非現実的な5つの風景@空想残骸


懐かしい音楽


 「いい時代になったよなあ、昔好きだった歌とか、簡単に見つかるなんてまるで天国だ。」
 ノートパソコンの前に坐って、承太郎のいれてくれたコーヒーをすすりながら、花京院が感嘆したように言う。
 「なんだ、何してやがる。」
 居間の座卓は、そうやって花京院のコンピューターとコーヒーマグに占領されているから、承太郎はキッチンのテーブルに新聞を広げて、4コマ漫画を最後の楽しみに、社会面をじっと眺めているところだった。
 「Youtubeで、ルパンで検索かけたら、いろんなアレンジのが山ほど見つかるんだ。どこかのライブ音源だけじゃなくて、アカペラのもあるんだ。すごいぞ。」
 かすかに、しゃかしゃか聞こえるのは、確かにルパン三世のテーマだ。ノートのスピーカーでは、残念ながら、ジャズ風のアレンジのベースの切れを楽しむことはできないけれど、上に乗っている、カミソリめいたギターの音だけでも、充分面白そうに聞こえた。
 「いちばん最初のルパンは、僕、再放送でしか見れなかったんだ。」
 「ちょっと待て、あれはおれたち生まれてたか。」
 「え、そんなに古かったのかアレ。」
 ぱちぱちと、薄いノートのキーボードを、花京院がすかさず叩く。エンターキーを勢いよく押して、
 「あ、ほんとだ、最初の放映は71年じゃないか。」
 「当然再放送だな。」
 「うん、そうだな。」
 新聞をめくる音の合間に、相変わらずしゃかしゃかという、メロディは確かに聞き覚えのあるルパン三世のテーマが、さまざまな色合いの音で聞こえている。承太郎は、そ知らぬ振りで、それに耳を澄ませている。
 どれも面白かったけれど、やはりオリジナルがいちばんいいなと思ったから、素直にそれを口にした。
 「そうやって聞いてると、ほんものの凄さがよくわかるな。」
 眉を上げて、花京院がモニタから目を離さないまま、肩先でうなずく。はっきりと言葉にはしないけれど、承太郎の言う通りだと思う、という仕草だ。やっと4コマ漫画にたどり着いて、けれどまさそこへは目を走らせずに、コーヒーの残りをすっかり飲んでしまってから、今すぐ花京院の傍へ行って、一緒にYoutubeとやらをがちゃがちゃ楽しもうかと、新聞の残りに心魅かれながら、考える。
 「承太郎おい、どこかの誰かがベルばら全部上げてるぞ! こんなのすぐ削除されるじゃないか!」
 Judas Priestの、1974年辺りのビデオでもないかと、そう訊くつもりでいたところに、突然ベルばらと言われて、口の中のコーヒーを噴き出しかけた。かろうじて、耐えた。
 すでに第1話をすばやく見つけて、すでに見入っている花京院に、ホリィが好きで原作が全巻揃ってるぞと、そう言うのは、後にすることにした。たまにわからない日本語を、ホリィに教えていたから、承太郎も実は全部読んだ──絵柄や惚れたはれたの部分はともかく──のだということと、そしてひそかに面白いと思っていたことは、きっと一生言わないだろうと思ったけれど、確証はなかった。
 アニメの方は見たことがない。とりあえず、今日は花京院が飽きるまで付き合うかと、背中を丸め気味に目を輝かせている花京院の傍へ、もうすっかり新聞からは心を離して、承太郎はゆっくりと足を運んでゆく。


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