* 2018年キリコ誕
* みの字のシャッキリさんには「もしもの話をしよう」で始まり、「君が目覚めるまでは」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以内でお願いします。
* 幻影後のいつか。
好物
「もしもの話をしよう。」シャッコが、寝起きのキリコの髪を撫でながら言う。キリコはその低い声を、ぼんやり聞いていた。
「今日がおまえの誕生日とやらで、ココナたちが祝いのために、おまえの好物ばかりを作るとしたらどうだ。」
「好物?」
まだ寝ぼけているせいなのかどうか、そう言われて真っ先に思い浮かんだのは、シャッコが狩って焼く砂モグラだった。見た目はともかく、あれは美味かったなと、キリコはシャッコの手の動きにつられて、体を揺らしながら思い出す。
「ああ、何か食べたいものはあるか。」
おまえの狩った砂モグラと、思った通りを言うわけには行かず、キリコはただ頭を振った。振ってから、思い直して、
「クメンで食べたサンドイッチはうまかったな。」
ファンタム・クラブで、ヴァニラがよく食べさせてくれた。あれは一体何が特別だったのか、一緒に出されたコーヒーと共に、味は格別だった。
シャッコはまだキリコの、ぼさぼさの髪を梳いたり撫でたりする手を止めず、自分もあのサンドイッチの味を思い出そうとしているのか、キリコの頭越しに、ふと遠い視線を投げる。
「虫やヘビでなければ何でもいい。ここで出される食事に文句はない。」
キリコは、それで精一杯褒めたつもりの言い方をしてシャッコを苦笑させ、自分の言ったことがおかしいとはまるで思わずに、ただシャッコを見上げていた。
「おまえの好物は何だ。」
逆にキリコが問うと、シャッコはちょっと目を丸くし、それからふと真顔になる。今度はシャッコが考え込む表情になり、舌の上に以前食べた味を手繰り寄せているのか、口元がかすかに動く。
しばらく経ってから、キリコの目を真っ直ぐに見て、ぼそりと答えた。
「おまえと一緒に食べた、砂モグラだな。」
ふん、とキリコは視線を泳がせ、確かにあの砂モグラはうまかったと、また考えた。
好物と言えるものなど、特にはない。誰かが自分のために、手間暇掛けて差し出してくれるそれなら、何でもうまいと、今まであちこちで口にして来たものを思い出してキリコは思う。
キリコの誕生日だと言って、今日、ヴァニラとココナは腕をふるってくれるのかもしれない。くれなくても、出された食事はいつだって十分に美味かった。
そうして、あのクエントの砂漠で、シャッコが誘い出して狩り、捌き、焼いて自分に食べさせてくれた砂モグラの、奇怪な見掛けの肉の味を、キリコはほとんど夢のように思い出している。
「美味かったな、あれは。」
シャッコを見上げてそう言うと、シャッコが苦笑の形に唇を曲げて、
「味は悪くない、とおまえは言った。」
珍しくちょっと意地の悪い言い方をして来た。そのことを覚えているキリコは、はっきりと唇を尖らせ、シャッコの前ではいつも子どもっぽくなる自分を意識して、それを忌々しくも思う。
自分が氷漬けになって眠っている間に、30年も先へ行ってしまったこのクエント人を前にすると、キリコは以前以上に、様々なものを損なってしまった自分を感じて、それを補うために自分はこの男と一緒にいるのだと、そんな事実に気づいてしまいもする。
この男は、眠っていた──目覚める予定ではなかった──自分を、待ち続けていたのだ。いつか目覚めると、そう確信して。
生まれた日が誕生日と言うなら、目覚めた日も、もうひとつの誕生日と言えるのだろう。その日は、いつかシャッコとふたりきりで過ごしてみたいと、キリコは目を伏せながら思う。
クエントはもうない。ヌルゲラントへも帰れない。キリコのために、2度故郷を失ったシャッコは、いつかまた砂モグラを、キリコのために焼いてくれるだろうか。
脂の滴る肉の味をまた思い出して、それから、キリコは背伸びをしながらシャッコを自分の方へ引き寄せた。
好物と言って、別に食べるものだけでなくても構わないのだと不意に思いついて、キリコは引かれるまま自分へ体を傾けて来るシャッコの唇へ、自分の唇を寄せてゆく。
これは確かに自分の好物だと思いながら、唇が触れた瞬間、向こうの小さなベッドでけたたましく赤ん坊が泣き始める。計ったようなタイミングだった。
もうひとつの、いずれふたりが祝うべき誕生日の存在へ、キリコは一瞬で親のそれになった視線を投げ、もう砂モグラのことなど頭から消し去って、シャッコから離れて、神の子をあやすためにベッドの方へ行く。
「おまえが目覚めるまでは──」
おれは誰の生まれた日も祝う気などなかった、と口の中でひとりごちて、キリコは泣く赤ん坊を抱き上げた。追って来たシャッコがキリコの肩に手を置き、赤ん坊を見下ろしながら、キリコの髪へ唇を押し当てる。
おまえが生まれて来てくれてよかったと、この奇妙な家族は互いに向かって今思う。
シャッコを真似て、キリコは神の子の青い髪にもそっと口づけた。