違い・差がある2人@お題場

身長


 子どもの頃に、特に背が高かったという記憶はない。いつもやせっぽっちを心配されて、そう言えば、中学に入った途端に背ばかり伸び始めた後に、ようやく筋肉が追いつき始めたのが、それからさらに1年ほど経ってからだったと思い出して、花京院は思わず、自分の胸の辺りに掌を当てた。
 数字の上だけなら、体の厚みは平均以上のはずだったけれど、近頃それも、やや自信を失くし始めている。
 花京院はあごを胸元に引きつけるようにして、そんな仕草が、思いもかけず年よりも稚く見えるのだとは気づかないまま、額の線の向こうに、ちょっととがらせた唇を隠す。
 いつだって、人の中に交じれば、ごく自然に抜き出てしまう視線だった。もう少し幼かった頃には少年たちを圧倒していた少女たちは、いつの間にか花京院の肩にも届かなくなっているし、自分を見下ろしていたはずの他の少年たちを、今は見下ろすのが常だった。
 家の中で母親が、あれを取ってと、そう自分に肩から顔だけで振り返るようになったのは、一体いつのことだったろうか。
 隣りに立つ承太郎を見上げて、花京院は考えている。
 日本でなら、間違いなく背の高い範囲にはいるはずの花京院は、今一緒にいる仲間たちの中では、いちばん小柄だった。背の高さだけではない。首も掌も、仲間たちに比べればいかにも少年じみていて、ふとした時に自分の幼さを感じるのは、少しばかり罪悪感を伴いもした。
 大人の男の筋肉というのは、少年のそれとは似ても似つかず、もう少し経てば、自分もあんなふう---ジョセフとまでは行かなくても、せめてポルナレフくらい---になれるのかと、花京院は、また承太郎を見上げた。
 承太郎は特別だ。花京院と同じ、まだ少年の部類に入るとは言え、純粋に日本人ではないのだし、何しろジョセフの孫なのだ。背も胸の厚みも、花京院よりはるかに上なのは、何も花京院の体格が貧相というわけではないのだ。
 身長が伸びる余地はあると、まだ17歳の花京院は、足元に視線と落として、思った。


 やや小首を傾げる形になれば、承太郎のあごの下にすっぽりと収まってしまう背の高さだった。
 このくらいの身長が、特に珍しいというわけではなかったけれど、承太郎の傍へ、こんなに近くへ寄って来る男たち---女たちは怖いもの知らずだったし、もっと小さい---は滅多といないから、特定の誰かと自分の身長を比べるなど、考えればしたこともなかった。
 承太郎にとっては、まずたいていの場合は、他人の身長など、自分より低いというカテゴリーに入るだけであって、どれくらい低いとか、どれくらい近いとか、そんなふうに細かく分けて考えたことなどない。
 花京院が、自分の傍に立って、自分を見上げる角度---ややとがり気味のあごの線に、ふと見入ってしまって、ひとり慌てた---が、とても珍しいものだと気づいて、誰かの伸びた喉や前髪に隠れた額の広さを、こんな間近に観察したことなど今までなかった自分に、ひっそりと濃い眉を寄せた。
 少し首を前に伸ばせば、息がかかりそうな近さだ。うっかり、守るために腕を伸ばしてしまえそうな近さだ。抱きしめて、空気のように頼りないということはなさそうな、花京院の体だった。ちょうどよいと、思ったのは、一体何のつもりだったのか。
 裾の長い、直線ばかりの制服の下に、思いがけなく厚い筋肉が隠れていることも、高い襟元から、わずかに見える首筋とあごの細さ---そう見えるだけだ---にだまされれば、手ひどいしっぺ返しを食うだろうことも、今では承太郎も思い知っている。
 外見と目つきの鋭さだけで、他人を難なく威圧できる承太郎とは違い、やや普通よりも背が高いというだけの花京院は、人たちの中へ、するりと溶け込んでしまえそうに見えた。
 それでも、そこへ紛れれば、何となくまとう空気が違うのだろう。それが、何よりの花京院らしさだと思って、承太郎は、隣りにいる花京院を、視線だけで見下ろした。
 前髪に隠れた右目は見えず、左目が、承太郎の視線には気づきもせずに、真っ直ぐに前を見ている。


 「君くらい背が高かったら、どこにでも手が届くな。」
 「その代わり、あっちこっちで頭打つ羽目になるな。」
 「それは確かにそうだな。日本家屋は君には鬼門だな。」
 「ジジイにも鬼門だぜ。日本に来るたびに文句言ってやがる。」
 「確かに、ジョースターさんには気の毒だ。」
 「一度、鴨居が折れるほど頭ぶつけやがった。」
 「冗談だろう承太郎。」
 「修理の跡が残ってるぜ。日本に帰ったら見せてやる。」
 「いや鴨居じゃなくて、ジョースターさんのケガの方が・・・」
 「赤くなっただけですみやがったあのジジイ。」
 「・・・さすがだな。」
 急に背が伸びて、ある日突然、家の中であちこち頭をぶつけるようになったということは、まだ花京院には言わない。
 帽子のつばの陰から、かすかに見える白い薄い傷跡が、どこの鴨居にぶつけたものなのかとは、まだ承太郎には訊かない。
 2言、3言目に、必ず見上げて見下ろして、他愛もないおしゃべりを続ける。たまに重なる視線を、さり気なく外すタイミングはまだうまくつかめない、幼いふたりだった。
 揃わない肩が、同じリズムで揺れている。歩幅は、出会ってすぐに揃うようになったけれど、それがなぜなのか、まだ気づいてはいないふたりだった。


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