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やさしさに包まれたなら

 年末の大掃除を手伝って欲しいと実家から電話があって、元々年始に何か予定があったわけではない花京院──ホリィへの挨拶は、クリスマスに済ませてあった──は、数日の泊まりの準備をして実家へ帰った。
 てめーがいねえなら、おれも実家に帰ると言う承太郎と一緒にふたりの家を出て、途中の乗り換え駅で別れるのは何だか妙な気分だった。
 世間が新年を迎える準備で忙しい日々に、ベテラン看護婦である母親は仕事がさらに忙しくなるのが常で、お正月と言って何か特別なことをした記憶がない。父親は運良く出張がなければ家にいるけれど、男ふたりでおせち作りに励むわけはなし、せいぜいが激務の母親を気遣って、大掃除の走りくらいに手を着ける程度だった。
 それが、今年は一体どうしたことか、わざわざ仕事を休んだと言う母親が、もう大掃除の準備をして花京院を待っていた。
 「母さんどうしたの、仕事を休むなんて尋常じゃないなあ。」
 家を出る前から、普段がそうだったように、この母子(おやこ)はどこか相手から1歩引くような態度で、砕けてはいても口調のどこかがよそよそしい。
 「別に。あんたがいてくれたら、ちょっと手の届かないところも掃除できるかと思って。」
 そう言って、台所の換気扇とその上の壁とさらに天井を指し示す彼女は、そう言えば花京院の肩にも届かない。
 裏庭の物置から引っ張り出して来たのか、アルミの脚立が出してあり、
 「僕が帰るまで待てばよかったのに。」
 荷物を下ろし、上着を脱いで、不平も言わずにすぐ掃除に取り掛かろうとする花京院は、ちょっと苦笑しながら言うと、
 「いいの、どうせ中もちょっと整理しなきゃだったから。」
 早口に言って雑巾をより分けている手元に視線を落としたまま、母親は花京院の方を見なかった。
 いつもそうだ。必要なことは口にするけれど、それ以外のことをじっくりと話し合うと言うことのない親子だった。こちらも忙しい父親は元来無口な方だったし、夫婦仲はごく普通と思えるけれど、そこへ花京院が入ると、どこかぎくしゃくとぎこちなくなる。
 ガスの元栓が切ってあることを確かめてから、花京院は脚立をガス台の前へ据えて、壁と天井へ向かって腕と体を伸ばす。母親は、色つきの雑巾が洗剤つきで、白いのはただ濡らしただけだと、脚立の下から3段目に分かるように並べて掛けて、自分は向こうの居間の掃除へ取り掛かった。
 手を伸ばしたそこは、確かに料理の油と埃で汚れてはいるけれど、ちょっとこすればすぐに白くなる。ちらりと自分の脚立に乗った足元を見て、確かに母親では、手が届いたとしても少々怖い高さだろうと思った。
 台所と仕切りのない居間は、そこから体をねじればよく見えた。母親は、板張りの床へ敷いたじゅうたんの上へ這って、どうやら染み抜きの最中のようだ。化粧っ気のない横顔が変わらないようでいて、やはりそれなりに歳を取っているように見えて、黒々とした髪は染めているのだろうと、壁へ顔を向け直しながら花京院は考える。
 父親も白髪が増えたろうか。花京院が中学へ入る頃はすでに半分白くなって、それでも薄毛の心配はない家系だからなと、花京院の頭を撫でながらちょっとおどけて言ったのは、あれはいつのことだったろう。
 10年前を振り返っても、もう中学にすら届かない。花京院が大人になった分、親たちは歳を取ってゆく。当たり前のことだ。それでも、親の姿を思い浮かべる時に、ついまだもっと若い彼らのことばかりを想像してしまい、実際に向き合うと、増えたしわや白髪の量に驚いてしまう。
 そうして、親と過ごした時間を考えて、同時に、承太郎のことも考えた。承太郎と過ごした時間が親とのそれを同じになるのはもう少し先だけれど、それでもそれはそれほど先のことではなく、あまり親密とは言えなかった親との時間と、今の承太郎との、やや親(ちか)し過ぎるとも言える時間の密度を考えると、時間を量ではなく質で測るのだとしたら、自分はもうとっくに親との時間を超えて承太郎と一緒にいるのだと、花京院は腕を動かしながら考え続けた。
 台所の天井近くが終わると、その後は風呂場だった。同じように脚立を運んで、天井近くの、こちらはどうしてもはびこる黴だ。花京院が天井の黒い染みと格闘している間に、母親は台所の換気扇──そこから外したのは花京院だった──をきれいにした。
 看護婦と言う仕事柄かどうか、指示が細かくきっちりしていて、母親は上司向きだなと心の内で評価を下しながら、それも部下にだけ汚れ仕事をさせるわけではなく自分も率先して立ち働く、良く出来た上司だと、母親の顔の横に、小さな花丸を思い描いておいた。
 こういう、いわゆる際限のないタイプの仕事に、納得するまで手を抜かない花京院の性分は、どうやら母親似のようで、来年は、承太郎とふたりでホリィに申し出て、あの広い空条邸の大掃除を手伝おうと、余計なことまで考えつく。
 洗面器とシャンプーやリンスのボトルまでぴかぴかにして、次は母子一緒に階段をきれいにした。
 掃除機の本体を、ごろごろ引きずりながら階段を掃除するのは大変なのだ。花京院が本体を抱えて運んで、母親がホースの先を薄暗い階段の隅々まで目を凝らしながら滑らせて、母親がてすりをきれいにする間に、花京院が階段全部に雑巾を掛けた。
 「面倒なのよね、階段。」
 ひとり言のように、母親が言う。そうだね、とちょっと微笑んで、花京院は彼女を見ながら答えた。息子の視線に気づいて、彼女が慌てたように頬を染める。そうすると、まるで少女のような母親の姿が思い浮かんで、ああ確かに父と母は昔恋に落ちたのだと、花京院は思った。
 自分がその結果だと言うことには、いまだかすかに納得に行かない部分を残したまま、廊下をきれいにし、玄関を掃き清めて、最後に、台所の椅子とテーブルをふたりで一緒に移動させて、床を磨いたのは母親だった。
 その間に花京院はテーブルと椅子をすべてきれいに拭き、こんなものかしらと、母親がつぶやいて、花京院家の大掃除──の一部──が終わる。
 「せっかく来てくれたのに、残り物で悪いけど。」
 夕食は、明日の冷蔵庫の掃除の前哨戦で、中身の総ざらいになった。
 黙々と、母親と向き合って食べる。味噌汁の味と具がちょっと懐かしくて、花京院は少しの間、母親には分からないようにそれをじっくり味わった。
 ここで料理の話をしても良かったけれど、花京院が食事を一緒にする相手があの承太郎だと言うことを、いまだ完全には受け入れ切れていない母親──そして父親もだ──に、そのことを今思い出させるのは得策ではないと思って、花京院は結局黙ったまま食事を済ませた。
 ほとんど出会った瞬間にはふたり目の息子扱いだった空条夫婦はあまり普通ではないにしても、大学時代からの同居だと言うのに、まだ認めたわけでも許したわけでもないと言う態度を時折ちらりと見せる自分の両親に、花京院は今ではそれほど反発を感じているわけではない。
 大学卒業後も同居は続くし、その同居はそもそも単なる同居ではないとそれとなく知らせた時の、両親の、ついにその時が来たのだと言うようなあの表情。薄々気づいてはいたけれど、知らん振りを続けることもできたのに、なぜわざわざそれをはっきりと知らせて来るのかと、両親の憤りの方向が手に取るように読めて、花京院は自分たちの、切ることのできない血の繋がりをつくづく感じたものだった。
 そしてその血の繋がりゆえに、その反応を瞬間的にせよ嫌悪もしたし、今では彼らもそんな部分もひっくるめて、自分たちはやはり家族だったし、家族だし、これからも家族であり続けると思うのだ。
 とは言え、今の花京院にとっての家族は承太郎であり、普通の付き合いは望むべくもないとしても、いつかは自分の家族が、息子の新しい家族として承太郎を受け入れてくれる日がくればいいと、ひそかに望みを捨てられずにいる。
 だからって、母さんがホリィさんみたいに承太郎を歓待するのなんか、全然想像もできないなあ。
 そもそも、この花京院の実家に、承太郎が心地良く居座ると言う図が想像できない。
 まあいいや。花京院はそこで想像を打ち切った。
 皿洗いは花京院がやり、ついでに母親のために紅茶を淹れて、
 「明日は買い物のついでに、ケーキでも買って来た方がいいかしら。」
と、花京院を上目に見ながら母親が言うその声に、どこか照れがにじんでいるのを聞き取って、花京院は少しばかり胸の辺りがあたたかくなった。
 承太郎の淹れてくれたコーヒーをちょっと恋しく思いながら、紅茶を目の前に居間で一緒にテレビをしばらく見た後、順番に風呂に入り、大した話はしないまま、まるで中学生の時のように、早く寝なさいと2階の自分の部屋へ追い払われる。
 「お布団、干しておいたから、あったかいといいけど。」
 ふたりで一緒にきれいにした階段を、靴下の爪先で滑らないように用心しながら上り始める花京院へ肩越しに振り返って、母親が気遣うように言う。
 「大丈夫だよ。ありがとう。」
 いちいち言いはしないけれど、エジプトでの瀕死の重傷のせいで、冷えると痛みの始まる花京院の体へ常に心を配っているところは、やはり花京院の母親だった。病院で、似たような患者の世話をすることもあるのだろうし、同じような訴えをしょっちゅう耳にもするのだろう。
 真っ暗な2階へひとりで上がり、久しぶりの自分の部屋へ入ってドアを閉めると、もう階下のテレビの音はかすかにしか聞こえない。さすがにまだ寝る気にはならず、本棚へ手を伸ばし、久しぶりに手に取るマンガに少しの間没頭した。
 1冊目を読み終わる頃には足元から冷えが来て、4、5冊取り出すと抱えてベッドに入り、そうして、日なたの匂いはするし確かにかすかにぬくもりはあるけれど到底あたたかいとは言えない布団と毛布の中で、花京院は少しの間肩を縮めていた。
 そうだった、冬には、夜の勉強に手がかじかむことがあった。そんな時には自分で牛乳をあたためて、そのカップで冷たい手をあたためたものだ。そんな夜に夜食を作って差し入れてくれる親は、花京院にとっては物語の中にしか存在せず、承太郎の受験勉強に付き合って空条家に入り浸りだった頃、ホリィが遅くまでふたりに付き合ってあれこれ気を使ってくれるのに、驚いた花京院に、承太郎の方が驚いていた。
 まだマンガを読むのは諦めずに、布団の中があたたまるのを辛抱強く待ちながら、自分が背を丸めて向かっていた勉強机の方を見る。ひとりぼっちだった自分のその背を、今はひとりぼっちではない、成長した自分が眺めている。
 布団が冷たくて、なかなかあたたまらないのは、今自分がひとりのせいだからだと、花京院はあごまで毛布の中に埋めながら思った。


 翌日も午前中一杯は大掃除の続きをして、押入れの整理を中断して買い物へ出た後、冷蔵庫と冷凍庫へあれこれ詰め込む母親を手伝い、その日の残りは押入れの整理で終わった。
 さらに翌日は、2階のあちこちの天井の埃を花京院が払い、押入れの整理を終わらせ、昼を終えて夕方の手前で、
 「あんたもう帰んなさい。」
と、母親が、いつの間に用意したのか、おせちの余りだと大きなタッパを持たせてくれる。
 「どうせ、ちょっと凝った料理なんてわざわざするわけじゃないんでしょ。」
 きんとんに黒豆、田作り、牛肉のごぼう巻きがたくさん、豚のローストまであった。ごぼう巻きは花京院の好物だけれど、豚のローストはいかにも男が好みそうな、と言うことは、これは承太郎宛かと、花京院は驚いた顔を隠せずにしばらくの間タッパの中身を凝視していた。
 「早く行きなさい。電車が混むから。」
 母親は、ほとんど追い出すように花京院の背中を押し、花京院は挨拶もそこそこ、父さんによろしくと早口に言い残して、実家を後にした。
 以心伝心と言うのか、タッパを抱えて帰ると、リビングのこたつには承太郎の姿があって、それを見た瞬間、花京院はちょっとほっとした気分になって口元をゆるめる。
 「ただいま。」
 「おう。」
 花京院が荷物を下ろして、抱えて帰ったタッパを冷蔵庫へ何とか収める頃には、承太郎はもうコーヒーの準備を始めていて、花京院にいるかと訊きもしない。コーヒーの香りを、何だかひどく懐かしく思って、花京院は思わず狭いキッチンで承太郎に後ろから抱きついていた。
 「なんだ、おれに会えなくて淋しかったか。」
 「・・・君のコーヒーが恋しかった。」
 湯を沸かそうとする手は止めずに承太郎が真顔の声で言うのに、花京院はぐりぐりその背に額をこすりつけながらわざとそんな風に言う。こんなやり取りには慣れっこの承太郎は、別に気にする風もなく、ただ花京院の好きにさせている。
 「夕飯は簡単にしよう。母さんがおせちを持たせてくれたから。」
 「正月まで待たねえのか。」
 「いいじゃないか別に。豚肉のロースト、君好きだろう。」
 少し間があって、承太郎がおうと返事をした。花京院の実家から、自分の好物がやって来たことを、やはり承太郎も怪訝に思っている。花京院はそのことについて説明はせず、承太郎が何となく事情を察しているらしいことに満足して、もう一度、ごしごし承太郎の背中に額と頬と顔全部をこすりつけた。
 すでに漂い始めているコーヒーの香りに、花京院はちょっと鼻を鳴らす。


 実家を離れて久しい男ふたりの世帯に、年末年始などと言う非日常も染み込んで来ることはなく、世間の騒がしさはテレビで眺めるだけで、その夜つついた花京院の母親作のおせちの味だけは、確かにふたりにとっては非日常となった。
 豚肉のローストは奪い合いになり、ごぼう巻きは、花京院と同じくらいに承太郎の好物だと判明した。タッパを返しに行く時には、さり気なくそのことを伝えるのを忘れまいと花京院は思う。
 さっさと量の減ってしまったおせちはもっと小さな容れ物へ移して、花京院母への、口にはしない敬意と感謝かどうか、空になったタッパを洗ったのは承太郎だ。
 明るいところで面と向かって、ちょっとこみ入った話をするのが苦手なのはふたりとも同じで、当たり障りなく実家の様子など伝え合った夕食の後には、再びのコーヒーと風呂の順で時間が進み、一緒にはいなかった時間の埋め合わせのように、その夜は少し早めの就寝になる。
 いつものように、承太郎が先にベッドに入り、少し後からゆっくり花京院がベッドに入った。
 すでに承太郎がいるベッドの中はほのかにあたたかく、そして承太郎へ寄り添えばいっそうあたたかい。明かりのない薄暗がりの中、掛け布団の下へもぐり込めばもっと暗くできる。向き合っていても視線を合わせる必要がないのが、するりと本音を漏らすのにちょうどいい。
 「・・・寝る時に、布団が冷たかったんだ。」
 まだ風呂の熱さでぬくまっている爪先を、承太郎のそれへ寄せながらぼそりと言う。
 「向こうの家か。」
 「母さんが、わざわざ布団を干して用意してくれてたんだが、やっぱり普通にひとりは寒い。」
 「おれん家も夜は寒いからな。」
 空条家の寒さは、あれは家の広さのせいだ。同意の声は発さずに、花京院は、もうちょっと承太郎の方へ寄った。もぞもぞと動いた瞬間に、承太郎の腕が腰の辺りへそっと乗って来る。
 上目に承太郎を見て、また伏せて、さらに小さな声で承太郎の胸元へ向かってつぶやく。
 「それに、僕ひとりじゃ布団が重い。」
 「あ?」
 ちょっと頓狂な承太郎の声に、花京院は思わず声を立てて笑った。ついでのように、自分も承太郎の腰へ腕を伸ばした。
 「君と一緒だと、君が布団を持ち上げる形になるんだ。君の方が体が大きいからな。」
 他の誰にも言えないことだ。承太郎はいつの間にか、花京院にとっては日常の必需品になっている。花京院の体を囲い、覆い、あたためて、まるで承太郎自身が上質の毛布か布団のようだった。
 まさか、布団の直の重みが体に響くとは思わず、実家に泊まるのがどれほど久しぶりだったのか、承太郎と離れ離れの夜がどれだけ珍しいのか、そんなことに思い知る羽目になったことに驚いた、実家での夜だった。
 まさか母親に言うわけには行かず、その遠慮こそが花京院親子のよそよそしさの顕れではあったけれど、物心ついた頃からそんな風な関わりだったのを今すぐ覆す勇気はまだない。
 花京院の訪れを喜んでいてくれたことだけは確かだったから、そして何より今回は、承太郎への歩み寄りが見えたことだけで十分だと、結局こんな風に、承太郎に向かってこぼして終わる、花京院のいつものことだった。
 そうと努力した覚えもなく、承太郎はするりと花京院の懐ろへ飛び込んで来て、花京院はそれをさらりと受け止めて、まるでそうなることが当然のように家族として振る舞うふたりだった。今では家族どころか、花京院にとっては、こんな風に承太郎はなくてはならない存在だし、いつかふたり揃って、自分の両親のところを訪れることができる日が来ればと、花京院は胸の底でまたうっすらと祈った。
 大事な人なんだ。とてもとても。母さんにとっての父さんみたいに、父さんにとっても母さんみたいに。
 彼らもまた、ひとりきりで眠る夜には、ぽっかりと空いた自分の隣りを、ちょっと淋しげに眺めるのだろうか。花京院は、承太郎の肩幅で持ち上がっている敷布団の中で、くるりと体の向きを変え、承太郎の大きな胸にぴたりと背中を添わせた。
 「・・・君はいつでもあったかいな。」
 腹の傷跡は慎重に避けながら、承太郎の掌が髪を撫で肩を撫で腕を撫で脚を撫でて、ふわりとこちらに投げ出されて来る。花京院はその手に自分の掌を重ねて、自分の膝の間近くへ引き寄せた。
 このまま眠るつもりの花京院の気配を読み取って、承太郎の手は不埒に動き出すことはなく、ほんの2、3日だったの、離れていた間にすでに懐かしくなっている互いの匂いの中で目を閉じて、ふたりのおしゃべりはもう少しだけ続く。
 「・・・君、大掃除は手伝ったのか。」
 「おう、廊下は全部磨いてやったぜ。」
 「来年は僕も手伝いに行くよ。母さんの方を手伝ってから、それから。」
 「ついでに年越しもするか。」
 「僕らが料理して、ホリィさんに休んでもらうってのはどうだ。」
 「・・・来年の話なんかすると、鬼が笑うぜ。」
 「はは、君が鬼みたいなもんだ。」
 「このやろう。」
 承太郎の腕の輪が少し締まる。じゃれ合う声はそれきりふっと途切れて、鬼呼ばわりされた承太郎の、ひどく優しい口づけの音がその後に続いた。
 優しさをぎこちなく表す人たちの顔をひとつびとつ思い浮かべて、彼らはとてもよく似ていると花京院は思った。両親の顔と承太郎の顔と、似ているはずもないのに、花京院を間に置いて繋がってしまった彼らの、自分へ向けるその瞳の表情がそっくりなことに気づいて、布団と毛布のぬくもった闇の中で、花京院はひとり微笑みを浮べていた。

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