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春よ来い (小鳥承花)

 丸っこいその小さな鳥は、ちょんちょんと筆の先でつついたような目鼻をつけて、他の同じ鳥はただ真っ白なのに、なぜか右側の目の上が、木の実の汁でもなすったように毛がひと筋赤い。鮮やかな赤が花のようだと、その鳥は花京院と呼ばれていた。
 その赤さがどこにいても目立って、一緒にいると敵に狙われると、仲間に疎まれていつも1羽だった。
 花京院よりもひと回り大きな、これは一体どういう種類なのか、深い鮮やかな青の、背筋にだけ緑色の羽毛を生やした鳥が、一体何を気に入ったのか、1羽でいる花京院を見つけると、いつも同じ枝に寄って来る。彼は承太郎と名乗った。
 承太郎は長い尾羽も持っていて、どこから見ても威風堂々と、花京院の赤どころではなく目立つ青い全身をすっくと伸ばし、自分よりずっと大きな鳥が近くへやって来ても、羽を大きく広げ、尾羽を振り立てて敵を追い払ってしまう。花京院はその羽の陰に隠されて、敵が去るのを静かに待つのだ。
 花京院が見つけた木の実の枝へ、今日は2羽で連れ添ってやって来て、花京院がふた粒目の実をつつき、承太郎が三粒目を、これも姿と同じほど長く美しいくちばしを開いて、丸ごと飲み込もうとしていた。
 「木の実がまた少し増えて来たな、承太郎。」
 木の実の汁で小さなくちばしを青く染めて、花京院がぴいぴい言う。
 「春が近いからな。やっとまた飢える心配がなくなるぜ。」
 「君は体が大きくてたくさん食べるから大変だな、承太郎。」
 花の蜜でも腹を満たすのは何とかなる花京院は、それがくせの、小首をかしげるようにして承太郎を見上げた。
 冬の寒さと冷たい風で、承太郎の羽は少しだけ艶が失せている。夏には強い日差しを浴びてきらきら光るその青を思い出して、花京院は早く季節が巡ればいいと思った。
 少しでも助けになればと、花京院は一緒にいるといつも承太郎の羽をつくろって、そんな花京院の丸い頭の、赤い筋を承太郎や優しくくちばしの先で梳いてくれた。
 承太郎を抱きしめるには花京院の羽は少し短すぎて、けれど承太郎はそんな花京院をいつも自分の広い羽の下へかばって、冷たい風から守ってくれる。
 「君はいつも僕に優しいなあ。」
 花京院がそう言うと、承太郎はぷいとよそを向いて、
 「てめーといるとあったかいからな。」
とぶっきらぼうに言う。
 丸い花京院の、ふわふわの羽がとても触り心地が良いのだと、花京院自身は知らず、承太郎は別に自分の青い羽色に文句はないのだけれど、花京院の白と、少しだけ赤いその色合いが、何だかむやみに好きなのだった。
 似たところのない違う同士、自分と違う相手がいとおしくて、どうして承太郎は、花京院は、自分と一緒にいてくれるのだろうと不思議に思っている。
 寒い冬を過ごすのに、一緒にいればあたたかいのだ。しんしんと雪の降り積もる、あらゆる音を吸い取るその雪の夜には、互いの鳴き声が慰めなのだ。
 ぴいぴいと花京院が承太郎を呼ぶ。ぼうぼうと承太郎が花京院を呼ぶ。2羽は大きさの違う体を寄り添わせ、くちばしを互いの羽の中に差し入れるようにして、ちょっといびつな柔らかな丸い形になって、空腹をちょっぴり残念がりながら、冬の夜を過ごすのだ。
 その冬が、そろそろ終わろうとしている。
 春の穏やかな日差しに、花京院の白い羽毛はほやほやと柔らかく輝くだろう。春が過ぎて夏が来れば、承太郎の羽色は誰よりも鮮やかに映えるだろう。
 ふたりはそうして冬を過ごしながら、季節の巡りを待っている。
 花京院の春の白さに焦がれて、承太郎はもう空気の中に春の匂いを嗅ぎ取っている。花京院は夏の承太郎の羽色の照りを恋しがって、冬の間にもせっせと羽つくろいを忘れない。
 上の枝へ移って、花京院は見つけた木の実を承太郎へ譲った。譲られたひとつを、承太郎は花京院へ分けた。
 「お腹がくちくなったな。昼寝をしよう承太郎。」
 ぴいぴい花京院が言う。おうと承太郎が応えて、広い羽を伸ばして、花京院を引き寄せる。
 ふたりはぴたりと寄り添い、色でしか見分けのつかないひとつの球体になって、すっかり穏やかになった冬の風に、なまあたたかさが確かに混じるのを感じながら、一緒に丸い目を閉じて、こくりこくり居眠りをする。
 「承太郎。」
 「なんだ花京院。」
 「春になったら、君の目みたいに大きくて丸くて木の実を探しに行こう。」
 「おう。」
 まだ地面にわずかに残る積雪の、花京院の羽と同じ白さへ目を細めて、承太郎はもっとぎゅっと花京院へその青い身を寄せた。
 白と青の球体を照らす陽が、ほのぼのとぬくみを増し、互いの羽のぬくもりの中で分け合う夢の中に、2羽は春の足音をかすかに聞いている。
 春はもう、確かにそこまで来ているようだった。

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