この前投稿した時雨と御主人様のバレンタイン漫画のその後です。
漫画にしてたら日が暮れそうなので文章にしてみました。
無駄に長い…
片桐さんの部屋はとても綺麗に整頓されていた。
部屋に入るのは初めてだったので何だか緊張する。
炬燵の電源入れて中入ってて、と言い残して、片桐さんはキッチンの方へ消えていった。
しばらく主のいなかった部屋は少し冷えていて、俺は少しずつ温かくなりつつある炬燵の中で
所在無く手足を動かす。
着ているのは浴衣のみ。おまけに裸足。
2月だというのに我ながら薄着だと思うけど、すぐ渡して帰るつもりだったし、門限が迫っていたし。
体が冷え切ってしまったのは廊下でウロウロしてたからで、自業自得だ。
しばらくするとコーヒーのいい匂いが部屋に充満して、トレイにマグカップを2つ乗せた片桐さんが姿を現す。
あ、と顔を上げたのと、何かが飛んできて俺に被さるのとはほぼ同時だった。
「!!!」
「……これ羽織っとけ。見てるだけで寒いんだよ」
投げつけられたのは紺色のジャケット。何度か着ているのを見たことがある。
どことなく気恥ずかしさを感じながら、ありがとうございます、と呟いて、ご好意に甘えることにした。
片桐さんが優しいときは2通りある、と最近気が付いた。
1つめは今みたいに、何か怒ったように優しいとき。
こんなこと言ったらまた怒られるかもしれないけど、そういうときの片桐さんはとても可愛い。と思う。
もう1つは…目が笑っていないとき。
優しく触れて、物語のような甘い台詞を流れるように囁く。
いつも騙されそうになって、でもすぐにこれは嘘なんだと現実に引き戻されて。
その度に何故か胸が締め付けられる……気が、する。
――と、そんなことをぼんやり考えていたら、不意に呼ばれたような気がした。
慌てて顔をあげると、片桐さんがちょうど包みを解いたところだった。
2段重ねの箱に、ブラウニーとチョコクッキーがそれぞれ詰められている。
…ちょっと、作りすぎたかもしれない。改めて見るとそう思った。
「何ボケっとしてんの。ほら、コーヒー飲め。」
「…いただき、ます」
差し出されたマグカップに両の手を添えると、指先から痛いくらいの熱が全身に伝わる。
コーヒーには詳しくないので銘柄とかはわからないけど、淹れたてのコーヒーのいい香りが鼻腔をくすぐった。
何回か息を吹きかけて冷まして1口分だけ喉に流し込んだあと、こっそり片桐さんを盗み見る。
ちょうど、ブラウニーを口に運んだところだった。どきどきしながら見守る。
「時雨。…これ、手作り?」
「あ……はい。お口に合えば、…いいんですけど」
「…ふーん。味はフツウだな。てか、お前も食えよ」
普通と言いつつも、2個、3個と手にしているところを見ると、それなりに食べられるものだったようだ。
気づかれないように少しだけ微笑んで、自分もクッキーに手を伸ばす。
やっぱりコーヒー屋に意見を聞いただけあって、苦いコーヒーによく合っていた。
俺が無口だからかもしれないけど、2人でいるときはあまり話さない。
だから2人で黙々とコーヒーとクッキーとブラウニーを口に運びながら、
壁の時計の秒針と、時折風で震える窓の音を聞いていた。
「…今晩、どうすんの」
ペロリと指先についたクッキーの欠片を舐めながら、不意に片桐さんが尋ねた。
「え」
「泊まってくの?」
「えっ……!」
「俺送ってくの嫌だもん。外寒いし。」
片桐さんの部屋に泊まる。
えぇと、泊まるってことは、ベッドとか借りるわけで、
いや、片桐さん同室相手いないからベッド1個空いてるはずだけど、
この浴衣は寝巻きになるからいいけどでもまだシャワー浴びてないし、
そもそも片桐さん今制服着てるってことはシャワーもこれからで、
…て俺なに考えてるんだ。何かあるわけないじゃん。
急遽飛び出した予想もしなかった言葉に、俺はしばしパニックになる。
しばしの後、落ち着いてきた頭で、頭の悪い回答をした。
「えと……あの。1人で、帰れます。」
「……ふーん。あっそ。」
それきり、片桐さんは黙り込んでしまった。
途端に機嫌の悪くなったように見える片桐さんを見て、しまった、と思った。
ここは素直にご好意に甘えた方が良かったのか。でも泊まれと言われたわけではないし。
今から「泊めてください」と言った方がいいのか。
手元のコーヒーが残り少なくなって、徐々に熱を失っていく。
クッキーもブラウニーもあと1個ずつ。
帰らない理由がどんどんなくなっていってしまうの刻々と感じる。
でも。
目の前で頬杖をついてコーヒーをかき混ぜている片桐さんは明らかにイライラしているし
ここは大人しく帰るのが賢明だろう。
そうだ、受け取って貰えて、食べて貰えて、コーヒー頂いて。それだけでも十分すぎる。
多くを望むのは間違っているんだ。
「…あの。もう、帰りますね。……コーヒーと上着、ありがとうございました」
俺はマグカップを炬燵の上に戻して、上着を丁寧に畳んで側に置いた。
こちらを見ようともしない片桐さんに向かって小さく、ご馳走様でした、と呟いて、
炬燵から出る。
ひんやりとした空気が裸足の足首から熱を奪っていくのを感じながら、ドアの方へ向かった。
「―――時雨」
部屋のドアに手をかけた瞬間、後ろから抱きすくめられた。
「とても美味しかったよ。また君の作ったものを食べたいな」
耳元で囁かれて、くらりと眩暈のような感覚に襲われる。
触れられた肩が熱い。
このまま何も知らずに騙されることが出来たのなら。
「――失礼します」
苦しくて、逃げるように部屋を飛び出す。
―――ドアが閉まる直前に見た片桐さんは、目が笑っていなかった。
END.
* * * * *
花楓さんが描いて下さったその後イラストをベースに。
でも「口元ついてるゾv」が入れられなかったーっ(ていうかそんなバカップルっぽく言ってないよ)
澪くんは時雨を困らせるためにわざと優しくしてるって設定あったなーと思ってそれ書いてみました。
その設定忘れがちですが(笑)
ちなみに澪くんて、地のときは二人称は「お前」だけど、演技モードのときは「君」なんだって!(by花楓さん)
最後のは空気読まずに「一人で帰る」と言っちゃった時雨に対しての仕返しと、
演技モードにかこつけてのお礼とだったらいいなというわたしの妄想でした。
お話なんて久々に書いたよ!