Destiny



 アナスイが、ウェザーの肩の後ろを見て、徐倫の父親にも同じ星のアザがあるらしいと告げた瞬間、ウェザーの中で、何かが音を立てて回り出した。
 ずっと止まっていた---あるいは、意図的に止められていた---何か、時計の歯車のようなものが、胸の中でかちりと音を立てて、ぎりぎりと、音よりもずっと軽やかな、けれど確かな動きで、ウェザーの世界を次第に鮮やかにしてゆく。
 その瞬間、途切れていた絆が、外の世界に繋がってゆくのを、ウェザーは感じていた。ふわふわと漂う、まさしく雲のような自分が、大地に降り立って、自分の足で歩き出したことを、確かに実感していた。
 徐倫。星のアザ。徐倫の父親。神父。記憶。DISC。さまざまな言葉が頭の中で乱れ、けれどそれに心がかき乱されることはなく、自分が、その言葉ひとつびとつと、一体どんなふうに繋がっているのか、根拠もなく、確信していた。
 強い意志を秘めた徐倫を通してウェザーが見ていたのは、まだ会ったこともない徐倫の父親だ。突然肩に浮き出た、星のアザが、もうずっと以前から、彼と繋がることに決まっていたのだと、ウェザーに伝えている。
 徐倫が、命を賭けて救いたいと望む父親という男が、どんな人物なのか一向に手がかりもないまま、けれどウェザーは、すでに強く彼に魅かれていた。
 徐倫の瞳、徐倫の意志、徐倫の強さ、徐倫の優しさ、徐倫のしなやかさ、それを通して、その後ろに、誰かの人影が見える。徐倫を生み出したその誰かに、徐倫に強く惹きつけられたウェザーが、魅かれないはずもない。それでも、これは徐倫に対する感情とは似ても似つかない。徐倫を守りたいと、力を貸したいと思うその気持ちと、徐倫の、まだ見知らぬ父親である彼に対する未知の気持ちは、似ているようでまったく違う。
 守りたいのではない。彼には、そんなものは必要もないだろう。何かもっと別の、体の奥深くから止めようもなくあふれてくる、熱い気持ち。それが何かと、ウェザーは自分の胸の内を覗き込む。
 失っていた記憶と、自分を繋ぐ、細い糸がある。なぜか、その糸の先を握っているのが彼なのだと、そんな気がした。
 どこでどう絡まり合ったものか、彼から伸びている糸が、ウェザーに絡みついている。
 会ったこともないんだぞ。名前さえまだ知らない。それなのに、なぜ、彼と繋がっていると感じるんだ。
 ウェザーは、膚に浮き出たばかりの星のアザに、胸の前から腕を回して指先で触れた。そこだけがやけに熱いと感じるのは、錯覚ではないのだろう。不快ではない、けれど燃えているように、熱い。
 徐倫へ血を伝えた彼にも、生まれた時からこのアザがあるのか。アザに触れたまま、ウェザーは、彼に繋がるための自分がたった今生まれたのだと、そう思って、一度ゆっくりと目を閉じた。
 徐倫を追うのは、アナスイのためでも、彼女を助けるだけのためでもない。彼に繋がるためだ。自分がどこから来て、どこへ進んで、そこからどこへたどり着くのか、それを確かめるために今、外へ出てゆこうとしている。彼へ繋がる世界へ、彼に繋がるために、今抜け出そうとしている。
 彼と繋がることは、もうずっと定められていたことなのだと、どうしてか、今強く感じる。理屈ではない、体中の感覚が、ウェザーにそう言っている。彼に繋がれと。そのために徐倫を追えと。それがウェザーの運命だと、体の中で何かが叫んでいる。
 そもそもの発端である、神父の親友であるDIOと、徐倫の父親が深い関りがあり、その神父と、自分が何かとても深い関わりがある。ふたりの関係はねじれていて、一体どんなふうに繋がっているのか、今は見極めることはできない。それでも、ふたりの間に横たわる糸が、ふたりを確実に繋げている。
 糸。徐倫のスタンドを思い出して、ウェザーはふっと笑う。彼とウェザーの間にいる徐倫は、糸のスタンドを操る。
 徐倫は、ふたりのキーワードだ。ふたりは、徐倫を介して、確実に繋がっている。
 どんな男なのだろう。あの徐倫が、あれほど必死に、あれだけの情熱を注いで、救おうとしている、彼女の父親。
 次第にねじれを増してゆく、歪んでゆくばかりのこの状況を救えるのは、自分の父親だけなのだと、徐倫が、あの瞳で言う。あの、とても強い光をたたえた瞳は、きっと彼女の父親に生き写しだろう。まだ見てはいない、けれどウェザーにはわかる。
 ウェザーは、何もかもを知っているのだ。思い出せないだけだ。彼に会えば、すぐにわかるだろう。ウェザーの全身からあふれ出た糸が、まるで抱きしめるように彼の全身に絡んでいるのが、きっと見えるだろう。
 徐倫を感じると同じように、神父を感じて、そしてウェザーは、彼を感じている。
 一際熱い、彼の感覚が、星のアザから流れ込んでくる。交ざり合っている徐倫と神父の感覚とは別に、彼の感覚だけは、まるで色も種類も違うように、ウェザーの体の、別のところへ流れ込んでくる。
 彼に会わなければと、また思う。
 そのための、これまでの時間だったのだ。彼にとっても、ウェザーにとっても。
 彼が一体誰なのか。自分が一体誰なのか。この繋がりは一体何なのか。会えば、その瞬間にはっきりする。
 徐倫の父親のことを考えながら、ウェザーは何かを思い出していた。とても大事な、考えれば、心の中がかすかにあたたまってくる、そんな何か。けれどその何かは、忌まわしいほど冷たくて血にまみれていて、とても悲しいことなのだと、そこまでは思い出せる。
 誰かを愛した記憶なのだと、神父に奪われた、記憶のDISCのことを考えた。誰か。結ばれなかった誰か。なぜ結ばれなかったのだろう。愛してはいけない誰かだったのか。その誰かを愛したことも、また運命だったのか。
 何もかもは、ここへたどり着くための過程だったのだろうかと、ウェザーはうつむいて、ちょっと唇を噛んだ。
 熱い想い。まだ、形の定かではない、意味すら不明な、徐倫の父親に対する思い。彼もまた、こうなる定めのために、その足の下に、さまざまなものを踏みしだいているのだろうか。それすら踏み越えて、ウェザーと繋がることを、彼は選んでくれるだろうか。
 彼もまた、大事なものを失い続けて、ここまでたどり着いたに違いないのだ。たどり着くために、苦痛を耐えて生き続けたのだと、会った瞬間に悟るだろう。
 人と人は魅かれ合う。まるで引力に引かれるように。神父と、その親友DIOのねじくれた欲望とやらのために、苦しみと悲しみの底に叩き込まれながら、ふたりは這いずり回っていたそこから、必死に立ち上がりつつある。立ち上がり、這い上がり、そこから歩き出せば、いずれ出会うだろう。そうなるべく定められた、ふたりだったから。
 何かに導かれて、ふたりは、互いの間に伸びる細い糸に気づき、それをそっとたぐる。注意深く、切ってしまわないように、糸から伝わる気配に、近さを悟って、顔を上げる。そうして、目の前にいる互いに目を凝らして、言葉もないまま、ようやく出会えたのだと、そっと息を吐く。
 傷ついて、傷つけられて、さまざまなものを失って、ようやく、ここまでやって来た。その瞬間に拒まれたなら、もう生きてはいけないと、ウェザーは思う。けれど彼は拒みはしないだろうと、確信があった。
 この星のアザを持つ者同士、互いを感じながら、魅かれ合うことを避けることはできない。ウェザーはもう、恋に落ちてしまっている。星のアザゆえにではなく、魅かれ合う運命だったからゆえに、このアザが現われたのだと、ウェザーはまた、自分の肩に掌を乗せた。
 アナスイは、徐倫の魂の清らかさと強さに、憧憬の感情を抱いて、それに微笑みを送りながら、ウェザーは、その魂が分かたれた元へ、ひとり心を馳せている。
 徐倫を通して、彼だけを見ている。すべてを浄化するだろう、力強い魂に魅かれて、ウェザーは、自分の全身が糸に解けて、彼へと伸びているのを、はっきりと感じた。彼の魂を引き寄せて、自分の内側へ同化させたいと、熱いほど深く強く願う。
 彼は、雨と太陽と、どちらが好きだろうか。雪でもいい、雷でもいい、一生雨なんかに降られたくないと彼が言うなら、たとえそれが世界を滅ぼすことになっても、ウェザーはかまわずに永遠の太陽を呼び出すだろう。
 徐倫が救う彼が救う世界だ。彼のせいで滅びるなら、それこそが運命なのだろう。滅びた先で、けれどウェザーは彼のそばにいるだろう。出会ってしまったなら、もう離れることなど考えられない。
 これは恋だ。運命を賭けた恋だ。たとえ世界が滅びても、ふたりの魂は結ばれたまま、また新たな世界にたどり着くに違いない。そうでなければ、凄まじい苦痛の後に訪れたこの繋がりが、こんなにも激しく深く感じられるはずがない。
 ウェザーは遠くを見つめて、まだ出逢わない彼を想った。
 徐倫によく似た彼が、ウェザーの伸ばした手を取るその瞬間を思い浮かべて、ウェザーは空を仰いで、雲の向こうに太陽を探す。
 運命の時は、確実に近づいている。
 恋をしているウェザーは、恋をしているアナスイを見やって、そして、言葉は掛けないまま、上向けた掌に視線を落とすと、呼ぶ名すらまだ知らないいとしい人の掌の未来の感触を確かめるために、そっとひとり手を握りしめた。


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