君に恋する5のお題@裏庭工房

今日も君と


 たとえば、昨日と同じ今日が明日に続いてゆくと、何の疑いもなく信じて、朝を迎えられること、それは決して当たり前のことではないのだと思う。
 たとえば、雨風のしのげる、どこか屋根のある場所で過ごせること、それは決して当たり前のことではないのだと思う。
 たとえば、地面の上ではなく、ベッドの上で、安らかな眠りを貪れること、それは決して当たり前のことではないのだと思う。
 たとえば、昨日笑い合っていた仲間が、明日も同じ笑顔でそこにいるということ、それは決して当たり前のことではないのだと思う。
 たとえば、今日の糧を得て、明日へ命を、無事に繋いでゆくということ、それは決して当たり前のことではないのだと思う。


 砂漠の夜を、満天の星の下で過ごした時に、そのおそろしいほど広い深い夜空に散らばる、無数の星の数を数えた。
 色も形も大きさも明るさも、少しずつ違う星々は、まるで地上の人間の姿そのものに見えて、違うということは、とりたてて騒ぎ立てるほどのことではないのだと、昼間の暑さがうそのような冷気の中で、痛いほどに思い知る。
 それなら、スタンドという奇妙な能力を持って生まれたことを、もう悲しむのはやめよう。
 悲しみは卑屈さに繋がって、そして、裏返って驕慢さを生む。他の誰よりも優れている。スタンドがあれば、普通の人間ができないことができる。だから、僕は優れている。優れている人間が孤独なのは、それは選ばれたゆえに仕方のないことなのだと、傲慢に自分を慰めるのは、もうやめよう。
 それはただ、背が高いとか、右手の小指が少し短いとか、走るのが速いとか、それと同じだけの、ただそれだけのことだ。
 僕は誰よりも優れてもいなければ、そう劣っているわけでもない。多分。
 空に向かって両手を伸ばした。星に届きそうな気がして、掌を開いたり閉じたり、まるで子どものように繰り返して、いつのまにか、ひとりで笑っている。
 たとえ明日が知れなくても、なぜだか今、幸福というものを感じる。
 少なくとも目的があって、それに向かって進んでいるのだと、思って、空に向かって開いていた掌を、強く握った。
 手の中は空だ。星も空もつかめない。けれど、見えない何かをつかもうとしている。何か、とても、大事なもの。


 たとえば、信頼する誰かがいるということ、それはとても大切なことだと思う。
 たとえば、誰かに信頼されるということ、それはとても大切なことだと思う。
 たとえば、己れの欲だけではなく、大事な誰かのために犠牲を払おうとすること、それはとても大切なことだと思う。
 たとえば、自分自身を、あるがままに受け入れること、それはとても大切なことだと思う。
 たとえば、他人に受け入れられないことに失望するのではなく、受け入れてくれる誰かを探そうとすること、それはとても大切なことだと思う。


 こんなに遠くまで来てしまった。
 後戻りする気はない。もう、振り返るつもりもない。見つめるのは、前方のみだ。
 朝日の果てに、広がる闇が待っているのだとしても、その闇に飲み込まれたからと言って、抜け出せないわけではない。明けない夜はない。朝日はまた、必ず昇る。
 朝日を何度眺めても、目覚めれば確実に、自分に寄り添う、翠に光る影がいる。輝くその翠の光は、かたわらに立って、同じ方向を見ている。いつも、ずっと。
 "それ"を、君と呼ぶのは、少しばかり奇妙な気がするけれど、そう呼びかけると、うれしそうにゆらりと揺れる気がする。
 名と、見える相手を限定するとは言え、実体を持つ"それ"は、間違いなく僕の友だ。
 まるで、双子のような、僕の半身。
 友と呼ぶなら、"それ"にこそふさわしい。
 深まる砂漠の夜の中で、僕は孤独ではなく、今までも孤独であったことはなく、これからもないだろう。
 降り注ぐほどの満天の星空の下で、砂の上に身を横たえて、ひとすじの孤独すら感じない、奇妙さ。その清々しさに、また空を見上げて、まるで礼を言うように、唇を動かした。
 この友と迎える朝に、僕はすべての事象に感謝して、そして後悔を捨てるだろう。すべてのことは、自ら選んだ結果だと、これから進む道程に何が起ころうと、心乱れることはないだろう。
 決して完璧ではない、むしろあらだらけの傷だらけの僕は、だからこそ、強い人間であると言える。
 優れてもいなければ、劣ってもいない、ただ僕は、充分に強い人間であるということを、この友が示してくれる。
 弱さを知ることから、強さは始まる。孤独に打ちひしがれ、世界を拒み蔑んでいた僕は、平凡であることを妬むことしか知らない、醜悪な弱い人間だった。けれどまたそんな僕も、ごく平凡な存在なのだと思えば、自分の弱さ醜さを、素直に受け入れられる。受け入れれば、一体自分に何ができるのか、自ずとわかるようになる。
 僕に、何ができるのだろう。
 この友と一緒に。君と、一緒に。
 何かができると、信じることのできた一瞬のあかしが、この満天の星空なのだろうか。
 数えることもできない星の下で、目覚める朝のために、眠る夜がある。君とともに。
 僕の見る夢を、君も見るんだろうか。翠の影は、うっすらと微笑んだように見えたけれど、応えることはしなかった。
 流れ星が、空を横切ってゆく。願いを三度となえる間はなく、星は、地平線の際へ消えて行った。
 消えた星の行方を追って、それから、ようやく目を閉じた。


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