ゴルゴ承花 (2)
いつもいきなりやって来る。
合鍵でドアを開けて、中へ入って来て、歩きながら革手袋を取り、そのまま床に投げ捨てる。上着を脱ぎ、ネクタイを取り、シャツの袖のボタンを、その大きな手の指先で、なかなかうまく行かないことに焦れながら、外そうとする。外れる前に、家の中で花京院を見つけて、いつだってその腕を花京院に差し出すことになる。
歩いて来た順に、服が散らばっている。承太郎の後ろにそれを見て、花京院が笑う。
承太郎が差し出した腕を取り、袖のボタンを外してやる。自由になった腕を伸ばし、袖をまくり上げ、そうしてようやく、花京院を抱きしめる。
ここまで、たいてい承太郎は無言のままだ。
「硝煙の匂いがする。」
「そうか。」
それはもう、承太郎の指先に染みついてしまっているのだ。
自分のあごを持ち上げ、承太郎が唇を重ねて来るのに、目を閉じて体を添わせながら、花京院は、手の届く範囲で、承太郎の体のあちこちに触れる。どこかに妙な手触りがないか、怪我はしていないか、そうと告げられる前に探るためだ。
承太郎の体は、以前──どのくらい前かは、その時による──と変わった様子はなく、それに安堵してから、やっと承太郎の腕の中で体の力を抜く。
かかとを上げて、承太郎の唇に、自分からもっと近づいてゆく。そうしながら花京院は、自分の服に手を掛けた。
シャツのボタンを外す。下には何も着ていないから、すぐに素肌が剥き出しになる。それを助けるように承太郎の手が腰に伸びて、ジーンズを引き下ろしに掛かる。前を開けるのを手伝い、引き下ろす手と一緒に承太郎が床に膝を落とすのに、脱がせやすいように足を持ち上げ、シャツの裾から見える自分のそれに、いまだ羞じらいを隠せず、体をねじろうとした花京院の腰を、承太郎の片腕が抱いた。
まだボタンは掛かったままのシャツのその辺りへ、承太郎が頬をすりつけ、小さく息を吐く。それが安堵のため息のように聞こえて、花京院は薄く笑った。
誰かを殺して来たばかりなのだろうその手を、恐れることはなく、自分を抱きしめる腕はただひたすらに優しいだけだと、花京院は体で思い知っている。
殺し屋という職業が、例えば物を売るだとか作るだとか、そういう仕事と同じに数えられないとわかっていながら、何が違うとも言い切れない花京院だった。生き延びるために、その口に充分な食べ物を運ぶために、承太郎は人を殺すことで身を立て、そして、それしか術を知らない、いわば精神の片輪のようなものだと思う。片輪にすらなり損ねた花京院は、尋常とは言えない人生を歩む承太郎の、欠けた部分を補う、けれどそれもどこかが欠けた出来損ないだ。
片輪と出来損ないが、見た目は健やかな躯を剥き出しにして、健やかとは言いがたい睦み合いをする。生殖のためではなく、欲情だけのためでもなく、まるで生まれ立ての子猫が、ぬくもりがなければ死んでしまうから、そのために、ただ盲目に──そして子猫は、文字通り盲目だ──、互いの体温を求めて寄り添おうとする、死なないために互いを求めようとする、その姿にそっくりだ。
人殺しの罪を洗い流すために、承太郎は花京院を抱き寄せる。承太郎の罪を背負い、浄化するために、花京院は承太郎を抱きしめる。
人殺しの後には、必ず必要な儀式だった。
鼻先でシャツの合わせ目をかき分け、直に触れる素肌に歯を立てながら、無駄な肉などひと筋もない下腹へ、唇を滑らせてゆく。それに合わせて花京院が細く息をこぼし、承太郎を抱きかかえるように、体を丸めた。
承太郎の唇が、ためらいもせずにそれをとらえて、唇の中へ誘い込む。そうされれば、ほとんど間を置かずに形を変えて、承太郎の口の中で、そこよりも熱を上げる。深く飲み込まれ、舌の上で飼われて、じきに立ってさえいられなくなる。
花京院は、一度、ほとんど懇願するように、承太郎の唇を無理矢理に外し、すぐ傍にある椅子の中に体を落とす。花京院の足元に這い寄り、片方の膝裏をすくい上げ肩に乗せて、承太郎はまた顔を伏せる。そこも、口の中も、同じように熱い。
片方の足は肩の上に、もう片方は自分の足の間に引き寄せ、花京院のその素足を撫で上げながら、承太郎は片手で自分の前をくつろげる。
花京院を喉の奥に飲み込んで、ただそうするだけで、膨れ上がる自分の熱を、承太郎は片掌であやして、そうして、犬のように、引き寄せた花京院の素足に、躯を揺すってこすりつけ始める。
骨と筋肉の形ばかりが伝わる花京院の足に、掌を添えて、まるでそこが、求める粘膜であるかのように、次第に湿りを吐き出し始める熱を、硬さと張りを増し続ける鋭敏な皮膚を、ただ夢中でこすりつける。
その間に、舌は休まずに動き続けて、花京院を追い立てている。粘膜で花京院に触れ、そうすることを求めてやまずに、いつだって花京院の全身を舐めしゃぶって、花京院を全身で舐めしゃぶりたいと思っている承太郎だ。
肩に乗った花京院の足が、もがくように動く。かかとで承太郎を引き寄せ、けれど蹴る。承太郎から少しでも離れよう──離れたいわけではなく──と、足がそこから滑り落ちるのを、けれど承太郎は許さない。もっと近く、頬の近くへ引き寄せて、そしてもっと深く、花京院を飲み込む。花京院の喉が反って、躯が、椅子の中で踊った。
いやだ、と切れ切れに言う。
ほとんど泣き出しそうに、首を振って、承太郎の肩を押す。
違う。そうじゃなくて。
そんな風な触れ方ではなくて。承太郎のそれが触れている足を、何とか引き離そうと、花京院は無駄な努力をしている。
いやではない。承太郎が触れたいなら、何だって好きにすればいい。けれど、できれば、もっと確かな形に抱き合いたい。もっとわかりやすく躯を結んで、繋がっているのだと感じたかった。
そんなところに吐き出すのではなくて、中に注ぎ込まれたい。熱を交ぜ合せて、そうして、血肉を分け合うのだと、分け合った血肉を、さらに身内に取り込んで、そうやってふたりは結ばれ続けるのだと、自覚──錯覚──したかった。
承太郎と呼んで、肩と腕を引く。自分の上に引き上げて、抱き寄せる。足を開き、膝を持ち上げ、平たく開いた躯の上に、ここに繋がってくれと、承太郎を導く。自分で晒し、拡げて、自分の足を濡らしかけていた承太郎のそれを、包み込むために飲み込みにかかる。
ぎこちなく繋がる躯が、熱に誘われて深さを増し、最奥へ届くと、承太郎は突然、容赦なく動き始めた。
花京院の躯をたわめ、手足を折りたたんで、今度こそほんとうに、飢えた犬のように、花京院の内側の肉にむしゃぶりつく。押し込んで、躯を引く一瞬に、ほとんどえぐるように粘膜をこすり、身内に刻み込まれた激しいひもじさを、花京院の中に叩き込む。
不自然に折り込まれた躯を、承太郎の下で必死に伸ばそうとあがきながら、それでも承太郎に添うために、息の止まるようなこの拷問に、花京院はじっと耐えている。
苦しいだけではない。苦しみがほとんどにせよ、苦しいだけではない。
引き裂かれそうな痛みは、承太郎と確かに繋がっているのだという、何よりの証拠だったから、むしろ苦痛が増すほど、承太郎が身近にいて、ほとんど自分と融け合うほど近くにいるのだと自覚できる。だから花京院は、承太郎が与える苦痛を歓迎して、それをさらにそそのかす。
もっと奥へ、もっと熱く、もっと激しく、何もかも全部、承太郎をすべて。
ひっそりと、孤独を生きることを強いられたふたりが、唯一、孤独ではなくなる瞬間だ。
椅子の一部になってしまったように、そこで承太郎に押し潰されて、花京院はあえぐように、大きく息を吐き出した。
ぬるりと承太郎の躯が外れ、ふたり一緒に荒い息を治めながら、心づけの、触れるだけの口づけを交わす。
椅子の中で、足と体を元に戻して、花京院は、承太郎の熱の名残りが流れ落ちそうになるのを、腰をねじって止めようとした。
乾いた唇を舌先で湿して、承太郎が花京院の下肢に視線を当てる。
「洗ってやる。」
素早く膝裏に両腕を差し入れ、花京院を抱き上げる。
また、硝煙の匂いが、鼻先に立った。
外から持ち込んだ何もかもを、洗い流してしまわなければならない。そしてまた、抱き合い続けるふたりだった。
承太郎の熱さに、躯の内側が慄える。熱さの合間に差し込まれる、懺悔の冷ややかさは、花京院だけが背負うものだ。
だから、承太郎の熱がもっと必要だった。
これから注ぎ込まれる、体を叩く湯よりも、流れる血よりも、飛び出す弾よりも熱い承太郎の熱に、躯がうずく。
浴槽の中に下ろされて、背中を向けて服を脱ぐ承太郎を眺めている間に、伝って流れ落ちたそれに、花京院は思わず微笑みかけていた。
* 2009/4/17 リノコさま宅絵チャ中にて。
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