折り紙



 「承太郎、角がちゃんと合ってない。」
 肩越しに、花京院が腕を伸ばして、指先で折り紙の端をつついて来る。
 真四角の小さな折り紙は、二度半分に折りたたまれて、いっそう小さな三角になったところだ。
 「ちゃんと合わせて折らないと、出来上がりがきれいじゃなくなる。」
 どうと言うこともないのだけれど、こんな口の聞き方をされることになれていないから、承太郎は、思わず小さく舌打ちをして、それでも花京院の言う通り、小さな紙の端と端を、さらに用心深くきちんと合わせ直した。
 花京院のクラスメートが交通事故でしばらく入院する、よってクラス全員で鶴を千羽折ること、という担任教師の独断で、ひとり25羽が課せられた。購買部で買った小さな折り紙の包みは、クラス全員に等しく分け与えられ、そしてやはり予想通り、男子生徒の数人は、甘い菓子などで女生徒を釣り、25羽の内5羽ばかりを折って終わらせたとか、よくある話だ。
 花京院はそんな中、別におべっか使いだの怪我をした生徒を心底心配しただの、特にそういうことはなく、ただ単に手を使うのは嫌いではないという理由で、少々足りなくなりそうだった分の鶴を、学級委員の女生徒と一緒に折ったそうだ。
 その鶴のせいで、承太郎は、数日ほど、放課後花京院に相手をしてもらえなかった。そして、たまたま虫の居所が悪かったある日、
 「鶴なんざ誰にでも折れるもんじゃねえか。なんでてめーがわざわざやる。」
 失言だったと気づいたのは、花京院の口元だけの微笑みと、薄く浮き出たこめかみの血管のおかげだった。すでに遅かったけれど、それ以上失言を重ねなかったのは、不幸中の幸いだった。
 「そうか、誰でも折れるのか。だったら君も手伝うといい。」
 にっこり恐ろしい笑みを浮かべたまま、花京院が、承太郎の大きな手に、小さな折り紙を手渡した。
 それが3日ほど前で、花京院のクラスの千羽鶴は無事に出来上がり、担任と学級委員が揃ってそれを手に、怪我人の見舞いに行ったと、花京院が報告したのが昨日のことだ。
 そして承太郎は、放課後に居残りをして、折り紙の講習を受けている。
 「あんまり力を入れると、紙がくしゃくしゃになるじゃないか。もうちょっと優しく。」
 三角形が四角形に戻り、それを開いて今度は菱形にするとか、小さく折りたたまれた折り紙は、すでに承太郎の手の下にすっかり隠れて見えなくなっている。
 けれど花京院は、少し腰を屈めて承太郎の背中にかぶさるようにして、承太郎のおぼつかない手元を、無遠慮に覗き込みに来る。
 そうして、気づいているのかいないのか、肩や背中にかすかに触れ、体温を残し、指摘するその声が、承太郎に耳元にどう響いているのか、まったく頓着はない、ように見える。
 必死で指を細かく動かしながら、花京院が近づくたび、承太郎は心臓が跳ねて、リズムを崩すのを感じていた。
 「君、意外と不器用だな。知らなかった。」
 それもわざとかどうか、ほんとうにそう思っているだけだという平たい響きで、花京院が言う。挑発しているつもりなんかないと、言葉の底に何だか意地悪な響きがあるような気がして、承太郎は思わず唇をとがらせかけた。
 できないこと、やりたくないことは、最初からやらない主義の承太郎だ。
 花京院のクラスの千羽鶴はとっくに出来上がってしまっているのに、なぜ放課後の教室で、ただでさえ小さな机の上に背中を丸めて、ちまちま鶴なんか折ってなきゃならねえと、そう思うのと同時に、自分のすぐ後ろに花京院が立って、自分の手元を監督しているこの光景を、実のところ、わずかばかりおかしがってもいる。
 折り紙が下手くそなのは事実だ。ホリィに習うといのは無理な話だったし、すでに体の大きかった承太郎に、わざわざ女の子の遊びを教えようという豪胆な人物は、承太郎の周りにはいなかった。
 「うるせえ・・・。」
 手の動きは止めずに、そう言う。
 四角から細い菱形になるところで、いつもうまくできずに、何度も紙を折り直す羽目になる。
 呆れたような振りをして、花京院がまた承太郎の肩へ向かって、あごを近づけて来る。
 「僕が、君に教えられることがあるなんて、思ってもみなかったな。」
 なぜか低くつぶやく声と同時に、花京院の掌が、承太郎のあごを包んで、軽く上向くようにそそのかした。
 不意に近づいた頬と頬が、そう意図した通りに触れ合って、唇の端に、乾いた花京院の唇がかすめて、また遠のいてゆく。
 絶対に誰も来ない屋上でならともかく、花京院が、学校でこんな風に承太郎に触れることはなく、突然の仕草に戸惑って、承太郎の指先が、紙の上で滑って、端を小さく裂いた。
 「あーあー、また最初からやり直しだ承太郎。」
 意地悪く、喉の奥で笑う声がする。肩越しに、別の折り紙が手渡される。受け取ったそれは、偶然かどうか、緑色の紙だった。
 からかわれているのを百も承知で、けれどやめようとは思わない。
 承太郎は、やかましいと小さく言ってから、その緑の紙を、できる限り丁寧に、三角に折りたたんだ。
 こんな風にふたりでいるのが、嫌いではないのだ。こんな風に、花京院が近づいて来るのが、嫌ではないのだ。
 花京院の意地悪を、年相応の幼さで受け取りながら、承太郎は、実のところそれをとても楽しんでいる。
 裏面の白さがまったく見えないくらいに、きちんときれいに折れた三角形に、花京院が目を細めた気配があった。
 意地悪い花京院を気に入っているのだと伝えないのが、承太郎の意地悪だった。


* 2009/4/29 リノコさま宅絵チャにて即興。

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