違い・差がある2人@お題場

趣味


 久しぶりの大きな町が珍しくて、買い物だの食事だのと、ほんの少し長居をしすぎてしまったから、砂漠を通ったのは午後もずいぶん遅くになってしまっていた。
 ポルナレフが運転するジープに、ジョセフは助手席に、残りの3人は、あまり快適とは言いがたい後ろの席に、縮めた肩を寄せ合っている。
 車での砂漠の横断に慣れているのか、それとも育ちの違いか、時折天井に頭を打ちつけそうなポルナレフの運転---砂と岩の上を車が走るのは、思った以上に大変なのだ---になど動じもせず、アブドゥルは承太郎の隣りで、窓に頭をもたせかけて、かすかに寝息を立てていた。
 運が良ければ、真っ暗になる前に次の町にたどり着いて、野宿という事態は避けられるけれど、旅も半ばを過ぎてこんなことには慣れっこになっていたから、承太郎はポルナレフの運転に文句も言わず、やはり野宿になりそうなことに腹も立てずに、黙って車の前方を眺めている。
 今だったら、誰かにケンカを吹っかけられても、ふんと言うだけですましてしまえるかもしれないと、ずいぶんと気の長くなった自分のことを、こっそり笑う。
 そんなことを考えるのが、ホームシックの一種だとは思わずに、一瞬先もわからないこの旅を、まだ心の片隅で楽しめるだけの余裕があるのは、やはりジョースターの血なのか。
 もう一方の窓際にいる花京院が、さっきから熱心に窓の外を眺めている。
 何があるわけでもない、ただ広がる一面の砂だ。ところどころに岩が突き出ているのが、唯一砂だけではないという眺めを、何が面白いのか、花京院は目を凝らし続けている。
 子どもなら、窓を開けて騒ぎ出すだろう熱心さで、ドアに両手を置いて、そんな花京院を、承太郎は何となく見やった。
 今通っているこの砂漠が、今まで通って来た砂漠と、一体何が違うのだろうかと、けれどわざわざ花京院に声を掛ける気にもならず---邪魔をしたくなかったから---、承太郎は半ばぼんやりと、花京院の肩越しの砂漠を眺めてみた。
 不意に、進む方向へ向かって斜めの角度で、花京院が、双眼鏡か何かを持っているような手つきをしながら、うっとりと目を細める横顔が見えた。
 指で半円を作り、それを合わせて、いびつな楕円を作る。それで両目の周りを覆う、ほんとうに、見えない双眼鏡がそこにでもあるように、花京院が、まだ飽きずに何かを熱心に見ている。
 「何してやがる。」
 声を張り上げはせずに、車の中であることなど、まるで無視している風なその背中に向かって、やや顔を近づけて、承太郎はやっと訊いた。
 え、と驚いたように、目元から手は離し、けれど丸くした指はそのままで、花京院が、あごの先だけで承太郎に振り返る。
 「なんだって承太郎。」
 車の音でよく聞こえなかったのか、それともあまりに夢中になりすぎて、承太郎の声が届かなかったのか、怪訝そうに、けれど口元には無邪気な笑みを浮かべたままの花京院が、ちょっと肩をすくめる。
 「何してやがるてめー。」
 花京院の手元を指差しつつ、また訊いた。
 そうしてようやく、承太郎の問いの意味がわかったのか、承太郎と自分の手を交互に見てから、花京院がやっと我に返った目つきをする。
 「夕焼けを見てたんだ。」
 夕焼け、と言われた通りを口移しに、承太郎もやっと眺めていた外に、真っ赤な夕焼けを認めた。
 承太郎にだって見えてはいたけれど、だから何だと、それほど夢中になることもなく、けれど言われてみれば、確かに血の色のような赤さが不気味なほどの、見事な夕焼けだ。
 「不謹慎だが、写真に撮っておきたいくらいだ。」
 カメラがあれば、ほんとうにそうしていたかもしれないうっとりした口調で、花京院が言う。承太郎など眼中にはない、今自分たちが何をしている最中なのか、きれいに忘れきっている口振りだった。夕焼けに目を細めた花京院を、けれど咎めるような気はまったく起きず、承太郎も、誘われたように窓の外に目を凝らした。
 まだ、胸の辺りにある手は双眼鏡のような形をしたままで、どうやらそれに気づいてはいないらしい花京院に、また承太郎が訊く。
 「なんだそれは。」
 また何を訊かれているのかわからないという表情で、花京院が承太郎へ視線を移した。
 「てめーの手だ。」
 「ああ、これか。」
 まるでそこに、お気に入りのおもちゃでも抱えている子どものような表情で、花京院が照れくさそうに笑う。その笑顔に、なぜかどきりと、承太郎の心臓が跳ねた。
 こうやって、とその手をまた目の辺りにかざし、窓の外を向きながら、花京院が説明した。
 「絵を描く時に構図を決める時に、こうやって見るんだ。どの部分を描きたいのか、こうやって決めるんだ。」
 風景を切り取るわけかと、理解したことを口にはしない。絵など、授業以外で描いたこともない門外漢が言うことなど、きっと花京院に笑われるだけだ。
 そう言えば、こいつは絵を描くんだったなと、そんなことを不意に思い出しながら、また夕焼けに夢中になっている花京院の肩の辺りを、承太郎は眺めている。
 「きれいな夕焼けだな承太郎。日本でこんな色は、滅多に見れない。」
 たかが夕焼けを、これほどの熱心さで眺めることができるのは、やはり絵を描くせいなのか。
 それでも確かに、今見ている夕焼けの美しさには素直に感動して---花京院ほどではないけれど---、花京院が日本語で話しているということは、自分にだけ話しかけているということだと言うことに、突然気づいた自分に、承太郎は戸惑った。
 花京院が眺めているのだろう辺りを、同じように眺めようとして、夕焼けに見せる花京院の無邪気な表情が、窓に映り込んでいるのに、視線を吸い寄せられた。
 この夕焼けを、写真や絵にしてとどめておきたいという花京院を、どこかに写しておけたらと、ふと思う。
 絵を描かないということを、生まれて初めて悔しいと思った。
 夕焼けは色を替え、鮮やかな赤と黄が交互に交じり、灰色がかった青紫の雲が、迫るようにそれを覆う。もうすぐ、空も砂も境目がなくなり、ただ濃さの違う、深い濃い青色に包まれる。夜がやって来る。
 味気ない砂漠の風景を、初めて美しいものだと思いながら、美しいものを美しいと、一緒に認め合えるということも、ひどく貴重なことなのだと、らしくもないことを考える自分を、承太郎はこっそり笑った。
 窓に映る花京院を見て、夕焼けを眺めて、5人を乗せたジープは、ただひたすらに砂漠を走り続けている。行く先に町の気配はなく、どうやらこのまままた野宿らしい。
 それなら、今夜は、空一面の星が見える。あの降るような星空も、絵に描きたいと思うかと、そう訊いてみようと決めて、承太郎は、窓に映る花京院の、夕焼け以外は目に入らないらしいその笑顔に向かって笑いかけた。


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