恋に落ちて



 触りたいというから、好きにすればいいと言った。
 乱れる自分の姿を見られることには耐えられなかったから、いつだって肩や胸に顔を押しつけて、そこで声を噛み殺す。
 どうということはない。ただ触れているという、それだけのことだ。
 なぜそんなことをしたがるのか、手が汚れるじゃないかとか、制服が汚れるじゃないかとか、いろいろ言ったところで、承太郎はそんなことには頓着せず、何が楽しいのか、そこで手を動かし続けて、こちらが頬を赤く染めるのと同じほど、息を弾ませて、首筋を真っ赤にしている。
 自分では絶対に承太郎には触れずに、それでも、触れながら動く胸や肩の筋肉に、目を奪われている。そこへは、他意はないという振りをして、掌を押し当て、承太郎がそうしている間、ずっと触れ続けている。
 触れる場所によっては、心臓の音が、掌に響いてくる。どんな時も冷静に思える承太郎が、こんな時にだけ、息を弾ませ、頬を染めて、明らかに普通ではない態度で、そうしたくてたまらないという風に、触れる手を動かし続けている。
 そうしながら、何も感じていないという振りが、ひどく億劫になってしまった頃、承太郎が、切羽詰ったように、おれにも触れと突然言った。
 手を取り、そこへ導いて、引きかけた腕を放してはくれず、承太郎の辛さを無視できないし、こういうことはフィフティ・フィフティでなければと、あれこれ心の中で言い訳を並べて、けれど実のところは、承太郎がそうやって、少し強引に自分を引き寄せてくれるのを待っていたのだ。
 承太郎がそうしたがったからという言い訳を自分に与えて、承太郎に触れることを正当化して、触れられることを、自分がそう望んだわけではないと、承太郎だけを悪者にして、自分は安全なところにいて、気持ちの良さだけを追いかければいい。
 始めたのは承太郎だ。欲しがったのは承太郎だ。止めなかったのは承太郎だ。
 ただ、友人として、それをはねつけ切れなかったのだと、そんな振りをし続けながら、互いに触れ合うことに、こっそり溺れてゆく。
 どうしていいのかわからなかったから、引き寄せられて、抱きしめられて、少し恥ずかしいやり方で触れられて、承太郎を受け入れていることが、承太郎を余計に煽っているのだと、気づいていなかったと言ったらうそになる。
 それでも、何があってもうろたえたりはしない承太郎なら、最後のところで踏みとどまるのだろうと、そう高をくくっていた。
 男同士じゃないか。これ以上、一体何をどうするって言うんだ。
 押し倒されて、ぶ厚い胸の下に敷き込まれて、重なった体の重さに驚きながら、それを離したくないと思った。
 いっそう近づいた体の、ぬくもりと震えと、それを感じただけで、羞恥よりも何よりも、そこまで承太郎に近づいたことに、深い歓びを感じていた。
 自分に触れる承太郎の手が、かすかに震えていた。わずかな恐怖と羞恥と戸惑いを現して、自分だけが、この状況に恐れおののいているのではないと知って、けれど気が楽になるということはなく、硬張った全身で、承太郎の手の動きに応えるだけで精一杯だった。
 こんな風に、人は触れ合えるのかと、こんな風に、体は重なるものなのかと、こんな風に、互いの体は不自由に絡まり合うものなのかと、手足を邪魔に感じながら、けれど承太郎の重みだけは、この上もなく心地良かった。
 触れ合うということが、実際にどういうことなのか、わからないまま、互いに手を伸ばす。戸惑いばかりを刷いて、唇を重ねるということさえ思いつけない。
 それでも、抱きしめる腕の中に収まった互いの体の、熱さと重みだけは、互いの真摯な気持ちを表していて、上手くやるとか、上手くできるとか、そんなことは全部、頭の中からきれいに吹っ飛んだ。
 真っ白になったそこへ、ただひとつのことだけが流れ込んで来る。
 好きだ、承太郎。
 そういうことだったのかと、初めて、すとんと納得できた。
 恥ずかしさも戸惑いも何もかも、それでも触れられること、触れることを求めてしまうのは、これは恋だったのかと、初めて気がついていた。
 気づかない振りをしていたのだとは、まだ気づかずに、不器用に触れ合うことに、慣れることができるとはまだ信じられずに、それでもこの瞬間だけはほんものだと、それだけが確かなことだった。
 承太郎を抱き寄せる。触れられることにはまだ慣れられるはずもなく、それでも、触れられたいという気持ちのまま、承太郎の首に両腕を巻く。
 好きだと、口にする素直さは隠して、何か憎まれ口を叩こう---照れ隠しだ---として開きかけた唇を、やまかしいと、承太郎が口づけでふさいだ。
 その口づけをそのまま受け入れて、花京院は、触れる承太郎の手に躯を寄せながら、もっと強く承太郎を抱きしめた。


* 絵チャにて即興。

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