* コプヤンさんには「花が咲くように」で始まり、「恋って偉大だ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字程度)でお願いします。
白いスイートピー
花が咲くように、ヤンが微笑んだ。茫洋と、と言う以外形容のしようがない、仔細に見れば話は違うにせよ、ぱっと見には凡庸が服を着て歩いているような第13艦隊司令官が、華やかに大輪の花の開くように、微笑んでいた。
その彼の傍らには、本人が真っ赤な薔薇そのもののような、元ローゼンリッター連隊長、要塞防御指揮官の、シェーンコップ。
リンツはそこで足を止め、話をしているふたりを眺める位置に、ああ、スケッチブックがないのが残念だと、手にした書類を握り込まないようにちょっと気をつけた。
親しい間柄と言うのは、まるで互いを映し合う鏡のようだ。シェーンコップを映して、ヤンはその微笑み方を写し取り、ヤンを映して、シェーンコップは穏やかな空気を身にまとう。
まだ薔薇には程遠いものの、ヤン自身がそうなるなら、薔薇よりも百合か牡丹か、もう少し色の優しい花が似合うと、リンツは頭の中で、1輪きりでも世界そのもののようになる赤い薔薇の傍らに、もっとほのぼのと月明かりのように白い花を思い浮かべてみた。
同じ花である必要はなく、姿も色も香りも違う2輪の花が、互いに向き合うように寄り添っている。
触れるぎりぎりでヤンの背中に添えたシェーンコップの手が、首筋の方へ上がりたがっているのが、リンツからは良く見えた。
ヤンひとりなら、リンツが思い浮かべるのはたんぽぽかレンゲか白詰草か、きっと道端の小さな花だろう。目立たなさなら、おおいぬふぐりもあったなと、スケッチブックに色を乗せながら思う。
そのヤンが、今は百合か牡丹のように微笑んでいる。
花2輪の絵なら、ふたりを描いたとはばれないと、ひそかに思って、今度はシェーンコップの赤い薔薇の、その赤さはどんな赤だろうかと考え始めた。
鮮やかな赤。深い赤。オレンジに寄った赤か、あるいは黒薔薇と言いたいような赤か、紫がかった、幻惑されるような赤か。ビロードのような、厚みのある花弁にふっくらと乗った、うっとりするような赤を思い浮かべて、口の中に薔薇の花弁を噛んだ苦味が走る。
棘のはっきりと大きな、茎の太い、堂々たる薔薇。1輪きりで世界を睥睨し、地中には深々と根を張って、どんな風にも雨にも折れも倒れもしない薔薇。
その傍らで、やや細い茎が、そよ風にさえ頼りなく揺れるくせに、案外したたかに自然を生き抜く、ぼんやりと白い花。その花の名を思い出そうとしても思い出せず、百合でも牡丹でもない、薄い花弁に葉脈の走るその花を、リンツは図鑑か何かで見つけられるだろうかと、後で図書室へ足を運んでみようと思いつく。
蝶が群れたような花びらの幾つもついた、浅い緑色の茎が鮮やかな、花。薔薇のような強靭さや気高さは感じさせなくても、可憐で、ふと花弁の周囲を掌で覆いたくなるような、そんな気持ちを起こさせる、可愛らしい花。
ヤンを、花に例える羽目になるとは思わなかった。
思いがけず、絵にしたい衝動を与えられる場面に行き合って、リンツは頭の中のスケッチブックを線と色で満たしながら、ふたりの邪魔はすまいと、そっと後ずさりする。
シェーンコップへの質問は後でもいい。ローゼンリッターの詰め所へ戻る途中で、図書室へ寄るつもりで、来たとは少し違う方向へ足を向ける。
ふたりの、互いへ向ける微笑み方をしっかりと頭の中に刻みつけて、リンツは、ブーツの裏に伝わる通路の金属の無機質な感触に、少しの間、草花が根を張る土の柔らかさを恋しく思った。
そうして、ヤンだと思った白い花が、スイートピーだったことを突然思い出す。
実家の庭に、あれは誰が植えて面倒を見ていたものだったか。今も咲いているなら写真を送ってくれないかと、手紙に書くつもりで、頭の隅にメモをした。
白いスイートピー。ヤンから続く連想で、リンツはふと自分の家族を恋しく思う。
恋ってのは偉大なものですね、閣下。
背後に遠ざかるシェーンコップへ向かって、リンツは小さく小さく微笑んだ。