地下室の夜
失われてゆく体温を追いかけて、
地下室の夜。凄まじく孤りの夜。
ゆるゆると瞳を閉じる。深遠の底を覗き込む。
あの夜。
ひとりではなかった夜。
腕を伸ばす。そこにいる。確かな現実の、手応え。
与え合う、ぎこちなく。手探りで時間をつかむ。
否定のない時間。受け止めて、抱きしめる。触れ合いながら確かめる。
夢と現実の境界。繰り返す瞼の裏、そのひとつびとつ。
言葉と指先、吐息混じりのささやき、汗とともに溶け交じる肌。
-----信じてはいけない。
忘れなくてはいけない。素早く、速やかに。
気まぐれが見せた夢を、繰り返してはいけない。
己れを殺すことも、この淋しさに耐えることも、
どちらにもあの夢は必要ではない。
夢。安らかな、残酷な夢。起こるはずのない、夢。
ひとりをただ抱きしめる。
求めてはいけない、夢も温もりも、何ひとつ。
知らなければいい。知る必要はない。
あれは夢。すべて夢。かき消える夢。もう跡形もない。
知るべきではない。触れてゆく腕。霧のようにもう痕もなく。
光を避けて、ひとりの肩を抱いて、
慣れ親しんだ孤独の中へ、ただひとり横たわる。
孤独は常にそこにあり、変わることなく、逃げることもなく。
息のしろさはただ自分のため。死への誘いは、ただ癒しのため。
嘆くことはない。孤独という唯一の友を、決して忘れてはいけない。
許された、唯一のもの。孤独。ひとり。そして死。
死の手前へ誘われてゆく。孤独とともに。
太陽の光を待ち詫びながら、
寒さに震える肩を、撫でさする。皮膚が血を吹き出すまで。
朝はじきやって来る。明けない夜はない。
瞳を閉じる。躰を丸める。眠りの淵に横たわる。
忘れるための夢。ひとりの夢。佇んだ無限の、荒野の向こうの蜃気楼。
たとえ求めても、そこには何もない。
孤独だけが友。夜の底には、孤独だけが横たわっている。
忘れて眠れ
堕ちてゆく堕ちてゆくその瞳の中
流れてゆく風景の外で途方に暮れた背骨を折れば
月に浮かぶその横顔のその艶やかさを思い出す
溶けてゆく溶けてゆく胸の奥の苦い塊
星を飲み込むように消してゆく胃液に浸った滑らかな闇
その闇の奥底飼うようにそこにある昏い虚
忘れてゆけ忘れてゆけまだ乾かない皮膚の裏の古い傷
髪を束ねるように何気なく流れる血で覆われてゆく湿った粘膜の小さな海
醜く歪んだ小さな波が皮膚の下に刻み込まれる
駆けてゆく駆けてゆくあの夢のぼやけた片隅
つかむために伸ばされた掌は哀しく宙を空回る----何を掴む?
実体のない何かは夢魔のように脳を犯した
醒めてゆく醒めてゆく淀んだ視界の意識の中
また引き戻される苦痛の快楽と絶望の歓喜
忘れて眠りたい創り出された歓びの漂いの中の行き止まりの未来
忘れてゆけ忘れてゆけ昨日と明日の重なる辺り
何も残らず何も残さず生き残った雪のはかなさを恋い
また落ちてゆくのは無限に広がり続けるあの暗黒の中
逃れる術はいらないただそこで眠りたい永遠に...