非現実的な5つの風景@空想残骸
動かない時計
珍しくふたり連れ立ってスーパーマーケットに出掛け、空になった冷蔵庫を埋めるために、主には承太郎が書いたメモを手に、ウェザーは大きなカートを押して、承太郎の後ろを黙ってついてゆく。
外へ出ることは、いまだあまりないウェザーは、刑務所へ閉じこめられた頃と、棚に並んだ品物があまり変わっていないことに、相変わらず少しばかり驚いていて、それでも見たことのないものを見つけると、足を止めて棚に手を伸ばす。
いつもは徐倫とエルメェス、あるいはアナスイの役目なのだけれど、みな揃って泊まりで遊びに出掛けていて、だから今日は、承太郎が買い物に出て来たのだ。ウェザーが一緒なのは、単なる気まぐれだった。
牛乳を買い、果物を選び、あさって戻って来る彼らのために肉を多めに、そこまでは早かったけれど、菓子を置いてる棚の前で、承太郎の足が止まる。
「エンポリオが好きだったのはオレオだったか。」
クッキーの箱を見下ろして、承太郎が訊く。ウェザーはああとうなずいて、承太郎が取り上げた箱をふたつ、両手で受け取った。
「多すぎないか?」
エンポリオのやることに特には口には出さないけれど、子どもはこう扱うべきと確固たる信念があるらしい承太郎は、見ていないようで、エンポリオの口の利き方や食事の仕方に、きちんと視線を注いでいる。
それを知っているウェザーは、大きなクッキーの箱ふたつを手に、一応口を差し挟んでみた。
「ひとつは徐倫にだ。」
何の感情も込めずに、承太郎が答える。
承太郎がこんな風に言うのは、ほんとうに何も感じていない時と、照れ隠しの時と、ふた通りあるのだと悟っているから、ウェザーは今は後者のケースだと素早く呼んで、わざと承太郎から視線を外して、クッキーの箱をカートの中に入れた。
大きなポテトチップスのを3袋、これは承太郎以外の全員のためだ。さり気なく、徐倫の好きなバーベキュー味が選んである。ウェザーはそれも黙って受け取った。コーラ──ペプシではない。これも徐倫の好みだ──の巨大なペットボトルも3本、帰ったらすぐに冷蔵庫に入れて、今夜TVガイドを読みながら冷えたやつを飲もうと、ウェザーはひそかに決心する。
ジャンクフードで半分カートが埋まった後で、ベーカリーのコーナーへゆき、承太郎はためらわずにアップルパイを取り上げた。
「それも徐倫用か。」
カートの取っ手にもたれかかり、ウェザーは平坦な声で言う。別にからかったつもりもなかったし、徐倫のことばかりに構うのに、焼きもちを焼いたわけでもない。とウェザーは思っていた。
承太郎は一瞬、打たれたように小さくあごを引いて、帽子のつばの陰からウェザーを凝視した。にらんでいるようなその視線に、自分の言ったことを考え直しながら、ウェザーはどうとりなそうかと、ちょっとだけ頭をめぐらせる。
「そうだ。」
ウェザーに負けない平たい声で、開き直ったように承太郎が言う。
それから、少し離れた位置にあった小ぶりのバナナケーキを、放り込むようにカートに入れた。それはウェザーの好物だった。
ウェザーは自分の方を見ない承太郎に向かってちょっと肩をすくめ、元々そのつもりだったのか、それともウェザーの機嫌を取ろうと思ってのことか、どちらかと読み取り損ねて、良い父親ではなかった時期を埋め合わせるように、徐倫のことをしきりに気に掛けている──本人は、こっそりのつもりだ──自分の恋人の、先に立って歩く大きな背中をまた追い駆け始めた。
あまり混んでいないレジの列を素早く見つけ、無言で順番を待っている間に、ろくに視線も動かさずに承太郎の腕が伸び、レジ近くに所狭しと並べられているいかがわしい雑誌類の中から、正確にTVガイドを引き出し、偶然だったのかどうか、それはカートの中の、バナナケーキのすぐ隣りに入れられた。
それを見て、コーラを飲むのはやめようと、ウェザーは思う。
コーヒーをいれて、ケーキを切って、ふたりで並んでソファに腰を下ろそう。刑務所で過ごした、凍った時間を、ウェザーはそうして取り戻してゆくのだ。
承太郎が、徐倫との時間を取り戻そうとしているのと同じに、と思った時に、レジを通り抜けるために、承太郎の背中が黙って動き始めた。
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