Bobby + Mike

新入り

 ごく普通のところで出会ったなら、いやな男だと、即座に思ったろう。
 斜めに傾いた肩、それに合わせたように、決して真っ直ぐには重ならない視線。苦々しげに曲がっているか、皮肉笑いに歪んでいるか、どちらかしかないように見える、ふっくらとした唇。色の濃い瞳は、見つめられれば吸い込まれそうだと、そう思った。
 ほとんど理由も必要とせずに、きっと人から好感を持たれる類いの外見だ。Bobby Gorenはそう思った。
 どこへいても、たいてい頭半分は飛び出す自分と、それほどは高さの変わらないその肩を、まるで威嚇するように張って、この男は、何をそんなに憎んでいるのだろうかと、こっそりと目を細める。
 この男を---Mike Loganを、理解したいと望む人間は、きっと多いことだろう。男にせよ女にせよ---後者の方が、きっと数が多い---、この男の背を撫でて、慰めてやりたいと思う人間たちは、きっと多いことだろう。
 なぜか自分もそのひとりだと、Bobbyは思う。
 気味悪がられるほど、人の心の内を読むことに長けたBobbyにとって、けれど興味を持ってその内側を覗きたいと思う誰かの数は、思ったほどは多くなく、特にある種の正義感と万能感を求めて警察官になるような人種は、どの連中も、その額に黒々と中身を晒してばかりいるので、その能力を使う必要すらない。
 ほとんど超能力と言ってもいいほどのその力を、Mikeに向かって使いたいと思ったのは、なぜだったのだろうか。
 Mike自身が、そう自分自身で理解しているほどは、彼は理解しやすい人間ではなさそうだったし、また、外へ向けて理解しやすいように、ほんとうのところをさらけ出してくれるような人物でもなさそうだった。彼は、自分自身のことを、とても誤解して曲解していると、Bobbyは思った。
 どこへいても、場違いであるということを、痛いほど自覚させられてきた長い時間の中で、自分に対する理解を深めることを強いられてきたBobbyとは逆に、Mikeはどこへいても受け入れられ、それを拒みたいなら拒むことができるという権利を、生まれながらに与えられた人間のひとりに違いなかった。
 自分とは、良くも悪くも真逆の存在だと、口元を掌半分で覆いながら思う。
 面白い。そう思った。それは、Bobby流に解釈するなら、最大限の好意を表す意味合いの言葉だったのだけれど、実のところ、Bobby自身が---とても珍しいことに---それをきちんと理解しておらず、なぜMikeに魅かれるのか、面白そうな男だからだ、それならなぜ、Mikeを面白そうだと思うのか、そこへ踏み込んで考えることは、あえてしなかった。
 なぜしなかったのか、思い知るのは、ずっと後のことだったけれど。
 手入れの行き届いた外見、スーツにはそれなりに金がかかっていて、Bobbyの好みではなかったけれど、ネクタイの柄に対するこだわりには、Mikeの自我の強さが、とてもよく現れている。世間で言うところの、極めて高いレベルで、自分の面倒を自分で見ている人物だ。
 自分とは違うと、またBobbyは思った。
 法に反する人間に対する、情熱的で真っ当な憎悪。彼は、犯罪者たちを、とても正常に憎んでいる。刑事として、それは素晴らしいことだ。
 Mikeのことを考えながら、逆説的に、Bobbyは自分のことを分析している。自分は違う。法を犯す人間を憎んでいるわけではない。彼らが、興味深いからこそ、その中を覗きたくて、警察という組織に飛び込んだのだ。犯罪そのものに興味はない。Bobbyにとっての興味の対象は、犯罪へ走る人間たちの、心の内側だ。
 Mikeは、誰がそれをしたのかを追い、Bobbyは、なぜそれをしたのかを知りたがる。
 刑事としてのMikeを憎む犯罪者たちは、チャンスさえあれば、Mikeを殴り殺してやりたいと思っているだろうし、Bobbyによって刑務所へ送られる羽目になった輩は、きっとBobbyを、死なないけれど一生悪夢を見続ける程度の拷問にかけてやりたいと、にたにた笑いながら考えていることだろう。
 一緒に食事をしたい相手ではない。何か趣味の話---あるとすれば、の話だ---をしたいとも思わない。けれど、Mikeの、ごく個人的な話を聞きたいとは思う。彼をよりよく知るために、彼の心の内側をすっかり見てしまうために、ありとあらゆることを知りたいと、Bobbyは思う。
 真っ当に愛され、真っ当に憎まれるだろう、ある程度良質な外観を持っていて、それなのになぜ、彼はあんなにも、愛されるということを拒むような態度を取るのだろう。しかもどうやら、無自覚らしく。
 理由を推測することは簡単だったし、その理由も、地面が割れるほど変わったものではなさそうだったけれど、Bobbyは、それをMikeの口から、直かに聞きたいと、心の底から思った。
 好意が、恋の始まりになりうると、Bobbyは自覚していなかった。恋だの愛だのという部分においては、Bobbyは驚くほど鈍感でもあったので。
 ヘテロだとかゲイだとか、そんな区分けが必要もないほど、そもそもそういう次元では、人に興味のないBobbyだった。
 今では、単なるパートナーというだけではなく、精神的には姉のようなAlex Eamesは、Bobbyの話を聞いたら、Mikeをこっそり尋問室へ引き立てて行ってくれるだろうか。
 いや、とBobbyは、そのジョークを比較的真剣に受け止めることにした。
 Alexにも、知らせる必要はないだろう。べらべら喋られても、それはそれでつまらない。観察し、状況を把握し、証拠を集めて、分析し、推理する。事件と同じだ。彼は、Mike Loganは、非常にやり甲斐のありそうな、そんな事件と同じような匂いがした。
 自分のテリトリーに闖入してきたこの男を、Bobbyはともかくも、いろんな意味で歓迎していた。心の底から。
 物思いから浮かび上がって、足音を聞いた。ざわめく署内で、聞き慣れた足音に耳をすませて、Bobbyは、そちらにゆっくりと首を回す。Alexが、山ほどの書類を小脇に抱えてこちらへやって来る。私事で頭をいっぱいにするのは、しばらくやめだ。事件へ心を向け直すために、Bobbyは、近づいてくる Alexに向かって、そっと大きな手を振った。

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