間奏曲


 スタープラチナの大きな薄青い手が、花京院の手首をまとめて握る。もう一方の掌が、両目を覆った。
 体をねじっても逃れられない。スタンドの力強い手は、その主の意思のまま、花京院を押さえつけている。
 爪先を、承太郎の手が取り上げた。
 脚を急に広げられたりしないようにと、膝を閉じて、意志の固さを示すために、唇を結んであごを引く。閉じたまぶたを押さえるスタープラチナの手に、ひとらしい体温がないのが、また花京院を少しばかり怯えさせる。
 骨の浮いた足の甲を、承太郎が舐めた。
 そのまま、足の前面の骨を、承太郎の力強い歯列が、柔らかく噛む。
 喉を反らせると、ごく自然に唇が開いた。
 湿った声に、スタープラチナが耳を立てた気配がして、押しつけられた掌の奥で、目を開こうとする。けれどそれをせずに、花京院は声を殺した。
 こんな風に押さえつけられなくても、承太郎に躯を開くのはやぶさかではなく、そう思っても、躯が感じているほどに、本人の心は素直ではなく。だから、承太郎が、花京院を封じている。ただ感じろと、承太郎が言っている。
 感じればいい。承太郎にそうされるのが好きだし、承太郎にそうするのも好きだ。承太郎に全身を舐められるのも、承太郎の全身を舐めるのも好きだ。
 それでも、素直に躯を伸ばして嬌声を上げる気にはならず、承太郎が躯をずり上げて来て、膝上の肉を噛み、内腿を舐め上げて、そうして、そこへ達するのを、できるだけ避けようと腰をねじる。その腰を、承太郎が片腕の輪に抱き寄せる。
 抵抗は無駄だ。スタープラチナに押さえつけられ、承太郎に抱き寄せられている。逃げられるはずはない。そうやって、だから諦めても誰にも責められないのだとお膳立てされても、こんなことから逃げ出したいという意思表示を、花京院はやめない。それが単なる振りだと、花京院自身が知っているのに。
 承太郎の唇が触れる。それは濡れていて、熱い。尖らせた舌先は、もっと熱い。花京院の先端に、ねじり込むように、動く。
 いつの間にか、承太郎のぶ厚い肩に両脚を割り開かれて、それを閉じる気などさらさらなく、時折むやみに力が入るのは、主には承太郎の舌と唇のせいだ。
 腹の辺りが、反ったり、丸まったりする。呼吸が浅く不規則で、その合間に、花京院の躯全部が、承太郎の手指に触れられて、様々に反応していた。
 スタープラチナは、そこにはいないかのような静かさで、けれど承太郎がそう望んでいる通りに、花京院をとらえて逃がすことはせず、その薄青い掌の闇の中で、花京院は今では、うっすらと涙を流していた。
 こうやって、一緒にではなくて、一方的に高められると、いつだって知らずに泣いてしまう。悲しいとか悔しいとか、それは感情の一切伴わない涙だ。躯の反応と一緒に、皮膚や内臓の内側が湿ってあふれて来るのと同じに、ただ、涙がこぼれて来る。
 スタープラチナの掌が濡れているのを感じているのか、承太郎は花京院をもっと追い詰めるために、内腿に添えていた手を、もっと奥へ滑らせた。
 きっと、いつもよりもずっと早く、躯が開いていたのだろう。何よりも素直に雄弁に、承太郎を欲しがっていると、躯が伝えているのだと、花京院自身にはわからなくても、承太郎の指先は、それをきちんと感じ取っている。
 ためらいもなく差し入れて、ゆっくりではなく、動かし始める。その間も、舌と唇は休まない。
 今度こそ、声を上げた。
 喉と胸を反らせて、どこか別のところから、あえぐ声が聞こえる。それが自分の声だとわかるのは、もう次の声があふれ出た後だ。
 承太郎の指が動く。花京院が揺れる。スタープラチナは、そこに静かにいて、花京院を見つめているのに、視線に熱さはない。熱いのは、承太郎の、今は見えない突き刺すような視線だ。
 承太郎の手指と唇が、自分を奏でているのだと思った。楽器だ。花京院は、承太郎が触れて音を出す、楽器だ。
 操られているわけではない。楽器そのものにも、音を出したいという意志がある。こんな音を出したい、自分が選んだ、魔法の指先を持つ、誰かの手で。
 そんな音を、花京院はあふれさせている。音が、空気を満たして震わせている。音は広がり、空気に混じり、一瞬後には消えているくせに、余韻は永遠に残る。そんな音が鳴ったのだと、その記憶は、時間の流れの中で、音の美しさをよりいっそう美しく磨き立てる。
 声が止まらない。止めるつもりもない。永遠に鳴り続けていればいい。
 そう思って、けれど、もう少し違うやり方で、と花京院は思った。
 もっと、直に、もっと深く、承太郎を感じるやり方が、欲しい。
 あえぐばかりの喉から、その願いが言葉として発せられることはなく、どうせじきに、承太郎の方が我慢できなくなるのだろうと、花京院は、見えない承太郎に向かってさらに高く声を放つ。
 熱を持った粘膜をこする指を、そこが何度も締めつけて、承太郎はきっと、そうされる自分を想像しながら、そこへ先走ることを、必死で戒めている。
 今は、花京院が承太郎の楽器だ。そこへたどり着けば、今度は、承太郎が花京院の楽器になる。
 他のことなど何も目に入らずに、互いが鳴らす音だけを聴いて、その音は、2度同じことはないから、いつだってその一瞬だけが、ふたりにとっての真実だ。
 自由の利かない躯は、ほんとうに楽器そのものだ。承太郎が抱え、承太郎が触れ、承太郎が鳴らし、曲の終わりを、承太郎が決める。けれど、触れているのが花京院だからこそ出せる音なのだと、承太郎は知っている。
 互いでなければ、奏でることのできない音だ。
 開いた躯と開いた喉と、内側が、真空になる。がらんどうだ。音だけが響いている。
 そうして、もう耐えることもせずに、承太郎の口の中へ、花京院は果てた。
 スタープラチナの手が、こめかみの方へ滑る。まぶしくはない、けれど突然目の前に迫った承太郎の深緑の瞳に、花京院は思わず目を細める。
 目尻や頬が、流した涙に濡れて、今も泣き続けていることに、花京院は気づかない。
 スタープラチナがそのまま静かに消え、自由になった腕で承太郎をやっと抱き寄せながら、泣いた顔のまま、花京院は微笑んだ。


* テツオさまに捧ぐ。

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