必ずそうと言うわけではなかったけれど、火曜の放課後に、おれの家に来いと誘われるのは、半分くらいはそれが目的だった。
 ホリィが最近、何かの集まりに出掛けるようになったとかで、その日は夕食の時間を過ぎても帰って来ないから、承太郎の部屋にふたりで閉じこもっても、誰にも何も言われない。
 外の気配がわかる程度には音量を落として、けれどふたりで音楽でも聞きながら宿題でもやっていると、そう思わせる──誰もいないけれど、一応の用心だ──ために、そうやって、互いにうなずき合ってから手が伸びる。
 髪に触れて、首筋に触れて、唇が重なる頃にはもう充分切羽詰っていて、承太郎はせっかちに指先を滑らせて、花京院の素肌に触れようとする。花京院も同じようなものだ。
 腹や胸、まだ明るい部屋の中で全部晒すのは少し勇気が足りず、花京院はみぞおちに広がった傷跡をあまり見られたくはなかったから、シャツのボタンも滅多と外さない。
 服を脱がせる手間を惜しんで、大抵は手指だけで互いに触れる。唇を使うという方法を知ってはいたけれど、その辺りで冒険を恐れないのは、いつだって承太郎の方だ。
 今日はなぜか承太郎の手が、諦めずに花京院のシャツのボタンに伸び、いくら止めてもひとつひとつ確実に外されてゆく。
 傷跡を隠そうと体をねじるけれど、承太郎の腕の中からは逃げられない。
 いやだと、そうはっきり口にすることもできるのに、花京院はそうしなかった。
 承太郎に触れられれば、いつだってもっと欲しくなるから、承太郎が欲しいのなら、それはそれでいいと、今日は思う。
 だから、ボタンを外す手を避けるくせに、いつもはせいぜい前を開くだけのズボンが、下着ごと今は膝下近くまでずり下げられているのに、むしろ手を貸そうと何度も腰を浮かしていた。
 花京院の服を脱がしながら、承太郎も自分で服を脱ぐ。上着は、部屋に入った瞬間床に落ちていたし、タンクトップは丸まって、床を蹴っている花京院の爪先に当たっている。
 承太郎の裸を見るのは、わりと珍しいことだった。
 体にぴったりと張りつくシャツでは隠していることにもならないけれど、これで意外と、いわゆる裸体を晒して見せびらかすような趣味はないのだ。そのことを知って意外に思ったことを思い出しながら、花京院は承太郎の腕に引き上げられて、すぐそばのベッドに上がった。
 いつもなら、坐った姿勢で互いの躯に手を伸ばすことが多いから、横たえられた上にのし掛かられて、花京院は思わず肩を引きかけた。引こうとしたところで無理だと気づいてから、少しうろたえているのを悟られないように、一生懸命承太郎の裸の肩に両腕を回す。
 肩甲骨を両手で包み込むようにした後で、横腹を滑り落ち、それから、承太郎の脱ぎかけのズボンに手を掛けた。
 今日はどうやら、そういう気分らしい。花京院の手には逆らわずに、それを手伝って承太郎も素足を晒した。
 ベッドの上を蹴るようにズボンを脱ぎ捨てると、不精に手は使わず──花京院を抱いているのに忙しかったからだ──に、そのまま足首からベッドの下へ抜き落とす。2本回したベルトの金具が、床に当たってひどく派手な音を立てた。
 承太郎のベッドに上がることなど滅多とない。大きさは充分だったけれど、そこへ上がるのはやはり失礼だという気持ちがあって、シーツにぴったりと背中をつけて承太郎を抱き返しながら、上からも下からも承太郎の匂いに包まれて、花京院はひとりで先走りそうになって、思わず爪先に力を入れた。
 躯が全部重なっている。触れる胸や腹の辺りに、傷跡のひきつりも伝わっているだろうかと、思い当たって、思わず体を縮めた。承太郎がそれを見逃さずに、体の重みを全部掛けて来る。押し潰されて、息苦しさに喘ぐと、開いた唇を狙っていたように、承太郎の舌が触れて来る。
 花京院を完全に押さえ込んで、その間に、承太郎が花京院が敷いている枕の下へ、もぞもぞと手を突っ込んでいた。
 「おいちょっと待て承太郎。」
 抜き出した手の指先には、いまだ見覚えることのない四角いパッケージがつままれていて、何に使うのかもちろん知っていたけれど、制服で買いに行けるようなものではないし、隠し場所にも困る──少なくとも、花京院には──代物だから、承太郎がそれを手にしているのを見て、花京院は軽く狼狽した。
 そうするのは初めてではないし、今さら特に抵抗もないけれど、それは大抵週末に限られていたから、明日は学校がある、まだ週中だと言うこのタイミングに、素早く優等生の計算が働いた。
 「あさって体育があるんだ、今日は──」
 「やかましい、せっかく買って来たんだ、使わせろ。」
 そう言う目の前でパッケージを歯でちぎり開け、片手だけで器用に着けてゆく。自分の腹の辺りへ視線を凝らせて、花京院はせいぜい承太郎の胸を押し返そうと、無駄に腕を伸ばした。
 脚を開かされて、その間に、全裸の承太郎が割り入って来る。なぜだか、半端に前を開いて、最低限で触れ合う時の方が、恥かしい気がした。
 それはきっと、肩にも胸にも筋肉の盛り上がった、見ているだけでため息の出そうな承太郎の体のせいだったのだろうし、そうやって躯を重ねれば、あまり見られたくはない辺りは互いの体の陰に隠れてしまう、その姿勢のせいもあっただろう。
 結局シャツは、前を開けただけで着たままだったから、承太郎に見下ろされて、承太郎に比べれば貧相にしか見えない自分の肩や胸が隠れていてよかったと、花京院は頬を赤らめながら安堵する。
 承太郎の、自分の方へ近寄った膝に腰を乗せるような形に、躯が重なって、いっそう大きく割り開かれた脚が、かすかに痛んだ。
 もっと楽になろうと、ごく自然に承太郎の腰へ足首が回り、それをどう取ったのか、承太郎がにやっと上で笑う。
 その一瞬後で、承太郎が、ぬるりと触れた。
 ゴムの膜が滑る。案外と簡単に躯は繋がるのだ。問題はその後だったけれど、ここでいつも怯んで一度躯を引くのが常な承太郎が、今日はやけに強気で、むしろ花京院をもっと近くに引き寄せようと動く。
 承太郎のそれを、なるべく楽に受け入れようと、花京院が反らせた背の隙間に、承太郎は太くて長い腕を差し入れた。
 そのまま、腹の辺りを持ち上げるように、下腹の辺りが、ぴったりとくっついた。
 不意に深くなった繋がりと重なりに、花京院はうっかり叫ぶように短く声を立てて、その自分の声に驚いて、また顔が赤くなる。
 ステレオから聞こえるカミソリのようなギターの音よりも、自分の声が大きいと思ったから、花京院は慌てて自分の腕を唇にかぶせた。
 面白そうに、承太郎が体を倒して来る。
 腹が重なり、そこに勃ち上がった花京院を、わざとこするよう動いて、花京院がまた声を立てるのを、そして声を殺そうとシャツの袖に歯を立てるのを見て、まだ大丈夫だと思っていた気持ちが、一瞬で失せる。
 承太郎は、花京院を眺め下ろす余裕を失って、腰に回していた腕を抜き取ると、そのまま花京院を抱きすくめた。
 後はもう、何も考えられずに、ただやみくもに押し入った。
 花京院の腕を取り、自分の下に敷き込んで、その上で躯を揺する。楽になろうと、足は承太郎の腰に絡んでいたけれど、承太郎の背中のつけ根辺りを叩く靴下のかかとも、そのうちずるりと滑り落ち、承太郎の体の脇で力なく揺れるだけになった。花京院は承太郎の体の下で、ただ受け入れるだけで精一杯だった。
 こうやって、何もかもを投げ出してしまうのが、嫌いではない。
 承太郎を受け入れるのは、ひどく体力のいることだから、いつもというわけには行かないけれど、承太郎とこんな風に触れ合うのが、花京院は口には出さずに好きだった。
 承太郎を見上げる。自分と同じほど呼吸を荒げて、もっともっと深く入り込みたいと思っているのだと、躯の内側から伝わって来る。自分が、こんな反応を承太郎から引き出せるということが信じられず、自分は知らないその奥で、承太郎の感じている熱を、花京院は承太郎の皮膚の上から受け取って、その熱をまた承太郎に伝え、そんな風に、絶え間なく回り続けるふたりの熱の行方だった。
 慎みのない声を上げて、慎みのない動きで、重なった腿が当たって音を立てる。花京院も承太郎も、その姿勢を保っていることができずに、花京院がひと際深く吐いた息の後で、それを合図に躯の動きを止めた。
 まだすぐには息を治められず、承太郎が、汗に濡れた額を、花京院の鎖骨の辺りにごりごりとすりつけて来る。
 そうして少し空いた体の隙間に掌を差し入れ、いとおしげに、花京院の腹を撫でた。傷跡へ触れる時には、指先はいっそう優しさを増して、花京院はそれに感謝するように、承太郎の髪に指先を差し入れて撫でる。
 隙間なく重なり繋がっていた躯の間に、少しずつ空気が入り込んで来る。承太郎の呼吸が落ち着く頃にようやく、花京院は体の痛みに気づき始めた。
 「すまない承太郎、重い、どいてくれ。」
 開いたままの脚が痛む。躯の奥も痛む。動けばきっともっと痛むだろう。
 おう、と小さく応えるけれど、承太郎はまだ体を起こさず、繋いだ躯を完全に外すこともせず、花京院の胸の上で憩っている。
 「承太郎、どけ。」
 やっと承太郎の肩を押し返し、抜け出る隙間から肩先を滑り出して、花京院はベッドから降りようとした。
 「まあ待て。」
 躯だけは引いて、けれど承太郎が花京院の腕をつかむ。
 「もちっとゆっくりして行け。」
 自分の前に花京院を引き寄せながら、にやっと承太郎が笑う。
 「まだ、開けたばっかりの箱だからな。」
 「ちょっと、何だ承太郎。」
 離れようとする承太郎の腕の中でもがくけれど、腕力ではまずかなわない。
 承太郎の長い足が伸びて、爪先が、枕の下へ消えた。それから、そこで何やらもぞもぞした後で、器用に爪先につまんだ、お馴染みのパッケージが引き出されて来る。ひとつではない、5個だか6個だか、パッケージが繋がったまま、それはまるで極彩色の蛇のように見えた。
 承太郎の意図を悟り、承太郎の腕の中で動けなくなって、花京院は蛇ににらまれた蛙のようだと自分のことを思った。それが極めて正確な比喩だったと、半分死に掛けたように悟ったのは、パッケージ2つ分後のことだった。


* リノコさま宅絵チャにて即興。

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