違い・差がある2人@お題場

年齢


 東洋人の歳はわからない。背の高さのせいで、もしかして年かさに見えるのかと思っていて、徐倫が19なら、40辺りかと見当はつけていたけれど、まさか自分よりも3つも上だとは思いもしなかった。
 やや見上げる位置にある瞳が、色の深い緑色で、東洋人の瞳の色は、濃い茶色ではなかったかと、ふと首を傾げていた。それとも、本で読んだことがあるだけで、実際にはほとんど近々と眺める機会すらなかった本物の東洋人というのは、深緑の瞳をしているのかと、ウェザーはただぼんやりと、出会ったばかりの頃にはそんなことを考えていた。
 ウェザーも無口だけれど、徐倫の父親だという彼は、もっと寡黙だ。言うべき言葉を持たないから黙っているのではなくて、あまりにも鋭く先を見通せてしまえるから、あえてそれを口にはしないのだと、なぜかわかる。外の世界の知識と言えば、刑務所の中で暇つぶしに読んだ本の中から広がることはなく、実際に、世界中のあちこちを旅しているらしい彼の内側を覗き込むのは、ウェザーの手には少々余る。それでも、沈黙が苦にはならない相手というのは、それだけでありがたかった。
 閉じられた空間の中で育ち、奇妙なスタンド能力を、幼いうちに身につけてしまったエンポリオは、その歪みゆえの聡明さのせいか、徐倫の父親である彼---空条承太郎の、面には決して出さない屈託というものを膚に感じるのか、それとも、擬似の父子というのは、実の父娘よりも、すんなりとわかり合えてしまうものなのか、自分の倍以上も身長のある承太郎を見上げて、やけに懐かしげに微笑みかけさえしている。
 そのエンポリオを間に置いて、承太郎とウェザーは、あまり高さの変わらない肩を並べて、ふっと視線を合わせた。
 今では、承太郎が純粋な東洋人ではないことと、海が好きであることだけは知っている。ウェザーは、まだ海というものを、よくは知らなかった。ウェザーの知っている海は、あの刑務所の周りを取り囲む、塩水の巨大な堀でしかなかったので。一体海の何がそれほどこの男を惹きつけるのか、いずれ訊く機会があればいいと、ウェザーは思う。
 視線が合ったところで、わざわざ口を開くようなふたりではなかったから、さり気なく視線を外す口実に、ほとんど同時にエンポリオを見下ろし、ふたりに見下ろされたエンポリオは、それに特に意味があるわけではないことを見抜いているのか、子どもらしくもない仕草でちょっと肩をすくめて、大人の男たちを、ゆっくりと見上げてくる。
 エンポリオに、してやられたと思ったのは、ふたり一緒だった。だから、顔を元の位置に戻した時に、また視線が合って、今度は、承太郎の濃い眉がわずかに動いた。
 東洋人の歳はわからないと、またウェザーは思う。
 刑務所の中で、歳だけは取ってしまったけれど、中に入った時と、さして成長しているとも思えず、年下ということもあれば、承太郎にとっては青二才程度のものかもしれないと、冷静に自分のことを考えた。それでも、徐倫を助けたということだけで、少なくとも感謝はされているらしいと知れて、それが、承太郎に対する心の垣根の丈を、ずっと下げている。ようするに、承太郎を好ましい人物だと思っている証拠だと、ウェザーは表情も変えずに思った。
 徐倫と同じだ。好意というよりも、あの情熱に対する敬意と言った方が、より正確かもしれない。あの情熱の正しさを知って、敬意が好意に変わる。徐倫の時と同じように、ウェザーは、承太郎が行動する先へ、ただ黙ってついてゆこうと思う。従うということではなく、承太郎の進む道が、自分の進む道なのだと、徐倫を通して学んだような気がしていた。
 珍しく、ウェザーから視線を外さずに、承太郎がじっと見つめ返してくる。その視線を受け止めて、わずかにうなずいて見せてから、ウェザーはまた正面を向いた。
 黙ったまま、エンポリオの手を取った。ウェザーを見習ったように、承太郎も、エンポリオの空いた方の手を取る。そうしたところで、家族にはもちろん見えない3人だったけれど、今では血ではなく深く繋がった3人だった。
 ふたりに---特に承太郎に---悟られないように、ウェザーは、そっとスタンドを発現させた。そうして、頬を撫でてゆき過ぎるだけの、優しいそよ風を吹かせた。
 帽子のつばの陰で、承太郎の深緑の眼が、まるでなごんだように細まる。それを横目に見つけて、ウェザーは、そよ風と同じほどのかすかさで微笑む。
 エンポリオの小さな手を、大きな掌がふたつ、静かに包み込んでいる。


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