違い・差がある2人@お題場

髪の色

 「君の方が髪の色が濃いなんて、ずるいと思うんだが。」
 花京院が、ひとふさたれた前髪の先を人差し指に軽く巻き取りながら言う。軽く尖らせた唇が、口調の大人びた響きを裏切って、承太郎の目にも幼く見える。
 「おれのせいじゃねえ。」
 真夏に比べればずいぶんと日の短くなった、それでもまだじりじりと暑い陽差しの残る、秋の初めの夕方、放課後連れ立って帰る習慣は、どちらから始めたものとも思い出せず、ふたりはただ白い線で区切られただけの歩道に当たる部分を、広い肩を並べて歩いていた。
 「中学で、染めてるだの何だの、ずいぶんいやな思いをしたんだ。いっそ黒く染めようかと思ったこともあったけど、母さんにそれはよせって止められて、母さんの病院の先生にわざわざ生まれつきですって書いてもらって学校に提出する羽目になったんだ。」
 「転校すりゃよかったじゃねえか。」
 おれの行った中学に、という部分は言わずに、承太郎は花京院をからかった。
 「残念ながらその頃は父さんの転勤がなぜだかなくて。高校受験もあったし、母さんは次の転勤は父さんに単身赴任してもらうって言ってたんだ。おかげで僕は、ばかげた校則だらけの中学で、染めてもない髪の毛を染めてるって、毎日のように教師に糾弾され続けてたってわけだ。」
 「何だ、今からでも遅くねえ、お礼参りに行くなら付き合うぜ。」
 「はは、君じゃあるまいし。」
 尖っていた唇がやっと少し元に戻り、花京院がおかしそうに笑う。
 「今は僕もずいぶん背が伸びたし、君と一緒にあの中学に行ったら、多分不審人物って即通報されるのが落ちだ。」
 同意を示して、承太郎は肩をすくめた。
 まだ17のふたりは、13、4の中学生を何だか子どもの群れのように思っていて、今では彼らよりもはるかに伸びてしまった体や手足を少々持て余し気味に、まだ大人には程遠いけれど、少年と言うのには少し無理のあるその辺りを、そろそろと綱渡りしているような危うさだと、本人たちに自覚はない。自覚はないまま、今陽が暮れようとしている、昼間でもない夜でもない中途半端なこの時間と同じに、自分たちがこの世界では居心地の悪い存在なのだと言うことは、何となく感じてはいる。
 電柱を避ける承太郎のために、先に道を譲って、数秒後ろへ下がった花京院は、道の幅が戻るとすぐに承太郎の隣りに戻り、ちょうど承太郎の影の先が、マンホールに差し掛かったのを見てひとりで笑った。
 「なんだ。」
 「影でも、君の方が背が高いんだな。」
 1歩進んで、やっと花京院の影がマンホールにたどり着く。やや引き伸ばされた影は、実際よりもふたりの身長の差を広げて、花京院の歩幅分、地面の上に承太郎の影の方が長い。
 承太郎は、また肩をすくめて見せただけで、特に感想は言わない。2m近い身長は、足でも切らない限り承太郎にはどうしようもなく、花京院の髪の色同様、これこそ生まれのせいだ。文句があるならジョースターの血に言えばいい。いちばん早いのはジジイだなと、承太郎は思う。
 旅の間に、自分たちのことを良く似ていると思ったのはなぜだろうと、ふと承太郎は考えた。良く見れば、似ているところなどどこにもない。同じだったのは、高校生だということだけだった。日本人であると言うことも、承太郎については少々怪しくなる。
 生まれた国が同じで、歳がほとんど一緒で、同じ言葉をしゃべるから、だから、似ていると思った。何もかもがそっくりだと、あの時は、疑いもなくそう思っていた。
 身長も違う、目や髪の色も違う、好きな音楽も違うし、嫌いな映画もあまり重ならない。花京院が、時々熱に浮かされたように語るガンダムに、承太郎はほとんど興味がないし、承太郎が好きなギタリストたちの名前は、花京院にはスワヒリ語のように聞こえるらしい。
 それでも、放課後一緒に下校するのが楽しいのはなぜだろう。週末もほとんど一緒に過ごして、今では花京院は、承太郎以上に空条とジョースターに受け入れられている始末だ。
 互いにひとりっ子のふたりは、持つことのできなかった兄弟を互いに見ているのかもしれない。どちらが兄でどちらが弟か、決めようとするだけ野暮だ。
 兄弟かと、思ったのが、口に出ていたらしい。花京院が承太郎を斜めに見上げて来る。
 「何か言ったか承太郎。」
 髪の色と同じくらい普通よりもひと色薄い、花京院の茶色の瞳が、承太郎を見上げていた。瞳の中に夕方の陽が差し込んで、燃え始めた火の色のように見えた。
 「いや。」
 短く言って、自分の目元を隠す仕草で、承太郎は帽子のつばを軽く引き下げた。
 そう言えば、こんな角度で見上げられるのも珍しいことだった。滅多と同性の近寄って来ない承太郎の周りは、鬱陶しいことに女の子ばかりが群がって、彼女らはたいてい承太郎よりも30cm以上身長が低くて、そして体重は、承太郎の半分もなさそうに見える。触れたいと思うよりも、壊してしまうことへの懸念が先に立って、彼女らが承太郎にそうして欲しいと全身で言っているのとは逆に、承太郎は彼女らとお近づきにすらなりたいとは思わない。うっかり近づいてうっかり触れて壊してしまったら、後の始末が大変だ。
 花京院も、同じようなことを考えるのだろうかと思う。
 女の子たちに、承太郎とは違ってただひたすら優しく丁寧に接する花京院は、けれど特に親しい女友達を作る様子もなく、承太郎ほどではないにせよ、花京院が転校して来た時に彼女らが色めき立ったのを、もちろん承太郎は嫉妬などではなく面白いと思ったものだ。
 あの丁寧さは、つまりは慇懃無礼さだ。自分や、あるいはジョセフたちに対する方がよほど親しげで、承太郎とは違う意味で、花京院も特に彼女らに興味がある風には見えない。自分のことは棚に上げて、どうしてだろうかと、承太郎は続けて考える。
 まだ、学校に馴染んでいないせいだ。きっとそうだ。
 帽子のつばに、承太郎はまた手を掛けた。何となく、今は顔を見られたくなかった。
 「承太郎。」
 不意に花京院が声を掛けて、気がつけば足は止まっている。承太郎だけが、先に数歩進んでしまってから、ここから別れる角に来たのだと気づいて、慌てた素振りは押し隠して、ゆっくりとかかとを回す。
 「じゃあ明日。」
 「おう。」
 何となく向かい合う羽目になって、承太郎は突然照れくさくなって、足元に視線を落とし、傷だらけの革靴の先を意味もなく見つめた。
 砂に埋もれ、海に潜り、石畳を蹴って、あの旅を承太郎と一緒に付き合った靴だ。どうにも直しようもない傷が、花京院の腹に開いて、ようやく塞がった大穴を思い出させる。なぜか別れを惜しむ気持ちが、今唐突に湧いて、承太郎を感傷的にさせる。
 秋の夕暮れという、こんな時間のせいだ。
 向き合ったふたりの影は、重なって承太郎の背後に伸びて、もちろんどこからがどちらの影と見極めがつくはずもない。承太郎はなぜだかここから去りがたくて、肩越しにふたり分の影を振り返り、そのままぼそりと言った。
 「影になっちまえば、髪の色も目の色も関係ねえな。てめーの身長もおれの身長も、どっちも一緒くただ。」
 花京院は、今そのことに気づいたとでも言うように、形のいい眉の真ん中を、両方一緒に持ち上げるようにして、
 「君の言う通りだ承太郎。」
 承太郎に気を使ったのかどうか、妙に重々しく言うと、まだ向こうを向いている承太郎の視線を追って、承太郎の背後に伸びた影の輪郭を、色の薄い瞳で追う。どれだけ重なっても、影そのものの色の濃さが変わらない不思議が、今は何となくふたりには似合いに思えた。
 花京院の向こうに見える街並みの間に、赤い太陽が沈んでゆく。それに目を細めた承太郎に、花京院がもう一度、また明日、と言った。
 「おう。」
 今度こそ、ここから左に曲がる花京院を見送るつもりで、承太郎は道のそちら側へ体を開き、さっさと行けとあごをしゃくる。
 「じゃあ承太郎。」
 傷の見当たらない、旅の後に新調した花京院の革靴のかかとが、ゆっくりと舗道を蹴ってゆく。重なっていたのに、引き剥がされるように離れてゆく花京院の影に向かって、承太郎は腕を伸ばした。花京院には触れずに、影に、自分の影の指先が触れる。それも次第に距離が開いてゆくのに、承太郎はじっと目を凝らしている。
 振り返らない花京院の、制服の高い襟を覆う後ろ髪に、夕日の色が照り映えていた。血の色の似たそれに、不意に痛みを覚えて、承太郎は思わず自分のみぞおちの辺りを掌で覆った。
 明日は良い天気だろう。図書館へ行くために、少し早めに登校する花京院を、この角でつかまえられるだろうかと思いながら、自分の家の方角へ爪先を向ける。黒々とした影が離れずに承太郎について来る。
 何もかも、夕陽の色のせいだと思った。思いながら、触れたかったのは花京院の影ではなく、あの指先にやわらかな髪だったのだと気づいて、承太郎は家へ向かう足を黙って速めた。

GNKさまへこっそり捧ぐ。HBD、おめでとうございます☆
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