命の色


 出逢ったばかりの頃は、いつも服を脱がずに抱き合っていた。
 お互いに、お互いが欲しくて、時間が惜しくて、シャツのボタンを3つばかり開けて、必要なだけ肌を出して、そうやって、互いの熱を確かめ合うだけの、慌 しい抱き合い方ばかりしていた。
 けれど今は、余裕ができたとも言えるけれど、ようするに、その服の下に隠されたすべての部分を知りたくなって、何もかも取り去ってから抱き合う方が好き だ。
 互いが欲しいというよりも、あれは結局、自分の欲求を満たすことに、ただただ精一杯だっただけだ。
 今は、相手の気持ちをくみ取りながら、欲しがる先を読み取って、それをどうやって効率よく満たせるか、そんなゲームめいた関係になってはいるけれど、そ れはつまり、僕らがあの頃よりも大人になったということなのだろう。
 剥き出しにした肌を、全部こすりつけ合って、何もかも晒して、すき間も隔たりもなく、躯を重ね合う。
 ぬくもりだけではなくて、湿りや、ざらつきや、あちこちに残る傷跡や、そんなものすべてを、重ねて、こすり合わせる。
 承太郎は、あの腹の大穴の怪我の後で、少しばかり歪んで、完全に健やかではなくなってしまった僕の体を、それでもそれ以前と変わらずに、いとおしげに撫 で続ける。僕の体の、ありとあらゆるところに触れて、まるで、僕がまたうっかり肋骨を失くしてしまったとか、胃の一部を落としてしまったとか、そんなこと が起こっていないということをいちいち確認するように、僕を裸にして、彼の全身で、僕の全身を確かめる。
 それでも時折、まるで明日がないと、誰かに言われたとでも言うように、僕を抱きすくめて、ひどく性急な仕草で、僕の躯を確かめたがる時がある。
 僕が、ここに間違いなくいるのだと言うことを、きちんと体で感じたいのだとか、あるいは、明日の朝に僕が消えてしまうことがないようにだとか、僕の思い もしないところで、承太郎は僕のことを、いつ消えてしまうかわからないヤツだと思っているらしい。
 エジプトでの大怪我は、僕の体を損ねて、そして、それ以上に、承太郎の心を損ねてしまった。
 あれ以来、承太郎は、僕が僕自身を失うことを恐れる以上に、僕を失うことを恐れている。
 夜にふと目覚めて、僕を見下ろす視線を感じる。承太郎が、僕をじっと見つめている。僕の呼吸を聞いて、僕の寝顔を見守って、そうやって過ごす彼の夜を、 僕はひどく悲しいと思うことがある。
 僕はどこにも行かない。そう言っても、承太郎は薄く笑うだけだ。
 僕を信じていないのではなくて、この世に絶対ということがないのだと、17で思い知ってしまった、あれは承太郎の悲しみだ。
 承太郎が、僕を抱く。飽きもせずに、何度も何度も。
 僕の内側に入り込んで、僕の熱さを確かめて、僕が生きているというあかしを、自分の躯で確かめている。
 旅の途中でいつか、緑は、命の色なのだと、承太郎に言ったことがあった。
 緑色は、鉱物からしか取れずに、緑の色をしている植物はあれは、生きているから、あの緑の色なのだと、誰かから聞いた話を、僕は承太郎にした。
 君の瞳も、緑色だ。てめーのスタンドも、翠色じゃねえか。
 僕らはあの時、そうやって笑い合った。僕らは、まだたった、17と16だった。
 君は、あれから、僕を失うことを恐れ続けている。僕は、僕自身を失うことよりも、君が僕のために失われることを、ずっと恐れ続けている。
 承太郎、一度君の許を去り損ねた僕は、きっとこの欠けた体のまま、それなりに健やかに生き続けることだろう。
 僕のせいで、少しばかり健やかさを失った、君の精神(こころ)の方が、何よりも心配だと思うけれど、僕が君のそばにいる限り、君は、少しばかり歪んでし まった君の心は、それなりの平衡を保って生きてゆくのだろう。
 僕らは、互いの、少し歪んだ健やかさを確かめ合うために、飽きもせずに抱き合う。
 僕は生きていて、君も生きていて、それが間違いのないことだと確かめるために、裸になって抱き合う。
 僕の腹に開いた、大穴のふさがった傷跡を、君はいとしげに撫で、その君の緑の瞳を見つめて、君のやわらかな髪を僕は撫でる。
 体を重ねて分け合える親密さが、僕らを、ふたりでひとつにする。健やかさを欠いてしまった僕らは、もうずっと、ふたりでひとりだ。
 君が僕に触れる。僕が君に触れる。肌を剥き出しにして、傷つきやすさを剥き出しにして、誰にも見せない貌(かお)を見せ合って、そうやって僕らは、昼と 夜とを、一緒に過ごす。
 僕らは、ふたりでひとつだ。そうやって生きて行くことを、いつの間にか運命(さだめ)られてしまったから。
 君は緑の瞳をしていて、僕は翠のスタンドを持っていて、だから僕らの命は、きっとみどりの色をしているのだ。
 君のために、僕は今日も生き続けるだろう。僕のために、君は今日も生き続けるだろう。
 僕らは互いに、互いのみどりの色を浴びて、損なわれた健やかさを笑いながら、ふたりで一緒に生き続ける。
 昨日も、今日も、明日も、僕らの後ろと前へ続く時間の中で、僕らはただ、互いの存在にだけ結びつけられている。 
 君が、僕の上で動く。僕の薄い腹の皮膚が、君にこすられて赤くなる。そこから、君の生きてる熱が伝わる。その熱は、きっとみどりの色をしている。
 承太郎、と呼ぶ。花京院、と呼ぶ。僕らは抱き合って、昼と夜を過ごす。
 みどりの光を、体の内側に感じて、生きているのだということを、ありがたいと思うではなく、大事だと思うでもなく、それはだた、それだけのことなのだ と、互いの肌の上に感じて、僕らは、永遠に、限りのある命を、一緒に 生き続ける。
 承太郎。緑色の瞳の、その中に映る自分の小さな姿に、僕はひっそりと笑いかけた。


* #3リレチャ絵チャにて即興。春たんありがとう。

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