違い・差がある2人@お題場

性格


 わりと珍しく、輸入盤をいろいろ置いてあるレンタルレコード屋を見つけたと花京院が言うので、放課後、承太郎はそれに付き合うことにした。
 「Stingしか聞かねえくせに、なんでそんなとこに行くんだ。」
 薄っぺらな学生かばんを脇にはさんで、両手にポケットを入れたまま商店街を歩く承太郎を、夕食前の買い物時でそれなりに込んでいる人並みが、きれいによけてゆく。すぐ隣りを歩く花京院は、ごく自然に前から来る人たちをよけようとするけれど、承太郎といる限り、それをする必要すらない。
 「僕だって、たまには他のも聞きたくなったりするんだ。」
 学校帰りの寄り道は、一応校則で禁止されているし、店は日曜でも開いているから、放課後直接行く必要はなかったのだけれど、校則のことなど気にする承太郎ではないし、きっとその店のことを気に入るだろうと思ったので、優等生の花京院は、親友のため---笑うところだ---に、校則違反を強いて犯すことにした。
 それに、学校の帰りに、いつもと違う道を通って、にぎやかな辺りをうろつくというのは、それはそれで何だかわくわくする。
 そういうわけで、ふたりは肩を並べて、基本的には頭ひとつとふたつかみっつ分、ひとごみから突き抜けたまま、駅前の商店街を歩いていた。
 駅を通り抜け、あまり行くことのない、そちら側の出口へ出る。にぎやかさが、途端に半分になる。
 駅の階段を下り、タクシー乗り場が終わったすぐ傍にある、小さなビルだった。入り口らしいところに、ささやかに看板が出ていて、それに笑顔を振り向ける花京院の後ろを、承太郎は黙ってついてゆく。
 薄暗くて狭いコンクリートの階段を上がり、かすかに聞こえる音楽に、承太郎は目を細めた。
 小さな店だ。ありとあらゆるところに、レコードが置いてある。普通に、みぞおち辺りの高さに棚があり、そして空いている壁と言う壁に、あれは中身が入っているのかそれともジャケットだけなのか、ずらりとレコードが並んでいる。
 珍しいレイアウトというわけでもないけれど、ジャケットがどれも洋楽ばかりで、しかも半数は輸入盤らしく、承太郎はうっかり口笛を吹きそうになった。
 別に、何か持って帰る必要はなく、ただ、自分の好きなレコードが置いてあれば、それだけで楽しいのが音楽ファンだ。
 それに輸入盤は、もう少し大きな街へでもわざわざ行かない限り、滅多と目にするものではない。
 店長が、ジャズマニアか何かなのかも知れない。
 花京院は承太郎に振り向きもせず、さっさと自分のお目当て辺りへ腰を据えてしまっている。
 承太郎も、店の中をぐるりと見回してから、奥へ長い店の、カウンターの近くへ足を進めた。
 ごくシンプルな、白いカウンターの中は見えず、そこで返却されたレコードらしいあれこれの中身を、出しては何やら確かめて、時折丁寧に小さな布で拭いているのは、あまり若いとも思えない男だ。店長かも知れない。承太郎の制服の裾の長さにも、背の高さにも、ちらりと視線を投げただけで、特に表情らしい表情も浮かべないまま、男は作業に没頭している。
 その無関心さに、承太郎は一瞬でこの店が気に入って、自分のお気に入りのバンドのアルバムを探す作業に入った。
 アクセプトがちゃんとあるのに、まず目を剥いた。そっと指先を差し入れて、どれがあるのか確かめる。ファーストもセカンドもある。ロシアン・ルーレットも、もちろんいちばん手前に置いてある。
 思いつく名前を、ひとまず全部見てみることにした。
 デフ・レパードもある。ドッケンもある。信じられないことに、ドイツのDestructionまで、Dのところにちゃんとあった。ヨーロッパも全部ある。
 だんだん勢いをつけて、レコードを探ってゆく。ジューダス・プリーストがある。本人たちが口にしたがらないほんとうのファースト、ロッカ・ローラがいちばん奥にあるのはともかく、そこから2、3枚先に、明らかに見開きの、ダブル・ジャケットのアルバムを見つけた。
 思わず取り出して、裏に返した。初期辺りのアルバムの曲が並んでいる。いわゆるベスト盤というやつらしい。どれも、すでに全部持っているアルバムばかりだけれど、これはこれでまとめて聞きたいと、承太郎は思った。
 さて、借りるとなれば面倒くさいのが会員証つくりだ。名前だの住所だのを聞かれて、ああだこうだとやり取りをするのがわずらわしいことこの上ない---警察での、事情聴取を思い出すからだ---けれど、このアルバムのためなら仕方がないと、普通よりも厚いジャケットをもう手から離さず、承太郎は花京院を目で探した。
 探す視線の流れの先に、オーヴァーキルとクイーンズライチも見えて、日曜もまたここへ来ようと、一瞬で心に決める。
 制服の胸ポケットを探ったけれど、生徒手帳がない。突っ込んだ指先に、煙草の箱は当たるけれど、手帳の感触がない。
 「花京院。」
 小声で呼ぶと、なんだい承太郎と、レコードを扱う手は止めずに、花京院が振り向く。
 「おれは今日、どこかで生徒手帳を出したか。」
 手を止めて、訝しげにあごを引き、瞳を左右に動かして、考えている表情を見せる。どちらかと言えば、一体何を言ってるんだ君は、という花京院の表情だ。
 「・・・僕は、君が、生徒手帳をちゃんと持ってるってことすら知らなかったぞ。」
 余計なお世話だ。承太郎は思わず舌を打つ。
 「どこかで落としたか・・・。」
 ちくしょう、とつぶやいた時にだけ、カウンターの中にいた店長らしき男が、ちらりと承太郎に視線を投げた。
 それに、反抗する気ではなく、一応自分の不作法を詫びる意味合いで、視線で応えたつもりだったけれど、店長にはにらみつけているようにしか見えなかったのか、ちょっと呆れ顔で、また無関心に戻る。
 承太郎は、また小さく舌を打った。
 身分を証明するものがなければ、まず間違いなく会員証は作れない。明日戻って来てもいいけれど、その前に誰かがこのレコードを借りてしまうかもしれない。第一、生徒手帳がないと、一応は校内で困るということになっている。
 最後に見たのはいつだったか。思い出せるのは、入学した最初に、生徒手帳を全部読んでくること、という課題を出され、当然それを無視した承太郎をヒステリックに叱った教師の額を、指先でつついてやったことだ。彼はあれ以来、承太郎とは目も合わせないまま、どこかへ転任して行った。
 いや教師のことなんかどうでもいい、生徒手帳だ。最近見たことがあっただろうか。
 「家に忘れて来たんじゃないのか。」
 至極冷静に、花京院が言う。この男はいつもそうだ。人があたふたと慌てている時に限って、水でも浴びたみたいに涼しい顔をしている。旅の間に、やたらとそんな花京院に突っかかっていたポルナレフの気持ちが、今初めて承太郎にはわかる。
 「ホリィさんに、電話で訊いてみればいいじゃないか。」
 また至極真っ当なことを言う。
 いつの間にかレコード探しをやめて、承太郎の目の前に来ているのは、大声で話すのが迷惑だろうということはもちろんだけれど、それだけ承太郎の問題---放課後に寄り道をして、わけのわからないうるさいヘビーメタルのレコードを借りるのに必要な生徒手帳が行方不明---に対して親身になっているという花京院のポーズだ。振りではないのはわかっているから、正論ばかり言いやがる花京院をはり倒したいという衝動は、今は忘れることにする。
 どこに使える電話があるかと、目顔で訊く承太郎に、花京院が外へ出るドアを指差した。
 「駅の階段のすぐそばに、電話ボックスがあるよ。」
 手にしていたレコードを花京院に手渡し、承太郎はかばんも床に置いて、ズボンのポケットを探った。取り出した小銭に、10円玉がない。
 「ちくしょう。」
 今度は、うっかりさっきよりも大きな声が出る。
 仕方ないなあと言いながら、花京院が自分のズボンから財布を取り出す。濃茶の、二つ折りだ。中身の形にすっかり馴染んで、あちこち傷だらけの、承太郎にもすでに見慣れた花京院の財布だった。
 ほら、と取り出した薄いカードを渡されて、承太郎は、一瞬何かと眉を寄せる。よく見れば、端に小さな数字が印刷され、それに沿って小さく穴の空いたテレフォンカードだった。財布すら持ち歩かない、滅多と外から誰かに電話することもない承太郎には、まるで縁のない代物だ。顔に近づけて、しげしげと眺めて、その向こうに、苦笑している花京院の顔が見える。
 「度数は充分残ってるよ、心配しなくていい。」
 珍しいから眺めているとは思わないのか、花京院がそんなことを言う。
 「こんなもん、わざわざ持ち歩いてるのか。」
 「家の留守電を、外から聞くためだよ。母親が急に夜勤だとか、父親が出張だとか、よくあるからな、僕のところは。」
 そう言えば、エジプトへ行った時も、小さな容器に入ったリップクリームを持っていて、乾き切った空気と強い日差しにまず唇がぼろぼろになりかけた承太郎に、使うといいと差し出したのも花京院だった。
 妙に用意がいいのは、ひとりで過ごすことが多いからなのか。
 「君はそろそろ、ちゃんと財布を持った方がいいと思うぞ承太郎。」
 ぱたんと片手で閉じた財布を、またポケットに戻しながら花京院が言う。
 「小銭を剥き出しでポケットに入れてると、布が傷んで穴が開くんだ。物を落として君が困るのは勝手だが、探すのに付き合わされたり、ポケットを直したりするホリィさんの身にもなってみろ。」
 うるせえ野郎だ。
 このテレフォンカードで、フランスに国際電話はできるだろうかと、承太郎は考える。ポルナレフの電話番号は、ジョセフが持っているから、まずはアメリカが先だ。そのジョセフの電話番号は、家の台所の冷蔵庫のドアに貼ってあるから、どちらにせよホリィに電話しなければならないことには変わりはない。
 あの旅を、常に花京院とやり合いながら終わらせたポルナレフを、改めてすごい男だと認識しながら、何もかもジューダス・プリーストのためだと、承太郎は帽子のつばを引き下げながら、ドアの方へ肩を回す。
 「おい承太郎、君、自分の家の電話番号覚えてるか? 覚えてないなら---」
 冗談ではなくて、本気で言っているらしい花京院の声音を聞き取って、さすがに足が止まった。
 手の中で、薄いカードがばらばらになりそうだ。
 「やかましい。」
 そう言った承太郎に、唇をちょっと突き出し、肩をすくめて見せた花京院を後に置いて、実は電話番号を度忘れしてしまっていることに気づいたのは、ひとり階段を下りている時だった。
 電話ボックスの中にあった---よかった!---電話帳で、自分の家の電話番号を探す羽目になったことは、一生花京院には内緒だ。


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