ゆるやかに、死





生還

熱くぬめる夜の底には、
生気のない死者の気配。
死の匂う呼吸に満ちて。

そしておまえは笑いながら
神経症の強迫観念さながら
滑り落ちる音を数える指先

ねえ、あそこに見える。
偽りの赤に溺れてゆく、
奇形の小さな心臓の骸。

ときときと時を刻むみたい
動かない器官のなれの果て
河の向こうの具現のカタチ


巨大なその、ねじ曲げるもの
掌に憩う平穏を殺し
退屈を注ぐ脳髄の左の辺り
鉛色の熱いそれは思考と記憶を奪ってゆく

今、直面する時
時は刻まれ、頬には苦悩の縫い跡
絞り出す血すらなく
残されたのは、擦り切れた躯

この喉からほとばしる
聴いてゆけ。憐れんでゆくその前に
侵されるものの苦痛の声と
殺されてゆく魂の叫び

その時視界は灰色に変わる無音の世界の中

静寂を紡ぐ
明日につながる眠りを貪り
また苦痛の今日を終わらせてゆく


荒野の砂


誰のせいでもない終末(エンディング)には
壊れた溜め息と歪んだ軽蔑と正直すぎる同情が
瓦礫の中に埋もれていた
葬られた刻 (とき)
その長さに茫然としたまま
息の根を止められる

時の砂が
さらさらと優しく降り注ぐ
優しく穏やかに
目と耳と口と鼻と膚と
そのうちには血管と内臓に
緩やかに詰め込まれてゆく、砂
殺されてしまうゆっくりと

あれは心のかけら
砕けてしまった魂 (こころ)の破片(かけら)
飽きてしまったパズルのように
見捨てられて埃に埋もれてゆく
死んでしまおう殺してしまおう
あれはもう終わってしまったこと
音もなく事は運ばれ
後悔は自己嫌悪だけを残してゆく

冬の荒野に自分の肩を抱きしめる
今はもう誰もいない心の荒野
砂の雨が降る
音もなく息を殺すために
墓標はない必要もない
朽ち果ててゆく砂の下
その砂の下の骨の孤独の声が聴こえる荒野の彼方



  黒く塗れ


這い上がるあてもないただ墜ちてゆく井戸の底
辿り着けば躯を丸めて胎児のフリで朝を待つ

夜は恐ろしい闇は恐ろしい
あの暗さは息苦しく無言のままで窒息してゆく

アンフェタミンの夢に溺れてゆけば
開いた瞳孔に注ぎ込まれる光の海
錯覚の現実と狂気の夢と慰めはより死へ近く
朽ち果ててゆくその前に夜明けの気配を感じていたい

闇は恐ろしい夜は恐ろしい
太陽を食べ尽くしてたとえ舌は焼き尽くされても
その強烈な日射しの下で乾いた瞳を晒していたい

黒く塗れ塗りつぶせ
漆黒の黒を選んでその腹の裏側の皮膚さえも
黒く塗れ塗りつぶせ
殺された男の皮膚の黒さをあがなうために
黒く塗れ塗りつぶせ
包まれた夜のぬくもりは奪われて踏みにじられた
殺された彼の尊厳とともに失われた彼の体温とともに
黒く塗れ塗りつぶせ
虚ろな双瞳を飲み下して胃の奥の闇の中

錠剤の白さも昼の皎さもあの膚の皓さも
すべてに嘘と毒と傲岸が注ぎ込まれ
闇よりも黒く夜よりも昏く
そしてまた闇は恐ろしく夜も恐ろしく
恐怖を忘れるために人工の夢に堕ちてゆく真夜中の真ん中あたり
夢の終わりに朝がないなら
黒く塗れ黒く塗れ黒く塗れ黒く塗れ黒く塗れ黒く塗れ黒く塗れ塗りつぶせ








































戻る