそれでも白く飛びそうになる感覚に抗っている。
 君といると死にそうになるが、君といなくても死んでしまうような気分になる。
 どちらにせよ、自分の命は縮む一方だと忌々しく思いながら、自分から離れたシェーンコップを、ヤンはにらみつけるように見上げた。
 シェーンコップが、そんなヤンを見下ろして、可笑しそうに笑う。それについかっとなって、何がおかしい、と体を持ち上げると、それを待っていたように、シェーンコップがヤンの腕を引いてくるりと体の位置を入れ替える。
 ヘッドボードに寄り掛かったシェーンコップの膝に乗る形で、するりと腿の内側へ、シェーンコップの熱が触れてゆく。
 「こちらの方が、多分──」
 何が多分なのか、ヤンの腰を抱き寄せながら、シェーンコップが躯を添わせて、下からまた繋がって来る。すでに開かれた躯は何の抵抗もなくシェーンコップを受け入れて、そのまま、ヤンは自分の体の重みでシェーンコップへ寄り添って行った。
 痛くはない、と言いたかったのだと、シェーンコップにしがみついて、ヤンは思った。
 どちらにせよ、痛みなどない。より深く穿たれて、頭の中の靄は濃くなるだけだった。白く飛ぶと言うよりも、もう弾け飛んでゆく自分の躯の奥深くの感覚へ、ヤンは逃げ切れずに、シェーンコップにただ揺すぶられるしかない。
 逃げられない姿勢のまま、逃げる気のない躯はシェーンコップへ近々と寄って、そこから逃してはくれないシェーンコップへ、ヤンは心の中で悪態をつく。
 嫌ならそう伝えればいい。そうしないのはヤン自身だ。もちろんそうと気づいている。躯から、伝わっているに違いないヤンの気持ちを、シェーンコップはわざと汲み取らない。汲み取って欲しくないと言うヤンの本音を、躯の中で聞き取っているからだ。
 また白く飛んでゆく。後のことは憶えがない。長々と叫んだ後に、シェーンコップを呼んで、それから、うつろに告げたような気がする。
 君にはもう期待しないよ。
 シェーンコップが惚れ惚れするような笑みを浮かべて、ヤンの、続いたかもしれない言葉は、その唇がすべて吸い取ってしまった。

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