熱望


 欲しいと思うのは、とても素直でわかりやすい表現だったから、ふたりは、機会さえあれば、互いの躯をまさぐることをためらわなかった。
 人目も時間も気にせずに素肌を触れ合わせることは、滅多にできなかったけれど、それは互いが異性ではないということとは関係なく、ただ、ふたりがあまりにもまだ若くて、完全に自分だけの空間を手に入れるには、もう少し時間が必要だったからだ。
 ふたりは、稚なさゆえに情熱だけで、何もかもが正しいことだと信じることができたし、年に似合わない聡明さで、少なくともまだ、公けにすべきことでもないと、気負いもせずにに悟ってもいた。
 今日もそうだ。勉強するからと、ふたりで承太郎の部屋に閉じこもって、教科書やノートを開くこともせずに、互いの襟のホックを外した。
 濡れた舌先を、互いの唇の奥へ差し入れることを覚えたばかりのふたりは、ただそうして触れ合うだけで、簡単に切羽詰まることができる。互いの頭を抱え込んで、そのまま不器用に、制服のボタンを外しながら、長い裾の下から、必死で指先を滑り込ませる。すっかり体に馴染んでしまっている学生服の生地のなめらかさは、清らかな印象を与えて、それが、こうして抱き合うことの正しさを証明しているように思える。
 部屋の隅に、這いずるように転がって行って、承太郎の大きな手が、慌しく花京院の白いシャツをズボンから抜き出し、そうしてから、わざわざ腹に触れながら、ベルトを外しにかかる。
 そこだけ皮膚の感触も色合いも違う、大きな傷跡に承太郎の指先が触れると、まるでやけどでも避けるように、花京院の腰がわずかに引ける。それを逃さずに、承太郎の長い腕が、花京院の腰を抱え込む。
 こんな時に、ほとんど言葉はいらなかったし、喉をあえがせながらしゃべれば、外へ声がもれてしまうかもしれなくて、ふたりはいつも、唇と呼吸を一緒に重ねながら、手と視線だけで会話を交わした。
 スタンドを使うということも、最初の頃にはしもしたけれど、それではあまりにも興が殺がれて---と生意気にもふたりは思った---、こんなことはやはり生身のままの方がいいと、特に話し合うこともなく意見を一致させて、戸惑いばかりが先に立つ始まりだったにも関わらず、たいていのことは何とか上手くやれた。
 そこだけは薄い互いの腰に両腕を回して、また唇が絡む。花京院の手が、ようやく承太郎の肩へ上がって、重い上着を床へ滑り落とした。襟についた鎖が、ボタンに当たったのか、キンと硬い音を立てる。その間に、承太郎は、花京院を半裸にしてしまっていた。
 シャツはボタンがほとんど外れ、喉も胸もあらわになっている。腹の傷がちらりと見えるけれど、承太郎はわざとそこからは視線をそらす。頬に血の色を上らせている花京院は、承太郎が自分の肩に噛みついたのを、小さな吐息でとがめた。
 美事な歯列が、うっすらと膚の上ににじむ。承太郎には、星のアザがある辺りだ。日焼けを嫌うように、ゆるめたことのない襟元にきっちりと隠されたその辺りの皮膚は、なめらかに白い。それでもよく見れば、エジプトへの旅の間に---あるいは、承太郎が知る、ずっと以前に---残った傷跡が、あちこちに薄く見える。その傷を下目に見てから、汗に湿った前髪をかき上げ、まぶたの上に走った傷跡へ、柔らかく唇を滑らせる。花京院は、それに合わせて目を閉じると、承太郎の腕の中で背中を反らせた後、今度は全身で沿うように、承太郎の肩に頬を乗せてくる。
 花京院を抱き寄せながら床に腰を下ろし、あぐらをかいた上に膝立ちにさせ、それから、逃げないように、またしっかりと腕の輪を締めつけた。
 承太郎の首にしがみつき、時々、承太郎の髪に両手を差し込んでくる。そこでくしゃくしゃと、やわらかな髪を探って、花京院は、何もかもを承太郎の手の動きに任せている。
 幾分もたつき気味に、ベルトも外れ、ジッパーも下りてしまっているズボンを下着ごと下ろして、掌で次の動きを伝えながら、膝や足首を抜かせてゆく。滑らせた指先を靴下の中へ差し入れて、それも一緒に脱がせた。生地のなめらかなズボンは、まるでもう1枚の皮膚のように、ベルトの重みでするりと剥ぎ取れるけれど、靴下はだらしなく爪先に引っかかったまま、そこへ腕を伸ばすのも億劫で、そんなことに時間を取られるような余裕もなく、承太郎はただ、くしゃくしゃになった花京院のズボンと下着をそこらへ放った。
 そこまで膚が剥き出しになってしまえば、後はもう、しゃにむに前へ進むだけだ。
 まだシャツの裾に、かろうじて覆われたそれを、花京院は承太郎のみぞおちの辺りへこすりつけ、承太郎は花京院の腿の裏辺りを両掌で撫で上げて、そのまま指先を奥の方へ滑らせてゆく。人差し指が両方、花京院が息を吐いたと同時に、触れた。
 とんと、花京院の体がぶつかってくる。それが、一体抗議の動作なのか、促しの仕草なのか、いまだ承太郎はきちんとは知らないまま、決してこんな時には声を出さない花京院の躯の奥へ、素知らぬふりで指先を埋める。今度は、花京院の胸が反った。
 息を飲んで、もれる声を殺しているのが、みぞおちの辺りの筋肉の震えでわかる。開いているシャツの胸元が、赤く染まっていた。それよりもひと色濃く、大小様々な傷跡が、紅色に浮くのが見える。かちかちと奥歯を噛んでいる音を頭上に聞きながら、承太郎は、前髪の散った額を、花京院の鎖骨の辺りにこすりつける。そうして、わざと、開いたシャツの前を唇で挟んで引き寄せると、つるつる滑る布の上から、花京院の尖りを噛んだ。
 今度こそ、はっきりと喉に突き刺さった声が聞こえて、やめろというのが本心なのかどうか、肩を押してくる花京院の手を、承太郎はすっかり無視している。
 噛んで舐めながら、清潔な白いシャツの胸が、自分の唾液で生あたたかく丸く湿るのを、何より花京院が自分のものだというあかしに思えて、少しばかり乱暴に、今指先を沈めている狭い筋肉の入り口を、浅くかき回した。
 体の震えを抑えようと、花京院が承太郎の首にしがみつく。耳の流線に、ぬるく息がかかる。それが、承太郎をいっそうそそるのだとはもちろん知らずに、花京院は、そこで声を殺し続けている。
 わざと中で指を広げて、そのたび、下腹に当たる花京院のそれが、どんどん恥知らずになってゆくのに、切羽詰っているのは承太郎も一緒だ。
 そうして、体温そのままの粘膜に触れながら、開いた花京院の中へもっと深く入り込みたくて、けれど決して無理はしないように---傷つけてしまうから---、先走るのを押しとどめて、承太郎は、わざとゆっくり床から腰を上げた。
 腕の中で、花京院の体の向きを変え、目の前の壁に押しつけると、シャツの裾をまくり上げて、腰を剥き出しにした。あぐらをかいたままの上に、大きく膝を開かせて、それから、自分の方へ引き寄せる。
 狭く拒むのが、花京院の意思ではないにせよ、そこへ入り込むのは、いつも少しばかり手間が掛かった。
 浅く入り込んで、躯を引いた後で、今度は少し深く収める。こうして繋がるのは、いつもそうするというわけではなかったけれど、躯を重ねるというその言葉通りに、他の誰よりも互いに親(ちか)しいのだと、そう自覚できる一瞬ではあった。
 自分が動くのではなくて、花京院を引き寄せる。壁に当たる額が、こつこつと音を立てている。こすり合って増す熱が、花京院の内側で質量を増す。こんなふうに互いの躯を使えるというのが、こうして繋がるたびに不思議で、承太郎は、姿勢の猥褻さよりも、その不思議さにいつも目を見張る。決して穏やかというわけではないやり方で、花京院の躯を押し開いて、奇妙な情熱を、心を込めて注ぎ込もうとするのは、これは恋なのか、それとも何か、もっとけだものめいた欲情のせいなのか。
 欲しいと思う気持ちが重なっていることは確かなのに、欲するというその表現が、あまりにも直接的なことに、まだ稚ないふたりは、焦れながら、恥を感じながら、それ以外の方法を思いつけない。
 精一杯に開いた膝の間に、承太郎を受け入れている。腰を引かれ、軽く持ち上げられ、床にかかとをささえている爪先が、赤く染まって痛んでいる。全身のどこもかしこも、承太郎を完全に感じたくて、神経が立っている。皮膚の1枚下は鉛のように冷たく、そのくせ、承太郎が今こすり上げている腹の中は、やけどしそうに熱い。
 自分を満たす承太郎が、どんどんかさを増している。喉元まで突き上げられているように感じて、今ではもう、声を殺すこともひどく億劫だ。
 花京院は、額のそばに組んだ手の、そこにだらしなく垂れたシャツの袖を、ぎちぎちと噛んだ。
 「花京院。」
 不意に体を起こした承太郎の、汗に湿ったシャツの胸が重なってくる。うなじの辺りで、声がこもる。承太郎の呼ぶ、低い声に、思わず背骨が慄えた。
 強く突き上げて、そこで動かずに、承太郎が言う。
 「声、出せ。」
 欲しいのは、熱だけではなくて、花京院のすべてだ。
 「出せ。」
 浅く、中で動いて、また言った。
 汗も、匂いも、あちこち傷だらけの皮膚も、今はくたりと湿った髪も、あの、穏やかさを装った、人を射殺す視線も、翠に光るスタンドも何もかも手に入れたいと、承太郎は熱望している。
 何とか手段を講じて繋げる躯の末端の熱だけではなくて、そこからいっそ躯全部を裏返しにして、内臓も血管も筋肉も、どろどろぐちゃぐちゃと、ひとつになってしまえればいい。
 個性のないように思える皮膚の裏側さえ、花京院のそれなら即座に見分けがつくだろうと、承太郎は思う。
 花京院が、薄く笑った気配があった。
 「・・・無理だ。もし聞こえて、ばれたら、もうここに来れなくなる。」
 ばれることが恐ろしいわけではない。ただきっと、都合の悪いことになるだろうと、そう思うからだ。
 「ここに来れなくなったら、僕ら、どこでするんだ。」
 珍しく、少々下品な言い方をして、また花京院がうっすらと笑う。
 こんなふうに、猥褻な姿勢をしていても、かちりと冷静さを、一瞬だけ取り戻せる花京院の、ひどく大人びたところが、今は承太郎の神経にひどく障った。
 腰に添えていた両手を滑らせて、膝裏をすくい上げる。不意のことに驚く花京院を逃さずに、承太郎は、大きく脚を開いた形に、花京院を自分の膝の上に抱え上げた。
 そんな能力があれば、目の前の壁の中にスタープラチナを潜み込ませて、濡れた躯を何もかも晒した姿を、真正面から見てやる、そうして、羞恥に縮めようとする躯を、もっと押し広げてやると、自分の体の重みで、承太郎ともっと深く繋がる羽目になった花京院が、小さな悲鳴に喉を裂いたのを、わずかな自己満足とともに聞きながら、承太郎は、花京院の膝に添えた掌に、もっと力を込める。
 下から揺すぶられて、滑ったシャツが肩から落ち、承太郎の目の前に、腹のそれと瓜二つの、背中の傷跡が現れた。
 赤みが増しているように見えるその傷跡が、どこか痛々しく、承太郎の前で揺れている。それに合わせて、花京院の声が、わずかにもれ始めていた。
 斜めにねじれて伸びて来た花京院の腕が、承太郎の首に回る。投げ出すように承太郎の胸に背中を預けて、揺すられながら、花京院は、殺せない声のもれる半開きの唇を、引き寄せた承太郎の、骨張ったあごに押し当てた後で、そのまま、噛みつくように、承太郎の唇を奪う。
 重なる唇の間で、舌の絡まる濡れた音が聞こえて、それが、花京院の声を封じた。
 広げられた脚が、しびれながら痙攣している。自分の膝を押さえている承太郎の手に、花京院は自分の掌を重ねた。
 躯の熱を交ぜ合わせるよりも、そうすることの方が、もっと親密に思えると、花京院が感じていることを、承太郎はまだ知らない。知らないまま、花京院の熱を、一心に貪り続けている。


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