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学生街の喫茶店



綾音

通り沿いにある喫茶店を舞台とする。(出来れば、その内部。窓からの景色は大通りを表現出来ると望ましい)
学生服を着た少年二人が、ドアを開け入ってくるシーンから始まる。
店内を横切り、奥の席に座る。
ひとりは濃紺の学生服に、学帽を着用している(シーンの終わりまでその帽子は取らない)
名前は『空条承太郎』とする
もうひとりは、深緑色の学生服に身をつつんでいる。
名前は『花京院典明』とする
向かい合って座り、注文をする。


「めずらしいな」

「何がだ」

「君が、誘ってくるなんてさ。学校じゃ、殆ど喋ったりしないだろう。驚いたよ」

「別に、なんとなくだ」

「いや、悪気がある訳じゃないんだ」

「ああ」

(典明、窓の外を眺める。つられる様に承太郎も外を見るが、すぐに目の前の男の横顔を見る)


「そろそろ冬になるね」

「ああ」

「寒いのは嫌いじゃない、暑過ぎるよりは耐えられると思わないか」

「ああ」

「………いいのか」

「は?何がだい?」

「……怪我だ」

「ああ。君が気にする事はない、現にこうして、きっちり復学も果たしているし」

「時間は、かかったがな」

「それは仕方が無い、一度、生命活動を終わらせようとしてしまったからね。…でも、本当に君が気にする事なんて何ひとつないんだ」

「解っている」

「何度も言う様だけれども、あれは自分の意思でやったことですから」

(女性店員がホットコーヒーをふたつ運んでくる。承太郎はブラック、典明は角砂糖をひとつとミルクを入れた)

「君、もしかして何か気に病んで、それを言いたかったのかい」

「…悪いか」

「別に、悪くなんか無い。ただ…こう、なんだな。意外、というか。承太郎はとても、冷静だから」

「だから?」

「内に何か秘めているのは解る、でも、手に取れた…違うな、目に見えたりしにくいものだし、感情なんてさ。それを今見ているなと思ったからさ。でも、嬉しいよ。それって、心配してくれているんだろう、君なりに、さ」

「当たり前だ、心配するのは」

「はは、当然なんだけれども、どうやら君に関しては、少しその感覚が麻痺するらしい。ありがとう、嬉しいです」

「御礼を言う事じゃねえ。…感情の言葉なんていうのは、軽々しく使うもんじゃねえ。」

「そうだね」

「…と、思っていたんだがな。ちと、考え方も変わった。旅の所為だろう、俺も、お前も、今までとは、違う」

「へえ、珍しく、多弁だな」



mm

(承太郎、タバコを1本取り出すが、しかし吸う様子はない)

「なんていうかな、俺は1人で何でも出来ると思っていた。この間のことなのに今じゃ酷くガキに思える。だが、あの旅でそうじゃないと解った。それだけだ」

「それは、僕も同じ気持ちです。1人でも、いえ、僕の場合はハイエロファントがいたが・・・・・・うん」

(花京院コーヒーからスプーンを取り出してソーサーに置き、カップに口をつけて一口すする)

「1人ではないのだと、思った。それが、嬉しいことも。心温まることも・・・・・・なんていうのは大げさか」

「・・・・・・」

「1人でいるよりも、誰かが隣にいるほうが嬉しい。今じゃポルナレフのうるささが恋しいときもあるくらいだよ。旅は過酷だったけど、あの明るさに救われていたのかもしれない」

「おめーら、良くつるんでたな」

「?・・・・・・そうかい?」

「・・・・・・おめーはジジィにも懐いてたな」

「・・・・・・そう、だったかな?・・・・・・実質リーダーだったじゃないか、頼りになったし、戦い慣れしていて・・・・・・て、僕は何を」

「・・・・・・・・・・・・知らん・・・・・・」

「なんだよそれ。君、目をそらしたな。窓の外見ていた」

「気のせいだろ」

「君は無口すぎる。急にだんまりを決められると、怒らせたのかと思ってしまうよ」

「怒っちゃいねーし、別に黙っているわけじゃねえ」

「へぇ」

「旅のことを思い出していただけだ」

「へえ、君でもそんな事があるのか」

「どういう意味だ、オラァ」

「前だけ見て、進んでいくタイプの人間だと思っていた」

「たまには後ろも振り返る、ってのをあの旅で憶えたんだろうな」

「戦線離脱してすみませんでしたね」

「ふ、そういうことじゃねーよ」

「ハハ、冗談ですよ」

「おめえの怪我は・・・・・・なんだ・・・・・・いや」

「うん?」

「なんでもねぇ」

「なんだい?」

「なんでもねえよ」

「ずるいな、その言葉で逃げるのは今後、無しにしよう」

(承太郎舌打ち)

「この日常が温すぎて、あの頃、気にもしなかったことが、気になるようになったな。それを何となく思い出すのが癖になっている」

「物語のヒーローになったような旅だったからね。・・・・・・敵の事とかかい?」

(承太郎黙ってタバコを咥える。暫し沈黙。花京院は彼の言葉を待っている)

「いや・・・」

「なんだい、知りたいな」

「・・・おめーには言わねえ」

「エキゾチックな美女を思い出すのか?」

「は?聞こうとすんな。言わねぇよ」

「なんだよ、そりゃ」

「コーヒー温くなるぜ」

「あ、ああ。・・・・・・ん、ほんとだ」

(承太郎タバコに火をつける。風除けに口元を手のひらで多い、小声でぼそりと呟く。)

「・・・・・・まだ、言わねえ。まだ、旅は終わってねぇ」



みの字

(承太郎から目をそらし、窓へ視線を移す。そのままあごの下に軽く握った手を添える花京院。)

「君の言うことも、わかるような気がするよ。DIOを倒してすべては終わったのに、僕らの中ではあの時の熱さがまだ残ってる。」

(承太郎、怪訝そうにあごをちょっとすくい上げて、花京院の横顔を見つめる。)

「熱?」

「の、ようなもの、かな。」

「なに言ってやがる。」

(あごに当てていた手を滑らせてこめかみにずらし、そこへ顔を傾ける。花京院は承太郎に向かって微笑んでいる。)

「スタンドを使って、敵を倒して、その後に、君だってそうだったんじゃないのか、ずっと体の中が熱くて、戦うということから、心が元に戻らない。スイッチを切り替えるみたいには上手く行かない。僕は旅が終わってここに戻って来てからも、ずっとまだ心が戻らないままだ。」

(承太郎、煙草を吸ってその手をテーブルに置く。煙草からの煙を、ふたり偶然同時に眺めやる。)

「わからねえでもねえが。」

「わかってるくせに。」

「・・・てめーの方が、そういうことには鋭いからな。」

「・・・普通の日常に戻るのは、思っていたよりも難しい。だから、君と一緒にいられることには感謝してる。ひとりだったらきっと、いろんなことを持て余していただろうな。」

(視線を交わして、小さく声を立ててふたりで一緒に笑う。花京院がコーヒーカップを持ち上げると、それを追うように承太郎もコーヒーを一口飲む。)

「てめーの旅は、一体いつ終わる?」

(コーヒーカップを、承太郎の方が先に皿に戻す。花京院はカップを途中で止めて、上目遣いに承太郎を見る。10秒足らずの沈黙。)

「君の方こそ、いつ終わるんだ。」

(花京院がカップを皿に戻すのを見ながら、足を開いて椅子の中に体を投げ出す。テーブルの下で長い足が花京院の領分に入り込んでいるけれど、承太郎にそれを気にしている風はない。)

(煙を吸い込む承太郎。吸いながら花京院から目を離さないけれど、花京院は目を合わせようとはせず、カップに添えた自分の手を見下ろしている。)

「・・・無理に終わらせる必要もねえ。」

「そんな。」

(花京院、顔を上げ、軽く笑う。)

「おれは、てめーとずっと一緒にいたことを忘れたくはねえ。それだけだ。」

「今だって一緒にいるじゃないか。何も変わってない。」

「・・・ほんとうに、そう思うか。」

(静かに、けれど問い詰めるような口調。花京院はややうろたえたように視線を外して、わざと窓の外を見る。)

「こうして、一緒にいるじゃないか、承太郎。」

(花京院には答えずに、承太郎はテーブルの下を爪先で探る。革靴の先に花京院の靴を探り当てて、わざとこつんと触れさせる。靴は逃げないけれど、花京院の肩先は驚いてわずかに跳ねる。)

「おれの言ってるのは、もっと別のことだ。」



きみお

「…僕を試すなよ承太郎。君は、そうやって僕を…いや、僕だけじゃなくて、周りを試そうとする。言葉を引っかけて、相手から崩れるのを、手の内を曝すのをけしかける。」

「心理戦は、テメェの十八番じゃねぇか。」

「君のポーカーフェイスには、舌を巻くがね。」

「で?」

「―――何です?」

「おめーは本当に、旅の間も今も、何も変わってねぇと思ってるのか?」

「変わらないものなんて、何もないさ。僕らの身の丈も、外見も。僕は帰ってきてから、2センチ背が伸びて、178になってたし、体重はまぁ…減ったけれど、君だって一回り大きくなったんじゃないか?顔つきだって、あの頃よりは、うん…そうだな。大人になったし、若干色白になった。」

「……………。」

「親にこっぴどく叱られて、旅の間にはただ『すまない』って詫びようと、両親に『勝手なことしてすみません』って謝ろうと思ってたのに、いざ泣きながら抱きついて来る母や、僕の顔を見るなり背を向けて肩を震わせる父を見て、済まないと思うだけじゃなくて、ずいぶんと彼らは小さくなったって、悟ったりとか。」

「…………花京院。」

「あと、そうだな。制服の、買い換えた制服に。汗とか埃とか…血の匂いを感じなくて、安心するのと寂しさがないまぜになったり、とか。ポルナレフのいびきが懐かしいとか、ジョースターさんの蘊蓄が、じつは結構適当だったってわかったとか、アヴドゥルさんの占いを、一度は頼めばよかったとか。」

「……花京院。」

「近所の飼い犬が、ご主人に必死に尻尾振ってるのをみて、そういえばイギーは一度も僕らに尻尾を振ったりはしなかったな。とか。」

「花京院、俺はてめーの―――。」

「あと。」

「思い出話を聞きてぇわけでもはぐらかしに乗るつもりも―――。」

「君の、ポジションが、旅の間はあんなに遠かったのに、そう感じてたのに、今ではすぐ隣に…いつだって近くにいるんだって、分かったこととか。」

「―――。」

「………はぐらかしてるんじゃあないんだよ。僕は少しも話を逸らしてるわけじゃない。」

「………………。」

「喫茶店で煙草は、さすがに学生服ではまずいですよ。…変わらないものなんてないんだ。そう考えてる自分が『別人』じゃないってだけで。あの旅は僕らを変えたし、世界を変えた。僕と、君の―――気持ちや、ポジションだって変わった。…あんな冒険でもなけりゃ、君みたいな絵に描いたような不良と知り合いになるきっかけもなかったしね。……承太郎。」

「…なんだ。」

「…承太郎、僕は手の内を隠してゲームをするつもりも、はぐらかすつもりもない。…降参するってわけじゃあないけどね。僕は、もう、隠さないさ。隠すことをやめたんだ。承太郎。」

「………………。」

「承太郎、手の内を隠すのを、やめろよ。僕はテーブルに全部ばらけたって構わないって思ってるんだ。…まぁ、常識の範囲内で、ですが。今度は、君の番だよ。」

(承太郎、ポケットの中に手を突っ込んでいた指先が、カサリと煙草の袋に触れる。握りつぶしたそれの音を聞きながら、花京院から目をそらさずに、にやりと笑う)



綾音

「そんなに、性格悪かったか、お前」

「僕は元々こういう性格だ、隠してたんだよ。さっきも言っただろ、手の内を隠す事はもうしないって」

「よく言うぜ」

「それは、どうも」

「まあ、お前がそう言うんなら、話は早え。直球で話してやる、黙って聞いてろ」

(花京院、すこし楽しそうに身を乗り出す。頬杖をついて、やや笑う。沈黙。時間にすれば数十秒であろうが、ここはとても長く感じる、永遠にも思える数十秒を体感するふたりを表現する)

「…―てめーが必要だ」

「…そうですか」

「旅でのポジションは、確かに遠かったかもしれねえ。てめーはやたらジジイや
ポルナレフに懐いていやがったしな。だが、そんなの関係ねえ
今、俺にはお前が必要だと、正直に思う」

「承太郎」

「怪我をした時、お前がDIOにやられた時、俺はあんなに悔いた事はねえって位後悔した。後ろを向いた、犠牲になったお前の事を思えば、向くべきじゃなかったに違いねえ。だが、向いた。それは、捕らわれていたからかもしれねえと、自分の脆弱な部分に掴まっちまってるだけじゃねえかと、そう、思った。正しくは、“思い込んでいた”」

「…そうか」

「お前が助かったと解った時、俺は安堵した。情けねえが、膝の力が抜けちまった。これが“安心”だと、心から理解した。俺が一番、あの旅の後に痛烈に味わった感覚だと思うぜ」

(コーヒーカップに備え付けてある銀色のスプーンをおもむろに持ち、花京院は殆ど中身の入っていないカップをかき混ぜる)

「―ふと感じた、“アイツがいねえのは、駄目だ”…根拠はねえ、感情に、根拠なんかない」

(スプーンと陶器があたる音が、ちいさく響く)

「お前は帰ってきた。生きてまた歩き出した、責める事なんざしねえし、重荷に感じる事もねえ、お前にも、そんな事考えて欲しくはねえ」

「……承太郎」

「確かに遠かったかもしれねえ、遠回りもしたかもしれねえ」

「…そう、なのかい」

「だがな、花京院。俺にはお前が必要だ。今までもそうだったみてーに、これからもだ」

「承太郎」

(先程と同じ様な、沈黙。スプーンの音はいつの間にか止んでいる)

「………―もう、良いだろ」

(窓の外の通りを眺め、目の前の男から目を逸らす。照れているのかそうでないのか、表情はうかがいしれない)

「…君の、直球は、随分遠くから投げる上に、思いの外遅いんだな」

「うるせえ」

「僕も、君が必要だ、わかるかい」

「ああ」

「―…今、こっちみないでくれよ」

「は?」

「とても人に見せられない顔してる、わかるかい」

「見てねえんだからわからねえ」

「なら、そのままでいいんだ」



◇mm◇

(沈黙が続く。承太郎は言われたとおりに花京院を見ず、頬杖をつき、窓の外を行く通行人ばかり見ている)

(花京院は俯き、自分の膝ばかり眺めている。承太郎、胸ポケットから再びタバコを取り出す)

「さっき、注意したばかりだぞ」

「やっと、顔を上げたな」

「・・・・・・だから、見ないでくれよ」

「赤い」

「恥ずかしいんだ・・・・・・言って欲しかった。確認したかった。こんな風に誰かを・・・君を思っているのは僕だけじゃないのだと、知っておきたかった。例え、軽蔑されようとも」

「軽蔑する相手なら、一緒にはいねぇな」

「うん、だから、そうだと思っていたんだ。この結果に、僕は喜べるのだろうと、君と過ごしていて確信した。ずるいだろ?」

「・・・・・・ずるいな」

「・・・!・・・・・・すまない・・・」

「俺ばかりに言わせてよ、お前はどうなんだ?あ?」

「同じです。僕も、同じ。君と一緒に居たいんだ」

「・・・・・・そうか」

(承太郎、手を伸ばして灰皿を取ろうとする。花京院、それを止めようとして思わず手が伸びる。灰皿は花京院の側にあったため、承太郎の手が、花京院の手のひらを掴む)

「・・・・・・あ・・・・・・っ」

「花京院」

「喫茶店で、煙草は止めろと・・・・・・」

「でも、お前に触れた」

「・・・・・・は・・・・・・?」

「お前に触れるのに言い訳を作るのはこれっきりだ」

「え?」

「あの旅でも、これだけ近くに居たのに、言い訳も思いつかなかった。いや、触れること自体、おかしい事だと」

「そういえば、ええ・・・触れることなんてなかったな」

「ああ」

「君の手、温かいな」

「そうか」

「はい」

「大きい」

「そうか」

「カサカサしてて良かった。僕、湿った手はどうも苦手で」

「ハ・・・なんだそりゃ」

(二人とも笑う。承太郎、花京院の手のひらから自分の手をどける)

「・・・・・・この店、暑いな。暖房強すぎなんじゃあないのか」

「暑そうなのはお前の顔だけだぜ」

「また君は・・・そういう事を・・・」

「コーヒー、飲んじまえよ。もったいねぇ」

「君だって」

「その前に煙草」

「あ」

(花京院が手を放した隙に灰皿を奪い、素早く煙草に火をつける)

「君って相当、手癖が悪いんじゃあないのか?」

「手は速いほうだな。覚悟しておけよ」

(承太郎、花京院を指差す、いつものポーズに)

「やれやれ、ですね」



◇みの字◇

「人の台詞を取りやがって。」

「君の手癖の悪さを真似てみただけだ。口だけじゃなくて、手も実際にやってみよう。」

(椅子から腰を浮かし、テーブルを横切って承太郎の方へ手を伸ばして来る花京院。あごを引き掛ける承太郎に構わず、唇から煙草を抜き取る。)

「僕の周りで煙草を吸う人間は君だけだ。」

(笑顔のまま椅子に座り直し、自分の方へ憮然とした表情でいる承太郎の手つきを真似て、意外に器用な仕草で煙草を口元へ運ぶ。)

「おい。」

「吸わないよ。振りだけだ。君じゃあるまいし。」

「・・・みっともねえ、似合わねえからやめろ。」

「そっくり同じ台詞を君に返そう、承太郎。もっとも君の場合は、制服のくせに似合い過ぎてるから困るんだが。」

(花京院へ向かって、自分の前にあった灰皿を承太郎が滑らせる。花京院はそれを受け止め、灰皿の中で神経質にまだ長いままの煙草をぎゅっぎゅと丹念に押し消す。)

「てめーといる限り、煙草は吸えねえってわけか。」

「・・・そうしてくれるとありがたいと言ってるんだ。一緒にいると煙草の匂いが僕にも移る。両親が気づくたびに顔をしかめてる。」

(両親と言われて、承太郎ははっきりと顔をしかめる。言葉を探すように、何度か唇だけが動く。)

「・・・意味深長なことばっかり言いやがって。」

「君が僕の言った言葉の裏をちゃんと読み取ってくれててうれしいよ。」

(カップを取り上げ、残っていたコーヒーを全部飲む。カップから唇が離れ、顔が全部見えたところで承太郎が言葉を投げる。)

「今度は、おれがもっと美味いコーヒーをいれてやる。」

(空になったカップを皿に戻した後で、花京院は承太郎に向かってにっこりと微笑む。)

「そういう話は、外に出てからゆっくりしよう。」

(そのまま沈黙。ふたりとも、テーブルの上に乗っている互いの手を見つめている。)

(上目遣いが時々ぶつかるけれど、ふたりとも自分の方からはまだ何も言わない。)

「そろそろ。」

「おう。」

(まだ席は立たない。何か考えている風に肩をすくめ、承太郎がついにという仕草で、制服の胸ポケットから煙草を取り出しテーブルに放る。)

「行くぜ。」

(学生カバンを取り上げてそのまま先に立ち上がる承太郎を、花京院は驚いてまだ座ったまま眺めている。)

「置いて行くのか。」

「・・・てめーが吸うなって言うからな。」

「・・・じゃあ、ライターも置いて行けばいい。」

(承太郎が絶句する。5秒後、胸ポケットからライターも取り出し、少し怒ったような仕草でテーブルに放る。かたかた音を立てて跳ねるそれを、花京院が掌でとらえ、放った煙草の隣りにきちんと置く。その後で、笑顔で承太郎を見上げる。)

「やれやれだぜ。」

(帽子のつばを引き下げながら承太郎がつぶやく。花京院は微笑んだままやっと席から立ち上がる。)



◇きみお◇

「日が短くなったなぁ…。」

「なんだ、ジジくせぇな。」

「だってさ。ついこの前までは、まだこの時間は明るかったのに―――。」

「……あぁ。」

「時間が経つのは、早いなぁ。」

「―――そうだな。」

「そうやって、年を越して、さ。僕らの旅も、過去になっていくんだ。きっと。」

「……………。」

「アヴドゥルさんやイギーの事を忘れるわけでも、ポルナレフやジョースターさんの事を、過去の思い出にするわけでもないんだ。ただ、こうやって、時間を超えて…あの時の苦しみや悲しみや、楽しみや驚きもみんな…記憶の中で整理されていって、『そういう事もあった』って、振り返ることになるんだろうね。」

「……………。」

「今の一瞬が、過去になって、どんどん積み重なって、さ。それで、今はまだあの旅の事がついこの間みたいに感じるけど、数年したら、過去の話になっていくんだ。」

「……………。」

「それで、いいんだ。それで―――いいんだよ。」

「ずいぶん、悟りきってんじゃねぇか。」

「ん…。そうだね。だって、僕らは、前に進まないといけないからさ。過去を振り返ってばかりもいられないし、振り返らないわけにもいかないから。」

「生き残った奴らの、義務ってやつか。」

「そう―――だね。そうかも。でもそれよりもさ。そうやって、過去を積み重ねて、生きていくんだ。皆。そうして、振り返った時に、僕らは皆『こんな道をたどってきたんだ』って、誇りに思うんだよ。恥ずかしいこととか、情けない事もひっくるめて。今の自分があるのは、過去の自分が、過去の彼らがあるからだって、確かめる為に振り返るんだ。きっと。そうやって……生きていくんだ。」

「………やっぱジジくせぇよ。」

「そうかな。」

「18にして既に『人生に迷わず』ってやつだ。この分だと5年後には、悟りでも開いてるんじゃねぇのか。」

「それも、いいかもな。スタンド相手に説法でも説くかい。」

「勘弁してくれよ。聖人相手じゃ、手も出せやしねぇ。」

「…………あー…うん。……それは、困る、かも。」

「顔、赤いぞ。」

「煩いな。夕焼けの所為だ。夕焼けの。」

「ま、何にしても、だ。」

「ん。」

「俺もお前も生き残って、俺は煙草をやめて、お前ぇは高校生にして大悟に至れりってやつで。」

「……承太郎、からかってるだろ。」

「まぁ、そうむくれるな。……旅は終わっても、相変わらず一緒につるんでだ。」

「うん。」

「旅の間じゃ、やりたくてもやれなかった事とか、言いたくても言えなかったこととか、まぁ、いろいろあるが…それを一つずつこなしていけば、いいってこった。」

「………ん。」

「変わらねぇが、そうやって、変わっていきゃあ、いい。」

「うん………。」

「………………顔、赤いぜ。」

「………だから、それは夕焼けの所為だって―――。」

「そうか、俺はてっきり。」

「―――何?」

「や。陰、見てみ。」

「え、あ。……あ。」

「………繋ぐか?」

「………え?」

「手。繋ぐか?陰だけじゃなくって。」

「――――あ………え、っと……。」

「お前ぇ、耳まで赤いぜ。」

「承太郎ッ。」

「怒るなよ。さっきの悟り開いたみてぇなジジくせぇセリフは何処にやった。」

「君……結構、粘着質だよな。」

「おう。悪いか。」

「いや、もう、知ってたけどさ…いいよ、別に。そういうのも、君なんだし。」

「まぁ、末永く、よろしく頼む。」

「……うん。」

「で?」

「え?」

「繋ぐか?って、聞いてるんだが。」

「………………。いい。」

「あ?」

「今は、まだ―――いい…。そのうち、おいおい……。」

「『おいおい』、ね。」

「うん。」

「こなす事が、多そうだ。」

「イベントが多くて、いいじゃないか。」

「………だな。」


(夕暮れの中を、ゆっくりと歩く。陰が道に長く伸びて、陰の指と掌が重なり合っている。二人は時折、肩を揺らして笑いながら、歩いて行く。)

(遠ざかる二人。茜色の街中を、徐々に小さくなる人影。)


─ 幕 ─




いつも絵チャ主催で協力してくれる立太さんへ、リレチャメンバーがお礼代わりにとリレー合作したもの(2009/08/04)。
どこを誰が書いたかは、「すべて選択」で反転して下さい。
立太さんが飾っててくれたものをサルベージ(2010/02/09)。
りったんありがとう、そしてお疲れさまでした!

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