彼の事情


 承太郎の持っているボールペンは、外側は透明だけれど、中身はとてもカラフルだ。
 ポケットやかばんから取り出す色とりどりのそれが、承太郎の外見にはとても似合わす、たいてい目にした人間はぎょっとする。
 承太郎が持っている、他の誰にも見せないメモ帳の中は、そのボールペンのせいで、それも色とりどりだ。
 黒や赤や桃色や橙や水色や青に彩られて、そのおかげで、どこまでがひとまとめのメモなのか、一目でわかる。 とは言え、そうしたくてそんなボールペンを使っているわけではなくて、普通の1色だけのボールペンには、承太郎の手は大きすぎるのだ。
 シャーペンが嫌いで、大学に入るまで鉛筆を使っていた承太郎は、大学に入ってからは万年筆を使っていた時もあったのだけれど、筆圧が高くて何度もペン先を潰してしまい、4本目を2ヶ月で書き潰した時に、日本製筆記用具の華奢さと優美さに承太郎が腹を立てるよりも、小学生の時にもらったという万年筆を大事に使っている花京院の方が、先にキレた。
 「君が悪いわけじゃないが、ないが、せっかくの万年筆の先をそんな風にしてしまうなんて、君は一生文房具屋への出入り禁止だ。」
 ノートや手帳の類いが大好きで、そして絵も描くから、スケッチブックにも目のない、慎重に選んだ文房具を、小学校の時から使っているという布製のペンケース---当時は、これを筆箱と呼んでいたそうだ---を、丁寧に入れて持ち歩いている花京院は、今にもハイエロファントをその場に呼び出したそうに、承太郎に指を突きつける。
 おれのせいじゃねえ。口には出さずに、胸の中でごちて、自分の大きな掌を見下ろす。
 好きで、こんなデカブツになったわけじゃねえ。
 体の大きさのせいで、いつだって損ばかりしていた気がする。服や靴が合わないだけではなく、体が大きいというだけで、よく理由もなく喧嘩を吹っかけられた。体の大きな承太郎を殴り倒せれば、それだけで男としての格が上がると信じていたらしい下らない連中が、承太郎よりも短い腕をふるって、結局はひどく殴れられてすごすご逃げてゆくだけだ。
 自分が、喧嘩が強いと思ったこともなかったし、自分から喧嘩を売ることなど、考えたこともなかった。
 殴られそうになって、避けるために振り上げた拳が相手の頬をかすめ、気がついたら相手の方が地面に倒れていた。
 承太郎は、自分の体の大きさも、その強さも、実のところはきちんと自覚しておらず、とりあえず腕を振っただけで誰かのあごを砕いてしまえるのだと、その時初めて悟った。
 そんな自分のことが、ほんとうは好きではなかった。
 シャーペンの芯を折り、万年筆の先を潰し、花京院に罵られて、承太郎は、なるべくなめらかにインクの出る安いボールペンを、不承不承持ち歩き始めた。それが、半年前のことだ。
 そうしてある日、雑貨を様々売る大きな店で、6色が1本になった、ずいぶんと太いペンを目にして、色には不満があったけれど、何しろきちんと握れるペンなど、見掛けたことがなかったから、承太郎には珍しく、深くも考えずにそれを買った。
 花京院はそれを見て、もちろんあまりの似合わなさに目を剥き、けれど承太郎がそれを握った手を見せると、途端に驚いた顔をして、それから、ひどく悲しい声で、静かに言った。
 ごめんよ、そんなこと、考えたこともなかった。君が悪いんじゃないんだ。君の手に合うペンがないのは、君のせいじゃないんだ。
 新しい、えらくカラフルなペンを握ったその承太郎の手を両手で包んで、花京院はしばらくの間、ごめんよと言い続けた。
 6色もあるのに、黒と青だけ使うのももったいない気がして、誰に見せるわけでもなしと、他の色も使い始める。ペンと同じほど、メモ帳のページが色に満たされる様を、承太郎はこっそり気に入った。
 花京院はそれから、承太郎のためにと、同じペンを買い置きのために数本、それから1本を自分のために買い、例のペンケースに入れて持ち歩いている。
 色を塗る時にね、使うんだ。色鉛筆とは違う感じで、それもいい。
 スケッチブックの絵を見せて、花京院が笑う。
 君のおかげで、お気に入りのペンが増えたよ。
 承太郎の大きな手を、花京院の、それよりは小さいけれど、人並みよりは大きな手が握る。
 互いの手は、互いにちょうど良い大きさだ。その手を重ねて、こんなにしっくり来る手に巡り会うことはないだろうと、そう同時に、別々に考える。
 今日の承太郎のメモは、桃色だった。花京院のスケッチブックの最後のページに小さく書き止められた何かの日付も、桃色だった。
 明日の色も、また同じかもしれない。


* ゲダイさん、たんたん、テツオさまに捧ぐ。

戻る