違い・差がある2人@お題場

考え
* 爬虫類承花注意


 すっかり夜も更けた頃、ふたりで揃って洞窟を出てゆく。食事のためだ。
 大きな体をのそりと静かに運び出し、承太郎は銀色の鱗に銀色の月の光を浴びて、自分よりもふた回り体の小さな花京院が、自分の後から洞窟を出て来るのを待っている。
 花京院の青みのかかった緑の鱗は、月の光の下で不思議な色に変わり、まるで染められたように、承太郎の鱗とよく似た色になる。その色の変化を眺めるのが、承太郎はとても好きだった。
 洞窟を出てちょっと進んだところで、いつもは右と左に別れる。花京院は柔らかな木の葉や小さな果実を探しに、承太郎はその鋭い歯で切り裂いてしまえる程度に大きな生きものを狩りに、別々のところへ行くからだ。
 その夜はどうしてか、承太郎はいつものように狩りへは向かわず、花京院の長い尻尾の端をつかんで、一緒にそちらに行くと言い出した。
 「こっちには何もないよ。小さな森があるだけだ。鳥くらいしか見たことがない。」
 首をかしげて花京院が言うと、承太郎は長い細い舌でちょっと牙の間を舐めて、この類いの生きものには珍しい広くて厚い肩をちょっとすくめて見せる。
 「鳥じゃあ小さすぎて、君には足らないだろう。」
 「・・・鳥なんか獲らねえ。」
 「そうだね、君は走るのは速いけど、空は飛べないからな。」
 まあいいや、と花京院は口の中でもごもごと言った。
 花京院と一緒に来るという承太郎の意図はよくわからないまま、だからと言って別に拒む理由もなく、自分の尻尾をつかんで後ろからついて来る承太郎を、時折振り返って確かめながら、花京院はいつも行く小さな森へ向かって歩き出す。
 花京院が目指すのは、赤い実をつけるあまり背の高くない藪だ。甘酸っぱいその実を噛みつぶす時の、口の中にはじける果汁の、喉の奥を打つほとばしりを思い出して、思わずすんなりと長くなめらかな喉をごくりと鳴らした。
 その藪の葉は小さくて厚くて、かじってもあまり美味くない。実にすべてうまみが集まってしまったように、その葉はひどく味気なかった。
 赤い実を食べたら、隣の樹へ向かって首を伸ばす。
 だらりと地面近くまで伸びて垂れた枝に、淡い緑のやわらかな葉を重たげに繁らせたその樹は、枝すら緑がかってそのまま食べられるほどやわらかく、他の木へ向かうこともないではないけれど、その樹が花京院の好物だった。
 体の大きさのわりに小さな、鋭く尖った爪の生えた手で、花京院は器用に赤い実を摘み、そして樹の枝を取り上げて口に運ぶ。むしゃむしゃと食事をする花京院のそばで、承太郎は不思議そうに緑の葉に手を伸ばしては、思い切ったようにそれに長い鼻先を埋めて匂いをかごうとしていた。
 「こんなものが美味いのか。」
 「おいしいよ。そっちの葉は枝も全部おいしいよ。」
 地面に垂れかかった緑の枝を指差して言う。言いながら、4つ5つと同時にほうばった果実の汁が、承太郎のそれに比べればずいぶんと短い牙を赤く染めているのが見えた。
 その赤さに承太郎はふと目を細めて、思わず舌なめずりをするように長い舌をぺろりと外に出した。
 「うまいか?」
 また新たに赤い実を大きく開いた口の中に放り込みながら、花京院が浅くうなずく。
 味見をさせろと、そういうつもりで、承太郎は花京院の方へ大きく1歩近づいた。
 体の大きな、肉食の承太郎が近づいて来ても、花京院は一向に警戒することもない。ぴたりと体を合わせて一緒に眠ることにすっかり慣れてしまえば、承太郎が自分に触れる目的をそうだと思うことすらなくなり、そもそも花京院の目の前では、他の生きものに目をやることさえしない承太郎だった。
 花京院の長い首に爪の長い手を添えて、承太郎は細くて薄い舌をいっぱいに伸ばして、果汁に赤くそまった花京院の口元を舐める。かすかな酸味に少しだけ驚いて、いつも舌の上に乗る鉄くさい味をごく自然に期待していた承太郎は、似た色味の、けれどまったく違う味に、そうと気づかずに顔をしかめた。
 「口に合わないかい。」
 揶揄するつもりもなく、ただ花京院は訊いた。鱗ががきりと音を立てそうに、ちょっと不機嫌な表情を作った承太郎を気にして、今日はもう赤い実を食べるのはやめておこうと、次の実を摘もうと伸ばした手をそのまま元に戻す。
 しかめ面のまま、承太郎はまた花京院の口元を舐めた。今度は、ほとんど腹同士がくっつくほど体を近づけて、花京院がわずかに開いた口の間に舌先を滑り込ませ、そこも果汁に染まった牙を舐める。承太郎がそうしやすいようにと、花京院は大きく口を開いた。
 ほとんど長さが同じ舌同士が絡んで、赤く染まった何もかもをこすり取るように、承太郎の舌が花京院の口の中をくまなく舐める。
 承太郎に向かって首を伸ばし、花京院はいつの間にか承太郎の方へもたれかかっていた。
 「君、僕を食べるかい。」
 やっと舌と唇を外して、花京院が言った。声がどこかうつろで、それにぎょっとしながら、承太郎は花京院を抱き止めたままでいる。
 「尻尾か、左腕くらいなら、君にあげてしまってもいい。」
 花京院を食べてしまいたいと、時折ひそかに考えることを、一体いつから見透かされていたのだろうかと、承太郎は一緒にいた時間のことを思い返す。
 今では一緒にいることが当たり前になってしまって、どの時と区別はつかず、緑の、自分のそれに比べればやや薄そうな鱗に牙を立てて引き裂くなど、造作もないことだろうと思った。
 とても魅力的な申し出ではあったけれど、花京院に対する食べてみたいという気持ちは、正確には食欲ではなく好奇心と呼ばれるべきものだ。花京院のすべてを知り尽くしたいから、味も歯応えも舌触りも確かめたい、それは腹を満たすためではなくて、目に見える花京院だけではなくて、目に見えない部分にもすべて触れてみたいという、完全にはまだ理解し切れていない承太郎の欲求だ。
 「・・・僕じゃあ、君の口には合わないだろうな。」
 承太郎の沈黙をどう取ったのか、花京院が淋しそうに言う。
 どう説明しようかと、自分でもよくわからない承太郎はまた迷って、結局黙ったままでいた。
 花京院は腕を伸ばし、赤い実をひとつ摘み取った。それを承太郎の口元へ持って行き、口を開けろと目顔で促す。わずかに開いた口の中の、夜目にも銀色に光る牙の間に、花京院は鮮やかに赤い実を、自分の指ごと押し込む。
 「君が僕を食べてくれたら、代わりに頼みたいことがあったんだ。」
 噛み切った肉とはまるで似ない歯触りの、つるつるとなめらかな実を舌の上に転がした後で、承太郎はそれを奥歯ですりつぶすように噛み砕いた。
 「なんだ?」
 口いっぱいに広がる甘酸っぱさと、鼻に抜ける匂いに、これを食べる花京院の肉も同じ味がするだろうかと想像しながら、、伸ばした喉をすりすりとすりつけて来る花京院のために、承太郎は果実の残りを舌の奥に送り込んで上向いた。
 ひんやりとした鱗が、かすかに音を立ててこすれ合う。形の違う鱗が引っ掛からないように、首を合わせる角度に気をつけながら、ふたりは食事のことはすっかり忘れて、喉全部と胸の近くをこすりつけ合っている。
 「交尾を手伝ってもらおうと思ってたんだ。」
 首の動きを止めて、また少し淋しそうに花京院が言う。
 「他に仲間はいないし、君にしか頼めない。でも君がいやなら別にいい。」
 「・・・我慢できねえんじゃねえのか。」
 「・・・できないけど、仕方ないじゃないか。」
 ふん、と承太郎は鼻を鳴らした。
 鋭い爪の伸びている自分の手を見下ろして、それで乱暴に触れるわけには行かず、狩り以外で他の生きものに触れるにはどうしたらいいのかと考えたけれど、承太郎にはよくわからない。
 それでまた花京院の首と胸に、自分の体をこすりつけ始めた。
 花京院がしがみついて来る。承太郎の大きくて厚い鱗に、花京院の爪など痛くもかゆくもない。よくはわからないまま、ふたりは抱き合って、首と胸をこすり合わせ、そのうちそれは腹の方へも広がって行った。
 枝の垂れ下がる樹の幹に花京院は背中を押しつけ、その花京院に承太郎は自分の体を押しつけ、全身を合わせる間に、下肢の方で変化が起こる。いつもは完全に体の中に隠れている生殖器が、ぬるりと顔を出していた。
 日頃の体温の低さに似ない、そのぬるりとなまあたたかい感触が珍しくて、ふたりは同時に下を向く。花京院は自分の躯だと言うのに、ろくに見たこともないそれに驚いて、それ以外にどうしたらいいかもわからず、ただそれをまた強く承太郎に押し当てる。もっと近く体を寄せて、ふたりはまた腹をこすりつけ合い始めた。
 冷たく乾いた鱗の感触と違って、湿った体液に覆われている花京院の生殖器がやわらかな腹に触れるのに、承太郎の生殖器も、同じように応えて体の外へ顔を出す。体の大きさと同じように大きさの違うそれは、けれど色合いも形も不思議とよく似ていた。
 まるでもう1本別の尻尾が生えたみたいだ。姿の揃ったそれを見下ろして、ふたりは一瞬だけ一緒に笑った。
 「君の発情期は涼しくなる頃じゃなかったのか。」
 「知るか。おれの発情期はてめーだ。」
 そう言って、どう扱っていいものかよくわからないそれを触れ合わせて、互いの体の間に挟む。そうしてまた、こすりつけ合いを始める。
 樹の幹に押しつけられた背中の鱗が、承太郎に合わせて動くたびに、剥がれそうに痛む。声を殺すために、花京院は承太郎の肩に噛みついた。
 牙を立てたりはしない。それでも、承太郎の鱗の重なりに舌先を這わせて、その下へもぐり込ませようとしてもちろん果たせない。承太郎の銀色の鱗は、何だか鉄の味がするような気がした。
 口の端へ、承太郎の舌先が滑り込んで来る。噛むなと言われているのかと思って顔を上げると、伸びて来た舌が花京院の舌をとらえた。
 腹の内側でだけ、ふたり一緒に体温が上がる。湿りが広がり、ふたりの生殖器は硬さと長さを増す一方のように思えた。
 どこかへ行きたがっているのだとわかっていて、けれどどこへ行けばいいのかわからず、ふたりはただむやみに体を動かして、こすりつける仕草だけを繰り返している。
 鱗の奥がびりびりと痺れ始めた頃、血の色に真っ赤に染まったふたりの生殖器が不意に硬張った輪郭をゆるめて、のろのろとまた体の中へ引き戻されてゆく。湿りだけを残し、まだ熱はそこへとどまったまま、始まった時と同じほど唐突に、ふたりの交尾の真似事は終わった。
 静まり返って初めて、頭や顔の周りに垂れ下がる枝が鱗をくすぐるのに気づき、承太郎はうるさげにそれを手で払いのけ、そうして、ふと思いついたようにたっぷりと葉のついたその枝を、大きく開けた口の中に導く。
 すぐには噛みちぎらずに、がちがちと舌先でとらえた葉を牙の先で噛んだ。青臭さが口いっぱいに広がり、承太郎が捕まえて食べる生きものの内臓から時折同じ匂いがすると気づいて、花京院の肉も、きっと同じ匂いがするに違いないと思った。
 だるそうに樹にもたれたまま、まだきちんと背を伸ばして立ち上がらない花京院を抱きしめ、承太郎はまた長い舌をそっと伸ばす。花京院の舌先も伸びて来る。絡み合う舌の間に、樹の枝と噛み潰された緑の葉のかけらが踊る。
 腹の中の熱がまだ引かない。冷たい鱗を重ねて体を冷やすために、ふたりは静かな夜の中に抱き合ったままでいる。


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