* コプヤンさんには「ぬくもりを半分こした」で始まり、「だから、さようなら」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以上でお願いします。
あなたのぬくもり
ぬくもりを半分こした、と言うのも、少しおかしな話だった。何しろ、相手には体温がないのだから。肩に触れる冷たさ。頬をかすめる冷たい風。背筋に走る、決して不快ではない寒気。それが一体いつ始まったのかシェーンコップは覚えていず、例の6/1より後であることだけは確かなそのことに、シェーンコップは自嘲めいた苦笑をこぼす。
遺体を、まるで眠っているだけのように、ずっと置いているからだ。
やや吐き捨てるように、シェーンコップは思った。
目の前からその実体が消えてしまえば、自分は恐らく身を揉んで悲しむだろうと思うのに、二度と目覚めないヤンが、今にも目覚めそうにそこにいることには、神経をやすりでこすられているような不愉快な痛みを感じ続けているのだった。
埋める場所はなく、迂闊に宇宙葬にするわけにも行かず、それなら置いておくしかないのが現実だ。そうして人々は、毎日のようにヤンの死を見せつけられ、自覚させられ、朝目覚めるたびに悲嘆を新たにする。
まるで拷問だな。そう思ったシェーンコップの肩に、確かに置かれた冷たい手。シェーンコップはそれを振り返り、そして色も形もない冷気の固まりを確かにそこに見て、提督、と思わず唇の形だけで呼び掛けていた。
死んだことを知っているのか、それともいまだ覚えもないものか、艦隊の中をさまよっているヤンは、一体シェーンコップだけがその存在を感じるのか、それとも他に、こうしてヤンの幽霊に気づいている誰かがいるのか。
提督、と再び呼び掛けると、冷気はわずかに色を帯びて、黒髪の照り映えがシェーンコップの目を突き差し、シェーンコップは思わず灰褐色の目を細めた。
ゆっくりと歩き出すシェーンコップと、生きていた時と同じに肩を並べ、そして髪に手をやってベレー帽のないことに気づき、慌てた素振りさえはっきりと見える。
血まみれの左脚と、そこに巻いた真っ赤なスカーフは見えているのかいないのか、死んだ自覚のない幽霊と言うのは、何だか喜劇的だ。ヤンの死は、この上なく悲劇的だと言うのに。
隣りに立ち、互いに伝わるぬくもり──シェーンコップの体温と、ヤンの冷気と──を意識して、ちらりと流す視線が時折合う。それでも、この方とその方と、ふたりは確実に隔てられて、それ以上は近寄れもしなければ触れ合えもしないのだった。
足を引きずるヤンは、やがてシェーンコップの歩く速度に追いつけなくなって、いつの間にか空気に溶け込むように姿を消してしまう。
また今夜、眠ろうとベッドへ向かう頃に、シェーンコップのシャツだけの肩に触れて来るのだろうか。
ヤンはいつまで、ああしてさまよい続けるのだろう。自分が死んでも、死んだと分からずに、ああして生前いた場所をうろうろし続けるのだろうか。ヤンのいた辺りをゆっくりと振り返り、シェーンコップは、霊のヤンの傍らに立つ霊の自分の姿を想像した。
死ねば、ヤンに会え、ヤンに触れられるのか。同じ冷気を分け合って、同じ場所を永遠にさまよえるのか。
あるいは、自分は宇宙の塵に終わり、永遠にあの闇の中に閉じ込められるのかもしれない。手足のあるまま死ねるとは限らず、木っ端微塵にならないとも限らず、ヤンがそうと見分けられない、二目と見られない姿で死ぬのかもしれない。
それでもきっと貴方は、私の体温を、きっとそうと感じるでしょう。
この、背中に走る寒気を、ヤンの気配と、今シェーンコップが感じ取っているように。
隔てられても、ヤンのそれなら分かると、シェーンコップは思う。それならきっと、ヤンもそうだろうと思う自分の楽観に、シェーンコップは今度こそはっきりと苦笑を刷いた。
考えたと言う意識もないまま、もうしばらくの間、とシェーンコップは思った。ほんのしばらくの間です。だから、もしさようならなどと言わなければならないのなら、それは今だけのことです、提督。
幽霊のヤンの、ただ冷気の固まりのような気配を探って、シェーンコップは長い瞬きをする。それが涙を耐えるためだと自覚もせずに、シェーンコップはやや背中を丸めて歩き出す。追って来る気配はないかと、探り続けるのは決してやめずに。
薄暗い通路は、ただ静まり返っている。