唇
全裸に剥かれるのは、もう慣れてしまっていた。
薄いマットレスの乗ったがたついたベッドに、150キロ以上の体重が乗るのに、いつも少しばかり危険を感じるけれど、それが、単なる現実逃避なのだと、最近気づき始めている。
ぶ厚い肩や胸に、自分のそれよりも細い指先が触れる。
花京院は、滅多と服を全部は脱がない。上着は脱いで、シャツのボタンを、上からいくつか開けて、ベルトの金具を外して、必要なだけ前を開く。
君の前で服なんか脱げるもんかとうそぶくけれど、それは単に花京院の趣味なのだろうと、鼻先で笑ってやるのが精一杯だ。
「花京院、てめえ・・・これ、ほどけ。」
背中の下で、もぞもぞと腕を動かすと、くすりと、花京院の横に広い薄い唇が、いやな具合にねじれた。
「だって、いいって言ったじゃないか。」
派手な色合いの自分のベルトで、手首から肘近くまで、色の変わるほどきつく縛られた腕が思ったよりも不快で、承太郎は、無駄とは知りつつ、下から花京院をにらみつける。
「このくらい、君にはちょうどいいハンデだろう。」
手が自由に使えたところで、花京院を殴り倒すつもりはない。スタンドを使わないと、互いに約束し合ってはいても、ほんとうにいやなら、抗う手はいくらでもある。戸惑うのは最初だけだと、知ったような口をきくと花京院のことを思ったけれど、誘いをかけたのも、それを断らせなかったのも、確かに妙に手馴れていやがると、承太郎は、背中の下で拳を作った。
腹をまたいで、花京院が上に乗ってくる。
日に当たらない胸の皮膚が、妙に白い。
これ以上はおそらく、背の伸びることのない承太郎とは違って、まだ完全には育ちきらない筋肉の、それでも直に見れば、印象とは裏腹に厚い胸の盛り上がりの辺りに視線を滑らせて、耳の後ろで起こる眩暈に、承太郎は一度目を閉じた。
仲間の中ではいちばん華奢に見える花京院の、けれど女と並べば明らかに男としか見えない体が、自分の胸を覆ってくる。
薄い腹と細い腰、その気になれば、拳を叩き込んで気絶させるくらい、わけはない。
指の長い、骨の目立たない手が、承太郎の腹筋に乗って、みぞおちから胸を撫で上げる。
声を上げないのが、今は精一杯の抵抗だった。
花京院の手が、頬と額に伸びた。わずかに波打った承太郎の、硬そうに見えて柔らかな髪を指先でかきまぜて、まぶたの薄い皮膚を、指の腹で何度もなぞる。顔の形を確かめるように、太くて濃い眉や、高い鼻と頬骨と、秀でた広い額と、それからこめかみを滑り落ちて耳の際を通り、殴っても砕けなさそうなあごからまた、頬の方へ上がってゆく。
そうして、ようやく、ほんとうの目的だった唇に、揃えた指の腹を押しつける。
血の気の多さを現すように、色の濃い、ふっくらと厚い唇を、花京院の冷たい指がなぞってゆく。執拗に、くっきりとした輪郭を、まるでそこに色でも塗り込めるように、何度も何度もたどっては、間近に花京院に見つめられて、そしてそんなふうに触れられている息苦しさに、承太郎が喘いで、大きく息をつぐのを、待っている。
喉仏が、上下した。承太郎のも、花京院のも。
指をそこに置いたまま、ようやく、花京院が唇を重ねてくる。指先と同じほど、冷たい唇が、押し当てられてそして、かすかな呼吸が、ゆるりと絡んでゆく。
花京院の舌と指先が、それから、承太郎の唇を開きにかかる。指先でこじ開けた唇に、舌先が差し込まれて、濡れた唇の裏側同士が触れると、その感触に耐え切れずに歯列を割ろうとするのは、いつも承太郎の方だ。
承太郎が差し出した舌を、けれど花京院はすぐにはすくい取らずに、器用に動く舌先だけで、ちろりと唇の濡れた辺りを舐めてくるだけだ。
生暖かく息が通う。
そうしてしまってから、わざと唇を滑らせて、喉や鎖骨の辺りを這う。耳朶を噛むと、承太郎の赤いピアスに歯を当てて、かちかちと音を立てる。そのまま引きちぎってしまいたそうに、金具ごと含んで、ぎりぎりと歯列を食い込ませる。
まだ、声は出さない。
まるでゲームのように、勝ち負けがあると思い込んで、その手に乗るかと歯を食いしばる。
耳の流線を、丁寧に舌でたどって、それから、舌先が中に入り込む。濡れた感触に、いつも首の後ろがそそけ立つ。肌が粟立って、寒気に似た感触に、背骨が音を立てるような気がした。
かたく目を閉じて、自分を観察している花京院の表情を見まいと、そうしなければ、自分を煽る花京院に煽られている自分に煽られている花京院に、まんまと煽られてしまうことになるから。
緊張しているくせに、全身は軟体動物のように、花京院が動かす指や唇に従って、どんな形にもさせられてしまいそうだった。
次に花京院が唇を押し当てた時には、そうと求められる前に唇を開いて、舌を差し出していた。
今度こそ奥まで絡んだ舌が、どちらがどれだけ深く誘い込めるかと、先を争うように、唇の中で動く。
内臓と同じ色と同じ熱さの舌が、互いに別のことを想像しながら、絡んで、濡れた音を立てる。あふれた唾液が交じって、体の内側から濡れる様が、何かにとてもよく似ていると思ったけれど、それがとても卑猥なことだと思い当たって、承太郎は考えるのをやめた。そんなことを考えるのは自分らしくないと、花京院ならせせら笑いそうなことを思う。
口の中に侵入されて、舌を嬲られて、まだそれだけなのに、もどかしいほど昂ぶっていて、自分で自分に触れられないのに、耐えられそうにもなかった。
承太郎が焦れているのを知っていて、花京院が、唇を離して、薄く笑った。
濡れた唇を、見せつけるように長い舌で舐めて、それから、体の位置を下に下げる。承太郎の、長い脚の間に体を置いて、固い内腿を、なぶるように撫でた。
「君の脚、長すぎて邪魔だよ・・・。」
膝を押さえて大きく割り開くと、さっき唇に触れたように、そこに舌を伸ばす。それから、ぬるぬるする先端に指先を軽く埋めて、わざとそこで引いた糸を、承太郎に見せつける。
はは、と小さく声を立てて---息が、かかった---、花京院が、顔を埋めた。
汚れてべとつく指で、相変わらず承太郎の腿を撫でながら、きちんと奥まではおさまりきらないそれを、それでも喉を開いて、限界まで飲み込もうとしてみる。あまり長くやると、唇の端が切れそうになる。もっとも、そこまで承太郎が長く保つことは、あまりなかったけれど。
愉しませるためではなくて、追いつめて、声を上げさせるために、舌を絡みつかせて、浮いた血管の上を舐め上げる。張りつめた皮膚は、けれどひどく繊細で、場所によって、舌触りがまったく違う。
ぬるぬると、唇と手を汚しながら、承太郎の硬い腹筋が、せわしない呼吸に線をあらわにするのを、上目に見て、そこを越えて、半開きで舌を覗かせている承太郎の口元に、目をやる。
声が聞けるまでもう少しだと、花京院はまた薄く笑って、傷つけないように、軽く歯を立てた。
それから、さっき指を埋めた先端に、いきなり深く舌先をもぐり込ませる。
長い脚が跳ねて、ベッドがひどくきしむ合間に、承太郎が、ようやく、花京院が望んだ声を立てた。
もう数秒だけ、そこで舌を遊ばせてから、花京院は唾液が糸を引く唇を、ゆっくりとそこから外した。
目の前で、自分の唾液に濡れたそれが、もっと先を欲しがって、かすかに慄えている。けれど花京院は、それにはもう目もくれずに、また承太郎の上に乗り上がると、両肩近くまで膝を進めてくる。
「僕が先だよ。」
承太郎の顔をほとんどまたぐように、そうして、まるで焦らすように---誰を---、音を立てずにズボンの前をくつろげた。
「君にも、後でちゃんとしてあげるよ。」
見下ろす花京院を、今はもう真っ直ぐに見返して、にらみつけるような瞳の強さは相変わらずなまま、承太郎は、素直に口を開けた。
舌の上に乗せる。暖かな口の中は、正しく内臓の入り口だ。支える腕を使えない承太郎は、頭を持ち上げて、必死な様で花京院を受け入れている。色鮮やかな唇を割り開いて、そこに出し入れされる器官の、ひどく醜悪な姿に、花京院は頬を赤らめて、唇を噛んだ。
まだ、うまく舌を使えない承太郎は、顔だけを動かしてむやみに首を振る。それでは足りずに、舌をもっと動かせと言っても、うまくやれるはずもなく、元々承太郎に、そんなことなど最初から求めてなどいない花京院は、意図とは反対の優しい手つきで、承太郎の両耳の傍に手を添えた。
腕を縛ったのも、このためだ。
開いた唇の内側へ、容赦なく自分を埋め込んで、喉の奥まで侵してゆく。承太郎が動かさなくても、こちらの動きに引きずられた舌が、もつれるように、暖かくまとわりついてくる。
突き入れられる苦しさに喘ぐ声は、喉の奥を震わせるだけで、その震えはそして、花京院の敏感な皮膚を歓ばせるだけだ。
承太郎の唇に向かって動く。開けっ放しの唇の端から、唾液がこぼれている。白い首筋に血の色を上げて、花京院もあえいでいた。
承太郎は、耐えるように目を閉じて、長い睫毛がずっと慄え続けていた。こめかみの辺りが痙攣しているように見えるのは、ひどく腹を立てているからなのだろうけれど、それが、自分をおもちゃのように扱う花京院に対してなのか、それとも、こんなふうに扱われながら反応を返している自分自身に対してなのか、きっと承太郎自身が、どちらとも見極めてはいないのだろうと花京院は思った。
鮮やかに赤い、唇と舌と、同じほど赤い口の中と、承太郎の躯の中は、もっと熱いのだろうかと、切り裂いた肉と内臓の間に、掌を差し入れる自分の姿を想像する。
自分の唇がどれほど扇情的か、承太郎は知っているのだろうか。
飲み込ませてしまうよりも、その唇を汚したくて、花京院は、不意に承太郎の舌の上からそれを外すと、承太郎の顔の上に射精した。
狙ったように、頬とあごの辺りに垂れて、それから、わざと残りを、唇の上にかけた。
承太郎の、濃い深緑の瞳が、それが凶器ならとっくに花京院を殺しているだろう鋭さで、こちらをねめつけてくる。
その表情を、永遠に切り取って保存してしまいたくて、花京院は、鋭さにひるまずに見つめ返す。
承太郎の唇が、うっすらと開いた。
「この、ゲス野郎・・・。」
低く凄みながらけれど、伸びた舌先が、花京院の精液を舐め取って行った。
白く汚れたその顔を見下ろして、花京院は声を立てて笑う。
「そんなこと、ずっと前から知ってたじゃないか。」
もっと言ってくれと思いながら、そう約束した通り、また承太郎の下肢へ向かって体を滑らせる。
喉を叩く承太郎の熱さを期待しながら、花京院は、濡れた唇を、また大きく開いた。
戻る