Lovingly



 肌の熱さに、戸惑う。自分の体も、触れれば同じほど熱いのだろうと思って、顔を背けて、目を伏せる。それなのにあごを持ち上げられて、息苦しくなるほど見つめられた後で、もっと息苦しく唇をふさがれる。唇だけではなくて、舌も、息も、あえぐほど、熱い。
 承太郎は、足や手を、小さなベッドからはみ出させながら、まだうまくウェザーを抱き返せずに、戸惑う指先を、しわだらけのシーツの上にさまよわせている。
 こんな時にはどうするんだったかと、古い記憶を掘り起こして、無我夢中に相手にむしゃぶりつくこともできない自分の分別を、今は少し恨めしく思う。
 どうでもいい相手なら、拒むのはとても簡単だ。その気はないと、言葉で言う必要すらない。
 ということは、ウェザーは、どうでもいい相手ではないということかと、考えながら頬を染める。薄く開いてこちらに近づくウェザーの唇に目を細めた時、物欲しげに動いた自分の舌のことを思い出して、みっともなさにまた血が上る。
 躯が、開きたがって、じたばたともがいている。それがうまくできなくて、気持ちばかりが焦る。どうしていいのかわからずに、全身を硬張らせている自分を見下ろして、ウェザーが何を思っているかと、そう思うだけで、またみじめに体が萎縮する。
 自分はこんなに小心者だったかと、つまりはウェザーに失望されるのが怖いのだと気がついて、少しの間、愕然とする。
 こんなに近く、他人を自分の中に踏み込ませたのは、ほんとうに久しぶりだ。
 慣れていないと素直に言って、笑ってすませてもらえるわけでもない、普段は思い出しもしない自分の歳が、今はひどく気になる。そんな自分の俗っぽさにうんざりしながら、ウェザーの指先が自分を開いてゆこうとするのに、ぎこちなく応えようとする。
 承太郎の態度に、ようやくウェザーが手の動きを止めて、不思議そうに承太郎を見下ろしてきた。
 「アンタ、もしかして恥ずかしがってるのか。」
 頭の下の枕をぎゅっとつかんで、承太郎はあごを胸元に引きつけると、わざわざ上目にウェザーをにらんだ。
 「・・・だったらなんだ。」
 自分の声が、いつもの毅然とした固さを失っていて、どこか甘えたように響くのには気づかず、視線だけは険しいまま、承太郎は、自分を見下ろしてうっすらと微笑むウェザーを真っ直ぐに見つめ返せずに、枕に横顔を埋める。
 「別に。アンタがこんなに恥らう顔を見れるなんて、思ってなかったからな。」
 自分の腰の辺りにある承太郎の硬い腿を、ウェザーはざらついた掌で撫でながら、そう言った。
 からかうような響きはなく、単純な感嘆をその声音に聞き取って、承太郎は瞳だけを動かして、またウェザーをにらんだ。
 「・・・殴るぞ。」
 本気にはとても聞こえないだろう声で、承太郎はそれでも必死に言った。
 脚を撫でていた手を移動させて、今度はみぞおちの辺りに掌を置くと、その手を滑らせながら、ウェザーはまた承太郎に体を寄せる。脚を伸ばして、承太郎の上にぴったりと重なろうと、肩と胸の位置を合わせてゆく。
 ウェザーよりも、少し広い肩と、少し厚い胸だった。
 「アンタに殴られるなら、別にいい。」
 息がかかる近さに、ウェザーの顔がある。承太郎は、まだ何か言いたそうに、うっすらと開いているウェザーの唇に向かって、不意に首を伸ばして行った。
 「・・・黙れ。」
 それ以上何か言われたら、恥ずかしさで死んでしまうと、そう思って、ウェザーの唇を自分の唇でふさぐ。ようやく、ウェザーの首に両腕を回して、重なった唇の中に、今は自分からウェザーの舌を引き込んで行った。
 何もかもが、近く近く引き寄せられて、そこでこすり合わされて、溶け交じってゆく。どこまでが自分で、どこからがそうではないのか、わからなくなってゆく懐かしい感覚だ。際限なく触れて、触れさせて、禁忌を失くして、躯の境界線を越える。躯の湿りを混ぜ合わせて、一緒に汚れてゆく。汚いという基準がなくなってしまうほど、互いの躯に埋没してゆく。
 汗の浮いた胸が、重なって、滑る。
 自分の上に乗っている誰かの重みが、ひどく心地良くて、逃がさないために、背中を抱いた。
 手っ取り早く、ひとりではなくなってしまう方法。滅多と使うことはない。ひとりであることに馴れすぎてしまって、誰かと肌を重ねることなど、夢にさえ見なかった。
 承太郎は、抱え上げられた脚の間にウェザーを抱き込んで、繋がる痛みに眉を寄せたけれど、やめさせようとはしなかった。
 痛みで正気に戻ることもなく、むしろ、それによって熱っぽくあえぐ躯が、その痛みをもっと求めるように、内側でウェザーを誘う。それには気づかずに、承太郎は、尖る声を喉の奥で殺した。
 ひどく不様で親密な形と、感触に、皮膚の裏側が慄える。全身を絡めて、もっともっと近く躯を寄せたくて、ふたりは、互いを揺すぶり合って、互いの呼吸の音に煽られてゆく。
 慣れない交わりに、ふたりは無我夢中になっていた。
 必死に相手にすがりつきながら、熱さに我を忘れて、折りたたんだ手足や奇妙な具合にねじれた体が痛むのもかまわずに、与え合うことに熱中する。
 全身が、あますところなく、火照っていた。
 まだ、戸惑う気持は消えないまま、ベッドのきしみを気にしながら、ふと我に返る瞬間に、熱っぽく自分を見つめているウェザーの、うっすらと紫がかった不思議な色の瞳に、また吸い込まれそうになる。
 そこに小さく映る自分の表情が、誰のものかと一瞬困惑して、そうして、承太郎は、濡れて動く自分の唇の淫らさを消したくて、代わりに自嘲を浮かべようとして、うまくできたかどうか、わからなかった。
 こんなふうに、乱れてしまえる自分だったかと、不思議にも恥ずかしくも思いながら、承太郎は余裕のない仕草でウェザーを探り、ウェザーも承太郎の中で、暴走しかける手前に、自分を必死で引き止めている。
 自分だけが貪っているような気がして、それでも相手を気遣う余裕が足りずに、ふたりはうまく足並みを揃えられずに、少しばかり一緒に焦れた。
 焦れて、その不器用さが、互いへのいとしさへ変わるのに、数秒かかった。
 ウェザーが、上でうっすらと微笑んだのに、承太郎は下唇をきつく噛んで、ちくしょうと、こんな時にふさわしいとも思えないつぶやきをかすかにもらす。
 いとしいと、ウェザーほど素直には、まだ認められない。
 それでも、ウェザーを抱きしめたいと、離したくないと思った自分の気持ちに従って、承太郎は背中を浮かせると、軽く反らした胸を合わせてそれから、ウェザーの唇を探した。
 揺すぶり上げられるのに、揺れて応えながら、全身のあらゆる部分で、ウェザーを受け入れようとしていた。
 熱を通わせて、唇をこすり合わせて、すれる腹の間で、汗ではない湿りがあふれている。躯の奥まで開かれて、もう晒すところなどないように思えた。
 すべてを知られてしまった、すべてを見せてしまったと、そう思うことは恐怖ではなく、安堵を呼ぶ。
 その安堵に、あたたかくひたりながら、自分を抱くウェザーの腕に、切羽詰った動きでしがみついていた。

 
 離れがたいと言いたげに、ウェザーの腕が首に絡みついている。
 背中から抱きしめられて、肩や首に唇が当たるのを、うるさいとよけることもせず、承太郎は伸ばした全身をウェザーに預けていた。
 まだ汗で湿った体は、触れ合わせればべたべたしていて、それを少し気にして、承太郎は無言のままでいる。
 ウェザーが、承太郎の背中で、軽く体を起こした。
 こめかみの辺りに唇を近づけて来て、髪の中に鼻先を突っ込むと、もっと近く承太郎を抱き寄せる。
 「アンタのスタンドを、見たことがない。」
 いつだってそうするように、ウェザーがささやく。汗に濡れた髪に、ウェザーの息が熱い。承太郎は、思わず息を止めて、ざわめきがおさまるのをじっと待った。
 「見てどうする。」
 素っ気なくなってしまったのに意味はないのだと、ウェザーがちゃんと気づいていてくれるだろうかと、口を開いてから、承太郎はひとり眉の辺りを歪める。
 ウェザーの腕が、胸の方へ滑って行った。
 「アンタのことを、全部知りたい。」
 何もかもをわかりやすく示されることに、承太郎はまだ慣れない。
 躯を重ねてしまった後で、これ以上何を恥ずかしがることがあるだろうかと、そう思いながら、頬を赤らめていた。
 それでも、承太郎の心の機微を読めないほど鈍感な男でないことをありがたく思って、わかりやすい表現に、わかりやすく応えることにする。
 胸の前に落ち着いたウェザーの腕に、掌を重ねた。
 「・・・そのうち、見せてやる。」
 「オレを殴るためか。」
 冗談で言っているのかと、慌ててウェザーを振り返るために首をねじると、思ったよりも近くに、ウェザーの唇が迫った。
 冗談ではないらしいと、瞳の表情に悟って、
 「・・・多分、違う。」
 「そうか、それはうれしいな。」
 平たい声は、喜んでいるようには聞こえなかったけれど、元々感情を声や表情に、露骨に現す男でもなかったから、承太郎は言葉通りに真っ直ぐ受け取ることにした。
 このまま眠るつもりなのか、承太郎の背中から離れずに、ウェザーが承太郎の首筋に、頬をすりつけてくる。
 もっとも、こんな狭いベッドでは、ふたりが手足を伸ばして並んで寝ることはできるはずもない。
 そのことに少しうんざりしながら、けれどそれほどいやがってはいない自分を見つけて、承太郎は、表情には出さずに、意外なほどの自分の寛容さに驚いている。
 ウェザーが、また承太郎に話しかけてきた。
 「明日晴れたら、どこかへ行かないか。」
 「どこへ。」
 素っ気のなさを隠すつもりで、承太郎は少し声を低めた。
 奇妙にやわらいだ声が、耳元に流れ込んできた。
 「どこへでも。アンタと一緒なら。」
 乾いたタオルが水を吸い込むように、ウェザーの声が、一瞬で皮膚にしみとおってゆく感覚に、承太郎はわずかに肩をすくめて、そして、ほんの数分前よりも、ウェザーをいとしく感じていることに気がついて、明日が晴れならいいと、胸の中でひとりごちる。
 ああとうなずいてから、伸ばした爪先でウェザーの足を探ると、もっとぴったりと背中を寄せて、承太郎は目を閉じた。
 肩の星のアザにウェザーが口づけたのに、ふっと深く息を吐いて、胸の前のウェザーの腕を、離したくなくて、強く抱き寄せた。


戻る