A (スポ花注意)
にやにや笑う顔が、自分を見下ろしてる。視界はとっくにぼやけていたし、焦点も合わない。白くにじんだその貌(かお)は、熱に溶けかけた、氷の化け物のように見えた。
色素の薄い肌、髪は鮮やかな金色で、目はごく薄い青だ。黙ってただ微笑んでいるなら、ある種の人間たちが、それを得るために殺人すらも厭わないだろう、選ばれた人間の外見。
それなのに、その内側は、何よりも誰よりもどす黒く、卑しい微笑みから、時折腐臭さえただようことがあると、花京院はまれに感じる。
そう思うことが、どれだけ自分の立場を卑しめることかと、わかっているから、決して口にも顔にも出さない。
何をどうされようと、許されるのは、悲鳴とあえぎだけだ。
体の自由を奪われて、開いた躯のすべてを晒されて、それでもまだ、何かが奥に隠されているとでも言うように、花京院を拡げて、その内側を剥き出しにしようとする。もう何も、目の前に引きずり出されていない何も、残ってはいないと言うのに、卑しい笑みを浮かべて、スポーツ・マックスは花京院の中へ、飽きもせずに入り込もうとし続けている。
愛情から発した行いではない。そんなものを、花京院は知らない。花京院はただの、排泄行為を受け入れる容器だ。
女子どもよりは丈夫だからだとか、それを禁じられているはずの立場だから余計にそそるのだとか、それをとてもあからさまに欲しがる風情を許されてはいないけれど求めて悦んでいるからだとか、理由は様々にあるのだろう。聞きたいとも、知りたいとも思わない。
自分が、一体どんな姿に映っているのか、その薄い青の瞳の中に、うっかり見えてしまうことも、時にはないでもなかったけれど、花京院は必死に、それから目をそらし続けている。
乱れた神父服の中に見える、いつも触れているから、うっすら汚れてしまっている十字架と、ひどく鮮やかに---そして淫らがましく---輝く銀色の輪と、そして、その銀色が、粗末な十字架の木の肌よりも映えてしまう、血の色の上がったなめらかな皮膚。
陽にはあまり当たらないけれど、こうして、閉じ込められた部屋の中で、自分をそそのかし追い詰める視線には、いつだってさらされている。
おまえはこういうものなのだと、花京院の外側にも内側にも刻み込んで来る、視線。それは、熱っぽいくせに、氷のように冷たい。
氷の化け物を溶かしているのは、他でもない、花京院の熱さだ。
無理矢理に拡げられて、血の色ばかりのそこへ、熱いくせに冷たいそれが、入り込んで来る。繋がるとか満たすとか、そう言ったことではなく、それはまさしく、骨の間に突き立てられる、焼けたナイフのようだ。
痛みと熱。出し入れの間に、熱はもっと高くなり、化け物を溶かし、花京院は、少しずつ濡れて湿ってゆく。その湿りを、化け物がまた嗤う。
首輪に短く繋がれた両手を、首の後ろを抱え込む形に近く、花京院は指先に触れたシーツを握り込んだ。うっかり指を伸ばしていて、祈りの形に合わせてしまいそうだったからだ。
開いた足が、スポーツマックスの腰の向こう側で揺れている。
一度深く入り込んだくせに、今は躯を引いて、浅いところから、それ以上は入り込んで来ようとしない。閉じようとする小さな筋肉の集まりが、いちばん押し広げられる位置を保ったままで、スポーツ・マックスは、からかうような動きを繰り返している。
そうされると、腰の辺りがねじれて、脇に抱え込まれた脚をばたつかせて、もっとすべて奥まで満たしてくれと、躯が勝手にうねる。
躯の内側を切り裂かれるイメージが、強烈に脳を染める。イメージだけではなくて、ほんとうにそれが起こってはくれないかと、真っ赤に染まった内臓がうごめいて、スポーツ・マックスをもっと奥へ誘っている。
これは小さな死だ。自ら命を断つことを許されてはいない花京院が、求められる精一杯の、小さな死だ。安らかではない。訪れるその様は、ただただ激烈な拷問だ。それでも、その死に襲われた瞬間、もう目覚めないですむかもしれないと、穏やかな気分に誘われる。
目を閉じて、眠りのような感覚の中へ墜落してゆく。けれど、また襲われる苦痛の拷問が、花京院を現実に引き戻す。
殺されはしない。道具は、殺されたりはしない。道具を扱うその手が、花京院の首を絞めたり、心臓を止めるために何かをしたり、そんなことは絶対にしない。
引き伸ばされた苦痛は、苦痛でしかないはずなのに、時折、脳の襞の間で、快楽へ変わることがある。それはけれど、そうして感じることで相手を悦ばせるという、ただそれだけの快感に過ぎない。
悦んでいるのだと感じるのが、ほんとうに自分の内側から発したものなのか、それとも、そう感じることを強制され続けたせいなのか、どちらがほんとうであっても、花京院には傷つくことしかできず、おまえはそれが好きだし、それに相応しいやり方で使ってやってるだけだと、目の前の瞳が言っている。
それはきっと、ほんとうにその通りなのだろう。
穢れた自分が、これからまたどれほど穢されようと、何も変わらない。世界の穢れを、ほんのわずかでも払うために、その穢れを自分が背負えるなら、そのために神の元へ導かれたのだからと思い込まずに、死さえ許されない拷問に、どうしてこんなに長く耐えられるだろう。
もっと、と躯が言っている。意思と関わらず、拡げられ、侵され、もっと剥き出しにしてくれと、自分の穢れをもっとあらわにしてくれと、躯が言っている。穢れを引きずり出し、よりいっそう穢れを重ねるために、スポーツ・マックスが、欲しがる花京院を見下ろして、にやりと笑う。
急に、躯が深くなり、そして、そこで、花京院はスポーツ・マックスの形をはっきりと感じた。
あふれるという生易しいものではなく、受け入れたその形を突き破ろうとする、獰猛な動き。
殺さないためではなく、殺すために嬲ってくれと、花京院は、白くなる頭の後ろで思う。
耳の近くに短く伸びた鎖が、じゃらじゃらと音を立てる。耳に着けた銀色の十字架が、背徳をいっそう罪深く見せる。
罪深さを全身に背負って、罪深さそれ自体で、形作られた花京院だった。
声を上げるようにむごく扱われて、短い呼吸で酸素が足りなくなった頃、ぬるりとスポーツ・マックスの躯が遠のいた。
花京院の、たった今見せた淫らさを思い知らせるように、ゆっくりと外れる躯が、まだ熱くうねる内側を、わざとこすってゆく。
躯を外しても、拡げられていたそこはまだ開いたまま、入り込んでいた自分の形を目に確かめて、スポーツ・マックスはまたにやりと笑う。
広げ切った腿の内側の薄い筋肉が、かすかに震えているのも見えた。
その視線に、また躯がうずくのを止められず、花京院はシーツに頬を押しつける。
そうして、流した視線の端に、一度も触れられることのなかった、自分のそれが、血の色を濃く上げて、けれど白く濡れて汚れているのを見る。
腹の上に吐き出した覚えすらなく、それが、自分の正体を、何よりも赤裸々にしていた。
躯を開いたその姿勢のまま、頬近くに触れた、十字架のピアスのなまあたたさに、花京院は喉元にせぐり上がる塊まりを必死で飲み込んで、見下ろされている自分こそ、手足をねじ切られた、神経だけが剥き出しになった、虫の化け物だと思った。
人の皮をかぶった化け物の自分が、また殺され損ねたことを何よりも悔やんで、目尻にあふれそうになった涙を、シーツに押しつける。
嗤ったスポーツ・マックスの唇が耳まで裂けて、牙が見えたと、そう思った。
その牙が、自分の皮膚に突き立つ。そして食い破る。食い破ったその中は、けれどがらんどうだ。
歩く靴の下で、踏み潰され体液を吐き散らして死ぬ虫の、短い一生をうらやましく思った。思って、胸の中でだけ、神に許しを乞う言葉を、静かにつぶやき続けている。