表現



 承太郎が散々唇と舌でなぶったそこは、唾液に、糸を引くほど濡れている。
 うっすらと色の見える、明らかに唾液ではないそれを、承太郎の親指の先が先端を弾くようにすくい取って、そうされると、そこだけではなくて花京院の全身が慄える。もう何度目か、もうやめてくれと、懇願する声がもれた。
 両腿の内側、脚のつけ根のきわどい辺りに、まるで左右対称になるように、承太郎が残した紅い跡がある。わずかに歯も立てたその跡は、きっと数日は消えないだろう。普段なら、その辺りに両手を当てて花京院を押し開きにかかるくせに、今は花京院の両膝をまとめて胸の前に抱え込むようにして、そのまま腰を押しつけて来る。
 そうして持ち上げられた腿の裏側は、薄く見える皮膚が、ひどく無防備にさらされて、脚を大きく開いた姿勢よりもむしろ痛々しく見えた。
 ほとんど重なるように揃えた足首が、承太郎の右肩に乗る。花京院の両脚をまとめて抱えた自分の太い腕と同じほど、筋肉の形のはっきりとわかる花京院の足に、承太郎はまるで挨拶でもするように一度唇を寄せる。
 隙間なく閉じた脚の間に、躯を繋げるような姿勢に、自分のそれを挿し込んでゆく。
 柔らかな粘膜の感触はなく、固い筋肉となめらかな皮膚の間をすり抜けながら、そこだけは常になく張りつめた皮膚がきちんと重なり合うように、少しばかり慎重に位置を定めた。
 体の大きさに比べれば、さして意味があるとも思えないそれの体積は、今は当然のように意味深さを増して、こんな時には全身がそれだけになってしまったように、あるいは、それだけになってしまえばいいと考えるように、首の上に乗った脳の詰まった頭の中は、ただ白くぼやけて、狭まった視界の中には互いしか入らない。
 別々に熱くなる躯を、無理に繋げることは痛みと負担をふたりに強いるけれど、こうすれば少なくとも、真似事めいて損をしたような気になりながらも、躯の熱さを分け合うことはできる。
 自分の方へ、抱えた脚ごと体を倒して来る承太郎のため──そして、もちろん自分のため──に、花京院は下肢に力を入れた。
 できる限り躯を寄せた承太郎が、ゆっくりとそこで動き始める。少し不自由そうに、けれどそれゆえに、自分だけの快楽ではなくて相手の反応にも注意を払って、こんな時には滅多と視線を合わせない花京院も、今は承太郎の濃い深緑の瞳をとらえて、先走らないように、取り残されないように、承太郎の動きに合わせて、わずかに腰を揺すり上げていた。
 妙な感覚だ。妙と言うのもまた奇妙な、腹へ反り返った自分のそれに、承太郎のそれがこすりつけられて、乾き始めていた承太郎の唾液の代わりに、別の湿りが閉じ合わされた腿の間にゆっくりと広がってゆく、まるでそろそろ煮え立ち始めている湯の中で茹でかけられているような、感覚。
 炙る火はいつもよりも弱く穏やかで、けれどゆるい熱さは休むことなく繊細な皮膚を攻め立て続ける。承太郎の背中へ向かってたれかけた自分の両足首を、花京院はいっそう強く重ね合わせた。
 全身で承太郎のこすり上げて来る熱に集中しながら、ふとずらした視線を、自分の腹の方へ流してみる。盛り上がった胸筋の辺りに、かすかにひきつれた傷跡の端が見え、薄く浮き上がった腹筋の上にもべったりと広がり張りついて、今は承太郎が動くのに合わせて、まるで軟体動物か何かの平たい本体のように、そこでうねうねと小さくうねっている。
 全身のどこよりもひと色赤みの強いその大きな傷跡よりも、なお緋い、自分と承太郎のそれが、頭を揃えているのが見えた。
 どちらも、白く濡れかけているのが見える。
 そうする時には、承太郎のそれが自分の中に入っているのだと、それがなめらかに丸みを帯びた形で、自分の内側の粘膜をこするのだと思うと、不意にその感触が恋しくなる。
 閉じた腿の間で行き来するそれを内側に受け入れるのが、好きだとか嫌いだとか、そういうことではないのだと、突然気づく。
 気をつけなければ痛いだけだけれど、それでも、誰にも見せない、自分では絶対にわからない場所で、承太郎の熱と形を確かめるその姿勢が、今はひどく恋しかった。
 物理的に躯を繋げて、それを痛みという感覚を通して──残念ながら──認識しながら、何かを得るために払う小さな犠牲なのだと、その苦痛を花京院はそう解釈する。
 互いが、もう少し深く知り合うために、できる最大限で親(ちか)しさを表現するために、躯を繋げるという行為が必要だと思うのは、ひとらしさの発露でもあり、まだ若いふたりの稚なさでもある。それゆえに、多少の無茶は厭わないふたりの間の激しさは、互いに対する思いやりで相殺され、これはつまり、承太郎の優しさの表れだ。花京院は腕を伸ばし、承太郎の腕に触れた。
 こすれ合う皮膚の感触は何よりも生々しく、はっきりと昂ぶっている様子を目にして、花京院は主には承太郎のために躯を合わせて揺すりながら、腕に触れていた指先を胸に滑らせて、それから、重なり合っているそれに、自分の両の掌をかぶせて行った。
 腿の間に広がる一方の熱と湿りが、掌にも伝わって来る。動く承太郎の呼吸の早さまで、激しさを込めて馴染んだ慄えを伝えて来る。
 かすかに波打つそれを指先でそっと扱いながら、自分の方へ躯を寄せ続けている承太郎の表情を、花京院はまたそっと盗み見た。
 これ以上ないほど近く抱き合っているのだと思って、互いに痛みのないこのやり方を好ましく思うと同時に、それでも承太郎の熱がもっとじかに欲しくなる。これ以上、どうしたらもっと物欲しげになれるのかと、それを自分の淫蕩さのあかしのように感じて、花京院は背中を反らして胸をあえがせた。
 こんな風になるのは、承太郎だからだ。承太郎のせいで、もっともっと欲しくなる。何もかも全部、承太郎を全部、自分の中に取り込んでしまいたくなる。
 文字通りひとつになるという、そのことを通して、躯の内に生まれた熱を重ねて分け合う以上に親密になり得る方法を、花京院はまだ知らない。
 躯を求めることが恋と同義であるという思い込みが、ふたりの稚純さを何より正確に示している。そのことに気づけないふたりの幼さは、けれどふたりがここへ踏み込むことをためらわなかった、最大の理由だった。
 恋のために盲目になれる、恋をひたむきに信じることのできる、まだ幼いふたりは、だから限界を知らずに、これ以上何ができるだろうかと、際限もなく足元の土を一緒に掘り続けている。
 手が汚れることにも、指先が痛むことにも、次第に積み上がってどうしようもなく大きくなる掘り返した土の山の大きさにも、ふたりは決してひるむことがない。
 自覚のない恐れ知らずが、ふたりの背中を突き飛ばしその穴の中へ突き落としたとしても、深く昏い穴の底でふたりでいられるなら、他に何もいらないと言い切ってしまえるふたりだった。
 掌の中に承太郎を握り込んで、花京院は喉を反らして声を上げた。
 欲しいと、そう叫んだつもりだったけれど、言葉にはならなかった。
 自分を、もっともっと物欲しげにさせる承太郎と、その承太郎の熱に浮かされて、花京院は全身に血の色をめぐらせて、躯を繋げるのが熱さと激しさの恋の表現なら、これはもっと深い、優しさの表現なのだと、白っぽくかすんで来る頭の隅で思う。
 承太郎が恋しくてたまらない、という感覚に酔っ払って、今は皮膚の上にある熱さの代わりに、頭の内側が、ふたり分の熱に融け始めていた。
 あふれるその熱が止まらずに、膨れ上がった塊まりが掌の中で弾けて、胸の辺りに承太郎の大きく吐いた息が落ちて来る。
 その呼吸も何もかも、すべて吸い取ってしまいたいと思いながら、花京院は濡れて汚れた両手を承太郎に向かって伸ばす。伸ばしながら、腿の内側で脈打つ動脈が、深まってゆくばかりの酔いを全身に運び続けているのを感じた。酔ったまま、微笑みながら、花京院は汗に湿った承太郎の体をしっかりと抱きしめた。


* 2009/8/28 承花音頭2009参加。SUMATAお題。

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