「そういうわけで頂戴な、秋」

「ないよそんなもの」

白髪の男は本から目を離し、至極面倒臭そうにそう答えた。

「え? ないの? ……話が違うわね……」

二人の少女が眉を八の字に曲げて言う。

男は溜息を吐いた。

「……幾らここが雑貨屋の類だと言っても、流石に季節そのものまでは置いていない。その上――」

幻想郷の中でも異質な店、香霖堂。その品揃えは人里には出回らないようなものが多く、故に多くの者の関心を集めた。

が、半人半妖の店主、森近霖之助の特異な能力を以てしてもその大半の使用用途は不明であり、例え買ったとしても宝の持ち腐れとなるのが現状であった。だから売れない。

勿論使えるものや用途が判明しているものもあるのだが、有用なものはほぼ全て霖之助の所持品となってしまうため出回らない。商売する気はないようである。

「君たち自身が、その秋を管理しているようなものじゃないか?」

霖之助は少女たちに指を差す。二人は同時に身じろいだ。

霖之助の言うこともまた真実である。彼女らは幻想郷の秋を司る、歴とした神様なのだから。

姉の秋静葉は紅葉の神。山を鮮やかに紅く染める。

妹の秋穣子は豊穣の神。農作物を豊かに実らせる。

二人揃って秋姉妹。冬になると暗くて暗くて陰気がうつると専らの噂である。

その彼女らが、香霖堂に“秋はないか”と押し掛けてきたのだ。おかしな話ではある。

「えー……と……そ、れーはー……」

「あー…………ねぇ?」

茶を濁す。

霖之助は二人の相手をするのを止め、また手元へと視線を落とした。

その様子を見て二人は慌てる。

「あっ! ちょ、ちょっと待って! ……仕方ないか。言っていい? 姉さん」

「……うん、まぁ、一人くらいなら問題はないんじゃない?」

冗談っぽく静葉は答えた。それを受けて穣子は頷き、霖之助をじっと見詰める。

すると観念したのだろうか、それとも集中できなくなったのだろうか。霖之助ははぁ、とまた溜息を吐いて本を閉じた。

「それで……どうしたんだい?」

「ええ、それが――」

 

 

彼女達は、秋の到来を感知できるそうだ。

人のそれとは違い、彼女達はどれぐらい秋が深まってきたか、などの度合いが直感的に分かるらしい。

秋の神様なのだからそれくらいはできて当然だろうが。

その秋が、今年はなかなか来る気配がないらしい。今現在ですら、その兆候も全く感じられないそうだ。

これはおかしい。例年も数日くらいのずれはあったことがあるし、それも修正の効く範囲の、少なくとも里人が不審に思うような程度では決してなかったからだ。

それが、今年は違う。

例年に比べてなんて生易しいものではない。明らかに異常気象の類だったのだ。気付かない奴の方がおかしい。

勿論秋でない以上穣子たちもそうそう自身の能力は使用できない。彼女達の能力は秋限定で発現することのできるものである。暦の上では秋とは言え、現実に秋ではない以上能力を自由に行使することができなかった。

だから一時的にごまかす、といった手段も取れなかった。幾ら秋のように涼しくなくても、作物に実が実ったり山が紅葉したりすれば一時的にではあるが里人たちだけでも騙すことはできた筈だった。

ただそれはできなかったわけだし、第一にそれが普通の気候であれば、の話だが。

何しろ真夏の暑さなのだ。それで気付かない筈もない。結局この異常事態は露呈することが決まっていたというわけだ。

さて、上記の通り姉妹に落ち度がないとすれば、一体何が原因なのだろう。一年と言う大きな区切りを更に大きく四分割したうちの一つ、季節の一角を担う大切な秋と言う時季なのだ。まさかそのままにしておくわけにもいかない。

加えて二人は秋を司る神である。この失態を何とかしなければ神様の面目丸潰れである。信仰もなくなるだろう。そうなるともう自身の存在すら危なくなってくる。

かくして姉妹は、幻想中を飛び回り原因を調べ解決することに決めたのだ。

 

結果は冒頭の通りである。

昔からの知り合いや神様に会って事情を話し、どうすれば良いのかを尋ねた。誰に聞いても結局は同じで、誰もが皆口を揃えて「知らん」。姉妹の計画は全く功を奏さなかった。

里人たちの認識しているように、神様たちもまた季節は変わり巡るものと考えていたのだ。それが巡ってこないことなど前代未聞。新参は元より、最長老クラスの神ですらそんなことは今までに聞いたことがないと断言した。

こうなっては、若い二人にはもうお手上げである。最後に駄目元で、迷いの竹林にいる神代から生きているという兎の所を尋ねてみた。信用できるもんかしらね、兎だしなどと戯言を口にしながら道中を歩いていた辺り、信頼はないに等しい。藁をも掴むような気持ちとはほど遠い。ただの気紛れに過ぎなかった。これで駄目なら、大人しく諦めて天に判断を委ねようとしていたのだ。

が、これが新たな情報を齎した。

「金は? あ、なんだ。ないのか。私ゃ知らないよ。……まぁでも、あそこの店主なら知ってるかもね?――」

 

 

「――それで僕の所に?」

二人は同時に頷く。霖之助は再度溜息を吐いた。

迷いの竹林の兎のリーダー、因幡てゐは高名な詐欺師である。果たしてこの二人はその事実を知っているのだろうか? 霖之助の脳裏にそんな疑問が過る。

どう考えても嘘だ。現に、季節がどうこうといった類の話など、見たことも聞いたことも話したこともおろか書物で読んだことすらだってない。そんな彼に、どうして神ですら解けなかった難問を解くことができるだろうか?

詐欺兎の出任せを、心の中で霖之助は恨んだ。

そんな霖之助の態度で察したのか、静葉は恐る恐る口を開いた。

「あ、あの……やっぱり、無理だったら私達で……」

穣子も頷いて肯定する。

「そうね……こんな眼鏡に分かるとは思えないし。人間に分かるんだったら私達が先に解決してるわーっつってね。姉さん、仕方がないけれどもう一度――」

「……あのね、君達」

静かに霖之助が口を開いた。穣子はその声に押し黙る。

「僕は半人半妖だし、ただの木偶の坊ではないという自負だってある。これでも気は長いつもりだが、そう貶されてばかりだと流石に引き受ける気がなくなってしまうよ」

「え……」

「ってことは?」

霖之助は大きく頷いた。

「その依頼、受けよう。僕も少し考えていたことがあるんだ。それを実践すれば……或いは」

まぁ、確証はないんだけどね、と小さく付け加える。

直後、香霖堂内からは歓喜の叫びが響き渡った。

 

 

連日続く真夏日に、博麗神社のものぐさ巫女は辟易していた。

「毎日こうも暑くちゃやってらんないわね……。もう今日のお務めはお終いにしようかしら」

そう一人ごちる。

すると彼女の背後から突然少女の声が一つ。

「おいおい、そんな勝手に終わらせて良いのかよ。巫女って言うのはそんなに楽な仕事なのか?」

蒐集癖を持つ普通の魔女、霧雨魔理沙がそこにいた。

「暇人に言われたくはない。……おかしいと思わない? これじゃあまるで夏だわ」

「あ? ……あぁ、確かにもうそろそろ涼しくなっても良いくらいだな」

いつまで経っても下がらない気温。幻想郷の住人殆どが、その異常を感じていた。

「また……誰かの仕業なのかしらね」

博麗の巫女こと博麗霊夢は、妖魔退治と異変解決を生業としている。今回のこれも又異変の一つであるならば、彼女は異変の解決に乗り出さなければならないのだ。

彼女はそれを酷く面倒臭がっていた。

「春に続いて今度は秋か。秋度でも集めろって言うのか? 頭が秋で一杯な奴は、あの姉妹神くらいなもんだぜ」

以前起きた異変。あの時は春が訪れず、霊夢とそれをおかしく感じた者たちが異変解決に乗り出した。

もしそれと同じケースと言うのなら、また同じように秋を集めればいいのか、と魔理沙は冗談交じりに聞いているのだ。

しかし。

「……あながち、ありえない話じゃないわね……」

「……本気で言ってるのか? それ」

魔理沙が呆れ顔で問う。対して霊夢は考え込むように俯いていた。

確かに笑い話に過ぎないのだろう。だが、何故その可能性がないと言い切れる?

霊夢も巫女である以上、この歴然とした異変を見逃すわけにはいかない。それに、聞いた話ではもう長い間雨が降らず、作物が枯れてきてしまっていると言うではないか。

実害が出ている。これは“ルール違反”だ。

となると、霊夢の答えは一つしかなかった。

「なら……少し、お灸をきつく据えないといけないようね」

「あー? 何の話だ?」

霊夢は宙に飛び上がり、挑発するように魔理沙を見据えた。

「どうせあなたも来るんでしょう? 良い暇潰しよ」

「……アテはないが……ま、この暑さの理由は知りたいしな」

魔理沙も同様に飛び上がる。

二人は行く先も決めず、ただ気の向くままに飛び始めるのだった。

 

 

その頃の香霖堂では。

「秋にならない、ということは……秋になれない、秋になる必要条件がまだ満たされていないということじゃないかな」

「はぁ? 意味分かんない」

秋姉妹に、霖之助はお得意の講釈を始めていた。

「例えば、だよ。夏に必要不可欠なものは? まず第一に暑さが来るだろう。太陽の光も重要な要素だな。風物詩なんかでは、向日葵や花火もあるだろう。

逆に言えば、これらのどれか一つでも欠けていては夏ではないんだ。ただ蒸し暑いだけなら温暖前線でも通ったのだろう。日光は年中射しているから、これは問題ないとして……向日葵が咲かない夏、というのは聞いたことがないな。花火だってある種夏の限定品のような扱いをされている。

それら夏の名物が欠けてしまったら、それは最早夏ではないんだ。便宜上や暦では夏かもしれない。だけど、その真の意味では夏を示すことは決してないんだ……わかるかい?」

割と暴論である。

勿論頭が秋な二柱に理解することはできず、まるでちんぷんかんぷんだった。

「まぁいい。つまり……僕が知りたいのは、これさえあれば秋だ、と言えるものが何か、なんだ。君たちならそれらを挙げることくらい造作もないことだろう?」

「まぁ……それくらいなら、なんとか」

こくりと静葉は頷いた。一方穣子は未だ眉を八の字に曲げている。

「団栗とか、紅葉……でもこれは、私がいつもやってることだし……」

秋になってから仕事を始めるのだ。秋になくてはならないが、現段階で足りていなければならないものではない。

十五夜の月もまた然り。別に満月を待たずとも秋は訪れる。訪れる筈だった。

その後も色々と挙げていきはするが、どれも決定的なものとは言い切れないというのが最終的な判断だった。

「ふーむ……ならやはり、他の要因と言うわけなのか……? しかし、そう軽々しく捨て置くことは……」

「もう! なんでそんな回りくどいことばっかするのよ!!」

突然穣子はカウンターをバンと叩き叫んだ。霖之助がとても迷惑そうな顔をする。

「もう時間がないの! こんな悠長に話し合っているだけじゃ何も進展はしないわ! 何が考えよ? はっ! こんな風に喋繰っているだけで解決するんだったら何も苦労しないっての!」

店中に響く声で穣子は叫び続けた。もし客が近くにいたとしたら、間違いなく驚いて逃げて行ってしまうような怒声だ。

しかし穣子が怒るのも無理はない。実際、これは一刻を争う変事なのだ。霖之助のように机上の空論で長々と喋っているような余裕はなかった。

かと言って、霖之助だって真面目に考えてはいるのだ。先程の無意味に思える考察も、この姉妹だけでは決してできなかったアプローチなのだ。

お互いにお互いの言い分がある。だからそれが衝突してしまっても、それは仕方のないことだった。

霖之助は徐に立ち上がった。

「なら……僕は僕のやり方で模索させて貰うよ。時間を掛けさせて悪かったね。……僕は今から店を留守にするけれど、勝手に出て行ってくれて構わないから。それじゃ」

霖之助はつかつかと足音を鳴らし店を出ていった。

鼻息荒く罵声を喚き散らす穣子。事態をただ見守っているしかなかった静葉は、やはりただおろおろとしているだけだった。

 

 

天狗が現れた。

こまんど?

「面倒臭いわね。逃げましょう」

「情報だけは持ってる奴らだぜ? 何か聞き出せるかもしれない。試してみるのも一興だ」

「そうそう。それに、私から逃げられると思うこと自体が間違いなのです」

はっと二人は後ろに振り向く。そこには予定調和通り、俊足の烏天狗、射命丸文がにこにこと笑っていた。

つい先程までは目の前にいたのに、その一瞬後には背後に回る。その異常なまでの足の速さが、文の自慢の一つだった。

「珍しいですねぇ、お二方がご一緒で外出とは。……もしかしてお邪魔でしたか?」

「馬鹿なことを言うな。……全く、変なことばかり言うから嫌なのよ、こいつ」

下世話なパパラッチそのものである。

構わず文は話を続ける。

「まぁまぁ、そう邪険にせず。聞いていますよ、お二人の数々のご活躍は。片や幻想郷のバランサー、才色兼備の博麗の巫女こと博麗霊夢さん。片や影の努力家、異変の裏で必ず暗躍していると専らの噂の眉目秀麗の魔女、霧雨魔理沙さん。今や幻想郷にその名を知らぬ者はなく、妖怪ですらおいそれとは手を出せません。人類最強と謳われたあなた方が、ご一緒にお出掛けとは……やはり、ただ事ならぬ異変が起きているのではないのですか?」

能書きがやたらと長い。言葉の波で相手を呑みこみ絡め取るのが文の得意技だった。

今回のパターンは褒め殺しのようである。

霊夢は呆れて魔理沙の方を見た。

「相変わらずぺらぺらと小五月蝿い烏だな。黙っていりゃ少しはマシなんじゃないのか?」

口では悪態を吐きつつも、その唇の端は明らかに緩んでいる。満更でもないようだ。

完全に文の術中にはまり込んでいた。

霊夢は溜息を吐く。

「……御託は良いわ。何が目的? また新聞のネタ集め?」

文の発行している文々。新聞。記者も兼ねている文は、日々そのネタ集めに奔走しているのだ。たまに取材と称して様々な人物にインタビューを強行してもいる。

その被害者に霊夢も魔理沙もいた。二人はそれを案じていたのだ。

「まぁ、そんなところでしょうか。……隠さなくても良いじゃないですか、知ってるんですよ、私」

「何をよ」

「今回の首謀者は、どうやら秋姉妹である確率が高い、と」

小さく、そう文は囁いた。

二人は驚く。いきなり今回の件に関しての核を突くような、文はそんな暴挙に出たからだ。

暗にこの二柱を探れ、と言っているのである。

「……どうしてあんたがそんなこと知ってんのよ」

「どうしても何も、彼女達は最近妖怪の山に頻繁に出入りしてたんですよ。その上我らが頭領の天魔様にも謁見を願い出ている。天狗達の噂では、この姉妹が何かを企てているとの噂で持ち切りだったんです」

天狗達の情報網は広く、そして網目は小さい。身内間での情報伝達に至っては電光石火の速さで伝わる。

噂が広がるのはたったの数分であった。

「その矢先のこの天候。夏が長い、というのは秋が来ない、とも言い換えられますからね。彼女達が疑われるのも当然です」

「ふーん……でも、天候だけだったらあの天人も可能性はあるんじゃない? あんたも知ってるでしょ、ついこの間の」

勿論有頂天の天人、比那名居天子のことである。霊夢は彼女に神社を壊された過去があるため、あまり良いイメージを持っていない。

彼女もまた、天気を変化させることができた。

「ああ、あれは最初から除外です。幾ら天人とは言え、幻想郷一帯を夏の日差しに晒すことなどできる筈もありません」

「……そういうもんかぁ?」

「そういうもんです。……それに、秋姉妹は他の有力者達――多くは神様ですが――の元を訪れている。怪しいと思いません?」

怪しいと言えば怪しい。だが、今までの傾向からするとその線は薄いように思えた。

「確かにそれは見過ごせない情報だけど……あの姉妹が何かを企んでるなんて、それこそ考えられないわ」

「だな。頭が秋で埋め尽くされてるような奴がそんな大層なことを仕出かそうとするとは思えない。何かの間違いじゃないのか?」

遠回しに二人が文を批判すると、文は一枚の写真を懐から出した。

「ええ、私もそう思いましたよ? ……ですがね、これはどうも関連性が見つからない、そう思いません?」

文は霊夢に近付きその写真を手渡した。どれどれ、と魔理沙も近寄り覗き見る。

その写真には、秋姉妹が香霖堂の中へと入って行くその瞬間が収められていた。

「……どういうこと?」

「分かりませんよ。ただ……香霖堂と言えば外の世界の物が商品として並ぶ、幻想郷の中ではなかなかに異端の店です。言わば、外界と最も密接に結ばれている店、とでも言いましょうか……お二人は当然知っているとは思いますが」

魔理沙が頷く。

「確かに、文献の量としては紅魔館地下の大図書館や里の白澤の蔵書の方が多いと思われます。ですが、その内容には天と地の差があるとは思いませんか?」

霊夢は魔理沙の方を見た。魔理沙はより大きく頷く。

「ああ、里の方は知らんが図書館の方は……あんまり新しい情報はないな。香霖のとこの方が私の知らない内容が多い」

「努力家で読書家の魔理沙さんですらこうです。それは当然と言えば当然でしょう、外界の情報が直接入ってくるのが香霖堂なのですから。そりゃ、私たちの知らない秘術やらが収められた書物があってもおかしくはない筈です。

……ここだけの話、今まで季節が狂うことはあっても遅れることはありませんでした。いえ、これも非公式な発言なのですが……天魔様が訝しがっておられたのです、“秋が来ない”、と。……これは、本来なら有り得ないことなのです。

幾ら力のある妖怪でも、自然の流れを堰き止めることはできません。精々が子供騙しの上塗りだったり、他の要因によってより他の季節に近付ける、それぐらいが限界なのです。

それが、天魔様自身が“来ない”と仰られる……これは明らかな異変です。ですが、幻想郷内の知識のみで引き起こされた異変とは、私にはどうしても考え難いのです」

「つまり……霖之助さんもこの異変に加担している、ってこと?」

「加担、ならまだ良いんですけどね。……これがもし、脅迫によって引き起こされた異変だとしたら、今頃彼は口封じに――」

くしゃり。

音に反応して文が顔を上げると、魔理沙が写真を握り潰していた。

全くの無表情である。霊夢も同様だった。

「……悪いなブン屋。私は少し用が出来た。これ以上取材を受けている暇はないな」

「私も、ね。……新聞のネタにでも何でもして頂戴。情報は有難うね。……じゃ」

二人は文に一瞥もくれずに、踵を返して香霖堂の方向へと向かった。

 

 

「……穣子、あんた少し言い過ぎ――」

「何? 姉さんもあいつの肩持つわけだ! 呑気にお話ばっかりしちゃってさ、あーあーなんて無駄な時間を使ったんでしょうね!」

半ば開き直った穣子の態度を、静葉は少し不快に思った。

「男漁りが楽しいなら勝手にしてればぁ? 私は一人でも原因を突き止めに行くわ。誰かに任せっきりにして、それで手を拱いて見てるだけなんて私にはできない。ましてや、あんなひ弱そうな男に原因が分かるわけあるもんですか」

「穣子」

「そもそも、姉さんがいけないのよ。確かにほんの少しだけは私達で原因を解明しようと努力したけど、後はみんな他人任せじゃない! できなくて、諦めて、それで後は待つだけぇ? なんて気長な手段でしょうね! 事態は一刻を争う変事だというのに、何故そんなに呑気にしていられるの?」

「……思い上がりは良くないわ、穣子」

「何が思い上がりなものですか! 見てなさい、今から私が真相を暴いてやるから! あははっ、面白くなってきたわよ。まずはどこへ向かおうかしら。案外あの医者とかが余計なことをしてたりしてね!」

静葉は溜息を吐いた。

そして、穣子のすぐ傍までゆっくりと歩み寄る。

「……な、何――」

ぱしん。

香霖堂の中で、鋭く乾いた音が響いた。

穣子は自分の左頬を擦る。

そこは赤く腫れて熱を持っていた。

「な……何……する、のよ……」

「何にも分かってない馬鹿妹に、分からせるためにぶったのよ」

その言葉で穣子の顔は、みるみるうちに頬と同じくらい真っ赤になっていった。

目にはうっすらと涙を浮かべて。

「……何さっ! 図星を突かれて涙目の癖に! このままじゃあんたにこの異変は解決できない! 夏がいつまで居座るのか、秋がいつまで立ち止まっているのか、分からないままここで燻ってるわけ!?」

「ゲーム感覚でやってるの? いい加減目を覚ましなさい。いい、はっきり言ってあげるわ。あんたも薄々感づいてはいるでしょうけど……私達だけでは、この問題は解決できないわ」

「どうしてよ? そうやって最初から決めつけてればできるものもできないわ! 負け犬根性が染みついたのかしら?」

「もうそこが浅はかなのよ。既に訊いた通り、私達より永く生きている賢者や同業者ですら分からなかったのよ? それなのにあんたや私のような若いだけが取り柄の知識も碌にない神様に何が分かるって言うのよ。……そもそも、これは前例のない事件。何をどうやって調べる気なのよ?」

「……そ、それは……」

「浅い浅い。私の言葉で足止めされるくらいじゃ何やっても無理よ。諦めて天に運を任せるだけね。……神様が運を任せるだなんて、皮肉もいいとこだけど」

「…………」

穣子は押し黙る。耳まで真っ赤にして、ただ俯いていた。

元々、霖之助の態度が少し気に入らなくて張った強情である。穣子にも自分だけでは解決の糸口すら掴めないことは分かっていた。

精神が幼いが故の行動だったわけだ。

それも姉に看破され、分かり切っていたことを再認識させられた穣子はすっかり意気消沈していた。

「……ねぇ、穣子」

「…………」

「だからと言ってね、ただの道具屋の店主一人にこの一大事を任せるのもどうかとは私も思うわよ。半分は冗談で頼んだ相手。多分私達より頭は良いけど、私達よりこの件に関して持っている情報は少ない」

「…………それで?」

「ね、“一人”に任せるのはいけないわよね?」

「…………」

穣子は顔をあげた。

目の前には満面に笑みを湛えた静葉の顔があった。

「お手伝い、しに行きましょうか?」

「…………うん!」

袖で涙の跡を拭く。

目は赤く腫れていたが、本音をぶちまけた彼女の表情はどこか清々しく見えた。

小さな声で妹が謝ると、姉は笑いながらそれを許した。

「妹を正すのは姉の務めですから、ね」

「……なーんか納得いかない」

直後、二人は同時に吹き出す。

喧嘩をした後の独特の気持ち良さ。それが彼女達を開放的にしていたのかもしれない。

「行きましょう。きっと今でも悩んでるんじゃないかしら?」

「私達がいれば、すぐにでも解決できるわよ! 三人寄れば文殊の知恵、ってね!」

と、二人が店を出ようとして振り向くと。

「……あー、何やら青春ドラマやってるとこ悪いが」

その出入り口には二つの影。

「暑くて私はイライラしているんだ。率直に言おう、答えろ。香霖をどこへやった?」

口元を緩めて、しかし目は笑っていない黒白の魔女と、

「さっさと異変を解決しましょう。大人しく倒されなさい、秋の神」

つまらなそうに、けれど口調には静かな怒気を孕んだ紅白の巫女。

「さぁ、行くぜ」

「さぁ、行くわよ」

強大な力を持った二人の人間が、同時にスペルカードを手に構えた。

 

 

ここは人里。

もう長月も半ばだと言うのに誰もが薄着でいる様は、例年と比べると明らかに異常であった。

そんな異常が普遍である中でも、いつでもどこか異常さを醸し出しているのが彼、森近霖之助である。

今現在は、ぶつぶつと独り言を漏らしているのがその原因のように思える。

「季節と言うのは人が定めた概念……それに準じて幾つもの儀式が行われている……つまり、季節それ自体は通過儀礼と言っても問題はない? ……いや、特徴的な事象が現実に現れているのだから、そうと決めるのはおかしいか……」

怪しい。

内容も正直意味不明である。里人は皆彼のことを奇異の目で見つめていた。

「秋を秋たらしめるもの、か……まぁ、餅は餅屋なんだろうな」

そう呟いて、ふと立ち止まる。

そこは里にある唯一の寺小屋の前だった。

 

「時節? ……ふむ、辞書にもそういったことが載っていないわけではありませんが」

里の寺子屋で教師として勤めている半獣の女性、上白沢慧音。

もう既に授業は終えていたようで、中の掃除をしている最中だった。

彼女の知識もまた、霖之助に負けず劣らず豊富である。

というか明らかに彼女の方が豊富だ。

「珍しいですね、あなたが気候の勉強をしたいとは……何か心変わりでも?」

笑いながら言う。

慧音の知っている彼はただの“モノ”好きの一面である。とは言っても彼の趣味はひどく狭い範囲であり、そのほぼ全てを占めているのが“モノ”であるからその認識に間違いはないのだが。

だからこそ、こういった分野に興味を示すことは珍しいと言えた。

「えぇ、一つどうしても気になることがありましてね。……秋の定義が何か、といったようなもので」

「秋の定義? それは酷く抽象的ですね……確かに調べなければ詳しくは分かりそうにないです」

「まぁ、そういうことです。僕の店にも辞書や図鑑があれば、里に出てくることもなかったでしょうが」

「おや? 私に会うのはお嫌でしたか?」

慧音が悲しそうな顔で尋ねた。

慌てて霖之助は取り繕う。

「いえいえ、とんでもない。ただこうして貴女に逐一迷惑を掛けるのもどうかと思いまして」

「ふふふ。冗談ですよ。……図鑑はまだしも、辞書は一つくらい置いといて損はないと思いますよ。はい」

くすくす笑いながら、棚から取り出した一冊の分厚い辞書を霖之助に差し出した。

霖之助も同様に笑いながらそれを受け取る。

「騙すとは人が悪い。……ありがとうございます、事が済み次第すぐにお返ししますので」

言うが早いが、その場で本を開くと霖之助は字を素早く目で追い始めた。

 

 

「うふふ。ネタは出揃いました。ガリガリ書きますよー、ガリガリ」

堪え切れない笑いを漏らしながら、射命丸文は机に向かう。

右手には筆。左手にはまっさらな紙。幾度か墨をぶちまけた跡のある机の隅には、放置されたままの硯が残されていた。

隅に置いてあるからぶちまけるのだと彼女が気付くのはまだ先の話である。

「これまでの度重なる誹謗中傷。幾ら自分に都合の悪いことだからって、暴力で隠蔽しようとするとは感心できませんね。……まぁ、今回はしっかりと許可も取ったし、そんな心配はなさそうですが」

実際事実をかなり曲解して書いていることも多いのだが、そんなことは彼女にとって瑣末なことのようだ。

「見出しはー……『異変解決か! 博麗の巫女、遂に動き出す』とか……うーん、なんか微妙ですね」

奇抜であればあるほど読まれる率は高くなる。新聞の看板とも言える大見出しは、毎号文の頭を悩ませていた。

結局は適当に妥協して決まるのだが。

「んー……まぁ、内容書いてる内に浮かぶでしょう。先に記事です、記事」

硯に水を差し、文は墨を磨り始めた。

 

 

「ちょ、ちょっと待って! 一体何のことだか……」

「惚けるな。はた迷惑な事件を起こして、その上香霖に手を出すとはいい度胸だな? 成敗してやる」

魔理沙がもう片方の手にミニ八卦炉を構えた。

「惚けてなんかいないわよ! 大体香霖って……あ」

「……あぁ、霖之助さんのことよ。ここの店主。……そんなことはどうでもいいわ。姉は私が担当しましょう。魔理沙、あんたは妹の方」

霊夢の呼び掛けに魔理沙は頷いた。

「おう。そっちは任せたぜ。……そう言うわけだ。行くぜぇっ!!」

自分を中心に星型の弾を展開する。

螺旋を描きながら宙を舞い、しかしその軌道は明確に穣子を捉えていた。

ゆっくりと、そして確実に。

ただばらまいているようで、それは計算されている弾幕なのだ。

店の中の陳列物を倒しながら、星型の弾は流れていく。

穣子はそれを紙一重で体を逸らし避けた。

「っとと……建物の中で弾幕勝負だなんて危ないじゃないの! どうせなら外にしなさい!」

「……突っ込むところ、そこ?」

小声で静葉が呟いた瞬間、彼女の頬に何かが掠った。

振り向く。

そこにはひらひらと、一枚の御札が舞っていた。

「ほら、姉の方も余所見しない方が良いわよ。私も容赦しないから」

その次の一瞬。

霊夢と静葉の間には、何十、何百、何千もの御札が展開されていた。

「……ちょーっと、これは、実力に差がありすぎるんじゃなーいのー……?」

「行け」

霊夢が呟くと、それらの御札が一斉に静葉に向かって飛んで行った。

並の速さではあるが、量が圧倒的に多い。例えその全ての軌道が見えていても、御札と御札の合間を縫って避けるのは至難の技であった。

しかし、かわす。

まるで宙を舞う紅葉のように、静葉は体を揺らしてかわす。

全ての御札が地に落ちた時、静葉は服をボロボロにしつつもしっかりとそこに立っていた。

「軌道が見えていれば、あとは重心を揺らすのみ……策に溺れたわね、博麗霊夢」

不敵な笑みを顔に浮かべる。

正直運が良かっただけで、全て気合い避けだったとは虚勢を張った今口が裂けても言えない。

静葉と霊夢は睨み合ったまま、膠着状態になった。

 

その横では、魔理沙が右手から虹色に輝く極太のレーザーを放っていた。

彼女の研究の集大成、恋符「マスタースパーク」である。

「……あんた、それちょっとやり過ぎじゃないの? お店が壊れちゃうわよ」

霊夢が横から口を挟む。

レーザーは壁を貫通し、大きな穴をあけて店の裏の森まで届いていた。

「あー? 私の辞書に手加減って文字はないぞ」

明らかに常識を無視した破壊力。

直撃しても死にはしないが、ボロボロになることは間違いなかった。

静葉は今すぐ魔理沙をぶん殴りたい衝動に駆られたが、霊夢が依然として動かないのでどうにもならない。

下手に動けば自分がやられてしまう。

しかし、そんな心配も無用だった。

「……ひゅー。間一髪だわね」

反射的に魔理沙はその声のした方――頭上に顔を向けた。

そこには宙に浮いたまま静止している、秋穣子の姿があった。

「幾ら横に大きくて太くても、縦はそんなでもないからねー。代わりに頭ぶつけたけど」

「んなっ……ひ、卑怯だぞ!」

痛そうに頭を擦る穣子と、その真下で喚いている魔理沙。静葉達とはまるで対照的であった。

これはプレイヤー達それぞれの気性からも表れているのかもしれない。

「……ちぃっ。ならばもう一発撃つまでだ! 今度は逃がさないぜ、覚悟しな!」

魔理沙はいつの間にかマスタースパークの放出を止め、改めて穣子に照準を定めていた。

だがそれをわざわざ待っている穣子でもない。

「だーれがそんなの待つものですか! 私はさっさと外にとんずらさせてもらうわよ! おほほほほ!」

言うが早いが外へ飛び出す。続いて魔理沙もそれを追って外へと飛び出した。

一転して静まる店内。動と静を体現した二つのチームが分かれたことにより、その静けさは更にはっきりとした。

魔理沙の開けた壁の穴が、ただ心地よい風を運ぶ音のみが耳に届く。

しかしそんな静寂が長く続くわけもない。

「……行ったか。騒々しい奴らね、魔理沙も妹も」

「ええ、全くだわ」

飄々と答えてはいるが、実際霊夢と静葉の力量の差は天と地の程もある。これは神様なら解決できるような問題ではなく、ただ弾幕勝負のセンスがあるかどうかにおいてのみ決定される。

……だから、静葉は弾幕勝負において決して霊夢には勝てない。

「終わらせましょう。あんたもあんまり痛い思いはしたくないでしょ? 何も仕掛けてこないので分かるわよ」

霊夢がまたスペルカードを構えた。静葉は慌てて両手を挙げる。

「ちょ、ちょっと待った。……平和的に解決しましょう。平和的に」

「何言ってんのよ。先に手を出して平和的も何もないわ。ま、この異変を収めてくれるってのなら考えないでもないけど」

その言葉に、ぴくりと静葉が反応する。

「……異変?」

「そ、異変。あんた達が引き起こした、これは確固たる秋異変よ」

「秋……異変……」

そこで静葉ははたと気付く。

「……分かった。あなた、多分勘違いしてるわ」

「勘違い? 何を?」

一旦大きく深呼吸をして、それから静葉は言った。

「今回の異変……あなたの言う所の秋異変、それを引き起こしたのは私達じゃないわ」

「……何ですって?」

店の中に、一陣の風が吹いた。

 

 

そして、遂に見付けた。

「……そ……う、か……そういうことか! 分かった! 分かったぞ!」

「そうですか、それは良かった」

机を挟んで正面に座っていた慧音が、にこりと微笑む。

霖之助は興奮して立ち上がった。

「ええ、ありがとうございます上白沢さん。お陰で大変助かりました。これならきっと、この異変を解決できることでしょう」

「異変、ですか? なんと、それ程大事でしたら私もお手伝いできることもあったでしょうに」

「いえいえ。実際、異変と呼べるかどうかも分かりませんでしたし。……どうもありがとうございました。早速帰って実行してみたいと思います」

言うが早いが霖之助は寺小屋を飛び出し、里を駆け出すのであった。

慧音が呼び止めようとしてももう遅い。慌てて追い掛け外に出た頃にはもう声も届かないようなところまで走ってしまっていた。

「もう……全く、あの御人はいつも自分勝手ですね」

慧音は少し苦笑する。

それでも、嫌な気持ちがしないのはやはり少なからず好意を抱いているせいなのかもしれない。

本来ならその不作法を次来た時に咎めるくらいはするのだが、霖之助に対してはすぐに許してしまう。

私もまだまだ甘いな。朱く染まりつつある空を仰ぎ、慧音はそんなことを思った。

 

 

その頃の香霖堂付近では。

「ならば! これをかわせるか!? 行くぜ、魔砲!『ファイナルスパーク』ッ!!」

魔理沙の右手から、更に高出力のマスタースパークが放出された。

だが、外にいるためより逃げ場が広くなった穣子にとって、それを避けるのは造作もないことだった。

「きゃっ!? ……ふ、ふんっ! ただ大きくなっただけじゃない! 一度避けられたのに、同じ手が通用すると思って?」

余裕を持って勝ち誇る穣子。しかし魔理沙の顔にうっすらと浮かぶ笑みは歪まない。

「はん。私がそうそう同じ技を使うと思うか? ……少しずつ迫り来る恐怖、思い知りな!」

「はぁ? 強がりも大概に……っ!!」

その時、穣子は初めて気付いた。

先程馬鹿にした“ただの高出力のマスタースパーク”が、今自分の方へ少しずつにじり寄ってきていることに!

周囲の木々を薙ぎ倒しながらゆっくりと回るそれは、脅威以外の何物でもなかった。

「一直線でかわされやすいなら……追尾能力を付ければいい! 簡単なことだぜぇ? 神様!」

そして魔理沙の周囲に無数の様々な色の星が出現する。

それらもやはり、穣子を目指して螺旋状に陣を固めながら進んで行った。

「ちょっとちょっと……これはマズいんじゃない? 私もスペルカードを使わせてもらうわよ」

そう言って帽子の中をまさぐり、一枚のカードを取り出し頭上に掲げた。

「秋符「秋の空と乙女の心」! さぁ、弾を弾で打ち消しなさい!」

スペルカードを宣言すると同時に、穣子の周囲に無数の弾が出現した。

それらは魔理沙の弾幕の規則的な動きとは対照的に、その弾はどこへ向けて飛んで行くのか分からない。

それでも最初から決まっていたかのように弾が幾つかの方向に分かれながらもそれぞれで集まって行くのは、やはり計算された動きなのだろうか。

星型の弾と米型の弾がぶつかり合い、消滅する。威力は互角のようだった。

流石にマスタースパークそれ自体を打ち消すことはできないが、星弾を消すことで逃げ道を確保するには十分だった。

「小賢しい手は通じないわ。……ねぇ、なんでいきなり襲ったりするのよ? 私達、何もしてないのよ?」

「おーおーまだ言うか。なら香霖をさっさと連れてきてほしいところだな。できないだろうけどな」

「そりゃできないわよ。どこにいるか分からないし」

穣子が言うと、魔理沙は構えていた八卦炉をゆっくりと下ろした。

「……どうも話がかみ合わないな。お前、犯人じゃないのか?」

「犯人? 何のよ」

穣子は眉を顰めて問い返す。

随分と時間を掛けて、二人は静葉達と同じ疑問に至ったのだ。

 

 

「印刷完了! さぁ、バラ撒きに行きますよ!」

文は両手に数えきれない程の紙の束を抱え、部屋を飛び出し空へと飛翔した。

 

 

「この数週間、どれだけ雨が降った!? ……いや、降っていない! どうして僕はそのことに気付かなかったんだ!」

言いながら、しかし口元は緩んでいる。自分の発見に、抑えきれない愉快さがあるからだ。

ただただ単純明快なこと。最初の考え方は間違いではなかった! ただ、その事実に気付けさえすれば裏付けなど要らなかったのだ。

これは寧ろ、それまでと比較した方が分かりやすかったのかもしれない。その考えに至らなかったのが、唯一の心残りか。

ああ、可笑しい。

 

「……ええ、私も勘違いしているということが分かったわ」

霊夢は魔理沙に向かってそう言った。

「勘違い……? 何がだよ?」

魔理沙が首を傾げて霊夢に問う。霊夢はゆっくりと首を振った。

静葉は霊夢の後ろで、何とも言えずに苦笑いをしているだけだった。

「この神様は今回の異変発生に何ら関与していない。寧ろ逆だわ」

「逆……ってことは?」

「ええ。……私達も、この異変を解決しようとしているの」

静葉がとても言い難そうに言った。

魔理沙は目を大きく丸く見開く。

「……はぁー!? マジかよ、そりゃないぜ!」

穣子は苦々しげに、えー、知らなかったのと呟いた。

霊夢が大きく溜め息を吐く。

「だからあんたは直情型って言われんのよ。……まぁ、確認もしない私も悪いけど」

あの天狗の情報で逆上せちゃったのね、と一人ごちる。

確かに文の言葉を聞いた直後の二人の様子は普通ではなかった。

しかし知り合いがもしかしたら危険な状態にあるかもしれない、と聞いて誰が平然としていられるだろうか?

さしもの霊夢ですら、慌てて香霖堂まで駆け付けたのだ。ある程度は、仕方がないと認めるべきなのかもしれない。

その後の魔理沙のように、相手の事情も聞かずに攻撃を始めるのは流石にやり過ぎだが。

――兎にも角にも、こうして四人は漸く互いの事情を知るに至ったのである。

 

 

上空にて。

「さぁ、里の皆さーん! 号外ですよ、号外!」

射命丸文はそう叫ぶと同時に、手に持った新聞を適度にばら撒いた。

ある時は十字に、ある時はその場を旋回し、里の全域にまんべんなく新聞を撒いて行く。

人々が落ちていく新聞を手に取った時、文はこの上ない喜びで胸がいっぱいになった。

あぁっ、なんて嬉しいことでしょう! いつもはピンポイントに配って行くだけなのが、号外という名目でばら撒いただけでその数倍もの人に読んでもらえるとは! これぞ創作者冥利に尽きるというものです!

一人、また一人と地面に落ちたそれを拾う。例えすぐに捨てられるとしても、手に取って貰えたというただそれだけで文にとっては至上の喜びだった。

勿論、読んで貰った方が良いには違いないのだが。

それまでぞんざいに扱われていた自分の新聞が、そのまま踏み付けられることがないということが最早奇跡に近いのである。

……こうしてみると文がとても不憫に思えるのだが、日頃の行いを加味するとやはりそうされても仕方がないように思える。

無論そんなことを全く気にしていない文は、この今の現状をとても喜ばしく思っていた。

「さぁさぁ、どんどん配って行きますよ! お次は……そうですね、森の方に行きましょうか!」

 

 

「……なんだ、僕の店の前でたむろして」

そう霖之助が呟くと、二人の少女がぱっと笑顔になって振り向いた。

「香霖!」

「霖之助さん!」

が、二人ともすぐに憮然とした顔に戻る。

その様が如何にも子供らしく、霖之助には微笑ましく思えた。

魔理沙がその失態をかき消そうと慌てて口を開く。

「お、お前がいないから面倒なことになったんだ! 全く、今までどこに行ってたんだ?」

「僕は魔理沙に自分の行動を全て教えなければいけないのかい? ……里だよ。一つ調べ物があってね」

「へぇ。どうせ何だかんだ口実付けて白澤のとこにでも行ってたんじゃない?」

「ん? よく分かったね。何、上白沢さんに辞書を貸して貰っていたんだ」

白い目で二人は霖之助を見詰める。勿論霖之助に自覚はないため何故自分がそんな目で見られるのか全く理解していなかった。

まぁそれはいいとして、と話を打ち切る。

「君達、まだいたのかい? もう帰ったと思ったが」

「……なによ、帰った方が良かったわけ?」

「穣子!」

実際、二人はまだ喧嘩した状態のままだったのだ。穣子の気持ちにはもう何も蟠りはなかったが、今の霖之助の言葉に少しむっときた。

腕組みをしてぷいと横を向く穣子。静葉がそれを咎めても、一向に止めようとはしない。

霊夢と魔理沙は何があったのか知らないので、黙って見ていることにした。

「穣子、あんたまだそんな……」

そこで静葉の言葉を遮るように、霖之助はずいと前に一歩出た。

「良いよ。これは僕と彼女の問題だ」

「でも……すいません、分かりました」

静葉は頭を深々と下げ、一歩後ろに後退した。

霖之助と穣子、ただ二人だけが対峙する。

「……何のつもりよ」

「いや、……その、なんだ。……あの時は、大人げなかったと思ってる。申し訳ない」

頭をポリポリ掻きながら、頬をほんのり赤く染めて霖之助は言った。

それを見て、穣子も少し赤くなる。

「なっ…………そ、そんなの、気にしてないわよ、別に……」

顔は背けたまま。

しかし、耳まで段々赤くなっていくのが分かる。

「……ごめんなさい」

最後にとても小さな声で、霖之助にしか聞こえないようなか細い声でそう付け加えた。

霖之助も少し驚いたような顔で返す。

「あ、あぁ……許してくれるのなら、それに越したことはないが……」

予想外にも穣子も謝ってきたため、唖然としているようである。

静葉にその言葉は聞こえていなかったが、どうやら仲直りできたようなので取り敢えずは良しとした。

無論、霊夢と魔理沙には何のことだか分からないので何が何やらさっぱりであった。

 

そして程なくして。

「……さて、聞こうか」

霊夢を除く三人が真っ青になった。

「この惨状は一体なんだい?」

それは、香霖堂の中での悲劇。

陳列されている商品は全てが薙ぎ倒され、幾つかは消し炭と化している。

奥の壁には大きな穴が開き、裏にある森が平然と覗けた。

床には御札がびっしり敷き詰められたように散らばっている。

まるで宴会でもした後のようだった。

「まさか、とは思うけど……店内で、弾幕勝負をしたわけじゃあないね?」

無表情のまま尋ねる霖之助。言葉の端々から、静かな怒りが感じ取れる。

三人は一層表情に悲壮感を漂わせた。

「に、しても……霊夢。君はまだ良識がある方だと思っていたが、これは一体どういうことかな?」

「……事の成り行き上、仕方がないことだったのよ。文句を言うなら天狗に言うと良いわ」

霊夢がそう言うと、魔理沙もそうだそうだと加勢した。

「あぁ、確かにな。あいつが余計なことを吹き込まなければこんなことにはならなかったかもしれないぜ」

「天狗? ……話が見えないな」

この二人がいることに文が関わっていることを霖之助が知る由もない。責任転嫁するには絶好の標的だった。

しかし、本人がそこにいるとしたらどうだろうか。

「私が……どうかしたんですか?」

店の入り口で首を傾げて、射命丸文がそこにいた。

慌てて魔理沙が駆け寄る。

「そーだっ! お前が変な情報を寄こしたからこんなことになったんだよ! 秋姉妹が黒幕だぁ? はん、馬鹿にするな! 一面ボスが黒幕だなんて一人だけで十分なんだよ!」

相手の反応を許さない連続口撃。取り敢えずこいつに全部罪を負わせよう、のこいつが来てしまったのだから必死だ。

その上自分の心を弄ばれたようなものでもある。

案の定文は突然の魔理沙の捲くし立てに混乱した。

「ちょ、ちょっと待って下さいよ魔理沙さん! 私には何のことなのか……」

「あーあ分からないだろうなぁ。お前の情報が間違ってたことなんてお前は思いもしなかっただろうからなぁ!」

魔理沙は一層激昂する。

その豹変ぶりに霖之助も混乱していた。

「霊夢……魔理沙はどうしてあんなに怒っているんだい? 彼女がそんなに悪いことをしたのか?」

「だから言ったでしょうに。ここがこうなった原因はあいつの言葉に惑わされたからよ」

と言ってもやはり抽象的過ぎる。結局霖之助にはその真意が計れなかった。

「あー……魔理沙。分かった、僕も諦めよう。許してあげるから彼女を放してやってくれないか?」

魔理沙は既に文の首を絞め始めていた。

 

六人集まり輪に並び。

商品が散乱している中で、霖之助達は座りながら言葉を交わしていた。

「はー……それはたいへんしつれいなことをしました。どうもすいません」

文が真顔で言う。

もしかしたら分かっていてやっていたのかもしれない。

そう思うと四人の腸は煮えくりかえりそうになった。

「そう言うことだったのか……まぁ、誰にだって間違いはあるだろう。寧ろこうして真実が分かったから良かったんじゃないか? まぁ僕の店は半壊状態のままだが」

霖之助だけが呑気なことを言っていた。

言葉に皮肉を孕めても誰も反応しない。霊夢と魔理沙に関しては毎度のことなので霖之助は半分諦めていた。

「そんなことより! 帰って来たってことは何か分かったわけ? それとも尻尾巻いて逃げて来たの?」

穣子が唐突に話を打ち切る。

そもそもこれが本題であるため、穣子の判断は適切と言える。

霖之助は無言で頷いてから、口を開いた。

「あぁ。多分謎は解けたと思う」

「本当!?」

「じゃあ……」

ぱぁっと姉妹の顔が輝く。しかし霖之助はそう焦らない方が良いと制した。

「まず、僕の推理を話してから行動に移そう。いざとなればそこの新聞屋に手伝ってもらうし」

そう言って霖之助は真っ直ぐ文に向けて指を差した。

「……へ? 私ですか?」

随分と間抜けた声だった。

 

「――簡潔に言おう。必要なのは雨だった」

「雨?」

確かにここ数週間ほど雨は降っていなかった。だからこそ霊夢も動き始めたのである。

それが人為的なものだと判断して。

「そう。秋には特徴的な長雨があってね……これがある一定の条件の下でなければ降らないんだ」

「あぁ、それ知ってます。秋雨とか秋霖って呼ばれる雨らしいですね」

文が手を挙げて答えた。

「その通り。この秋雨とか言うのは、停滞前線によって降る雨のことを言う。……分かるかな? 停滞前線と言うのは暖かい気団と冷たい気団が――」

「それは良いわ。先、続けて」

霊夢が急かす。

許容すると話が長くなりそうだった。

「良いのかい? ……で、葉月の半ばから神無月の初めまでに出現する停滞前線。これを秋雨前線、もしくは秋霖前線と言うんだ」

「秋霖なんて名前、偶然とは思えないなあ、香霖?」

魔理沙が茶々を入れる。

「話の腰を折らないでくれ、魔理沙。……まぁ僕もそうとは思ったけどね」

このメンバーで話を円滑に進めろと言う方が難しいのかもしれない。

「で、この前線が降らす雨を先程言った秋雨、秋霖と呼ぶんだが……これらは“停滞”と言うだけあって、長く降ることで有名なんだよ」

「雨、ねぇ……長雨どころか、小雨すら降っちゃいないわね」

「だから問題なんだ。この秋の長雨、別名何と言うか知っているかい?」

霖之助が全員に問い掛ける。

誰もが首を横に振るばかりだった。

「秋入梅(あきついり)。……つまり、秋に入ることを示しているんだ」

「……雨が降らなきゃ、秋は来ない?」

「そういうことだね。皆も知っての通り、今年は非常に暑い。僕の予想じゃ、今の幻想郷の気団はとても暖かい筈だ」

停滞前線とは、暖かい気団、冷たい気団の二つがぶつかり合い、拮抗しあうことにより生まれる前線である。

六月に降る梅雨。あの現象を引き起こす梅雨前線も、この停滞前線の一つである。

霖之助の論法で言えば、梅雨前線は春から夏へと移行する際に必要な要素の一つと言うことなのだろう。

「そこで、最後は君に手伝ってもらい停滞前線を作り出すことになる」

改めて霖之助は文を指差した。

「はぁ……いまいちよく分かりませんが」

「何、それ程難しいことじゃない。ただ空を自由に飛び回ってもらうだけさ」

それだったら私にもできるぜ、と魔理沙が一人ごちた。

無論誰も相手にしていない。

文は首を傾げて、きょとんとしながら言った。

「たったそれだけのことなら……もうやっちゃいましたよ?」

「…………なんだって?」

 

 

その頃の里では。

「はー……何だこれ、異変がどうたらって書いてあるけど……」

誰もが地面に落ちている新聞を拾い上げ、仕事も忘れ読み耽っていた。

新聞と言うものが普及していないこの里では、娯楽の対象となりえそうなものが優先されるのはよくあることだったのだ。

だから、空の異変に気付くのが遅れるのも、必然と言えば必然であった。

「ん……お、おい皆! 空を見ろ!」

「空? ……あぁ! なんてことだ!」

元々そこにあった暖かい大気。その中を駆け巡る文は、知らず知らずの内に空気をかき混ぜるようなことをしていたのだ。

文が通った道は一つの冷たい線となる。それが幾重にも重なり重なり、いつしか小規模の冷たい気団と化していた。

暖かい空気に囲まれ身動きできなくなった冷たい気団は、更に小規模でありながら停滞前線とよく似た性質の前線を作り出す。

まばらにあった雲はどんどん発達していく。その速度は少しずつ上昇していき、いつしか里を包み込むまでの大きな雨雲となった。

「雲だ! 黒い雲! 間違いない、雨雲だぁ!」

一人の男が叫ぶと同時に、ぽつぽつと水滴が空から降る。

最初は途切れ途切れに、次第に強く。

連日の日照りに悩まされていた里民にとって、それは恵みの雨だった。

「雨だ……雨だ! 雨だ!!」

「何だかよく分からないけど、雨が降ったぞおおおお!!」

「うおおおおおおおお!!」

「天狗じゃ! 天狗の仕業じゃ!!」

「なんと天狗様のお恵みであったか! きっとこの紙切れを撒いていた天狗様であろう!」

「奉れ! 天狗様を探し出し、今すぐ崇め奉るのだ!!」

「うおおおおおおおお!!」

里は歓声に包まれ、いつにもない盛況を見せた。

 

 

「号外を配るために幻想郷中を駆け巡っていたのです。ここにだってこれを届けるために来たんですよ?」

そう言って文は肩に提げていた鞄から一枚新聞を取り出しひらひらとさせる。

文々。新聞号外とあった。

「と、すると……既に雨は降っている、ということか?」

「でも今は降ってないわね。やっぱり霖之助さんの仮説は間違いだったんじゃない?」

霊夢の言葉で落胆する秋姉妹。その場に何とも言えない空気が漂う。

しかし、霖之助はゆっくりと立ち上がって外へ出る。

他の少女達もそれに続いた。

「いや……見てご覧」

霖之助は空を指差す。

その先には。

 

 

霖之助は空を見上げた。

そこには黒々しいぶ厚そうな雲が構えていた。

空気の変化が伝播して、ここにまで里のそれの影響が広がったのかもしれない。

何はともあれ、これが何よりの証拠であった。

「とりあえず……この異変は解決、で良いかな?」

そうして降るのは久しき雨。

日照り異変。けれどもその実秋異変。

秋姉妹が香霖堂を訪れたことにより始まった一連の騒動は、雨が降ることで幕を閉じたのであった。

 

 

数日後。

「やっほー。来たよ」

数日続いた雨の後、とても綺麗な秋晴れの下。

秋穣子は香霖堂を訪れていた。

あの後秋姉妹は「秋の匂いがする」と言ったきり、どこかへと飛び去って行ってしまったのだ。

とりあえず霖之助の仮説はこれで証明されたことになる。

霊夢と魔理沙は元々この日照りをどうにかすることが目的だったので、雨が降った以上何も問題はない。しっかり夕食を御馳走して貰ってから帰って行った。

文は「異変解決! これは早速号外を作らねば!」と叫んで秋姉妹同様どこかへ行った。ジャーナリストは常に新鮮なネタを探している。目の前に最上級のネタがあると言うのに、誰がのんびりとしていられようか。

いつも以上にぐだぐだな流れ解散になった後、秋姉妹は一度も香霖堂を訪れていなかった。秋になった以上はとても忙しい。顔を見せるだけの時間も彼女達にはなかった。

今日は多忙の合間を縫って、そのお礼に来たというわけだ。但し穣子一人で。

姉と一緒に来なかったのは、何となく気恥ずかしさがあったからだと思われる。

「……ってあれ? なんで姉さんがいるのよ」

穣子が香霖堂の中に入ると、カウンターを挟んで霖之助と静葉が談笑していた。

穣子の来訪に気付いた静葉がいたずらっぽく笑う。

「え? それはこっちの台詞よ。折角二人きりで仲良くお話してたのに」

笑いながら言う辺りがおぞましい。

案外、これが彼女の本性なのかもしれない。

勿論その言葉に穣子も突っかかる。

「ふたっ……ちょっと! まさか姉さん、こいつとデキてるとか、そんな話じゃ……」

「そんなわけないよ。さっきから余計なことばかりされて迷惑だったんだ。さっさと連れ帰ってくれ」

とても面倒臭そうに霖之助が言う。

おそらく本心であるから憎らしい。

「何? そんなに私のことが気になるの? ……いや、違うわね。この必死さ、まさか穣子……」

「うるさい! もう、姉さんは仕事やってなさいよ! まだいっぱいあるんでしょ!?」

「それはあんたも同じー。何しに来たの? 告白?」

くすくす笑う静葉。真っ赤になりながら大声で静葉を追い出そうとする穣子。

余計な常連がまた増えそうだと、霖之助はやがて来るであろう喧騒の日々に頭を抱えるばかりだった。

 

 

――文々。新聞 号外――

連日続く日照り。その異常さに事件のにおいを感じ取ったのか、博麗の巫女がついに動き出した。

本紙はその真実を探るべく、博麗神社の唯一の巫女、博麗霊夢(人間)と一緒にいた霧雨魔理沙(人間)に直撃取材を試みた。

両人ともに異変解決のエキスパートである。今回は二人が協力し、異変をより迅速に解決しようという計画だったらしい。

「最近暑くて暑くて困るのよね。犯人がどこにいるのかは知らないけれど、見つけたら完膚なきまでにとっちめてやるわ」(博麗 霊夢)

随分と恐ろしい発言である。しかしそれだけ頭に来ているということの表れなのかもしれない。敵にすれば恐ろしいが、味方にすればこれ程頼もしいことはないだろう。

できれば日常の業務にもその気概を見せてほしいものである。

「霊夢が何やら困っているようだったからな。私が手を貸せば異変でも何でも一瞬で解決するさ。私達の前には敵はいないぜ」(霧雨魔理沙)

聞いてもいないのにべらべらとよく喋る魔理沙さんの談。何やら妖しい言葉だが、気合は十分だということは読者の皆さんにもお分かり頂けるだろう。

人間としては最強クラスの実力を持つこの二人。妖怪退治や異変解決に関しては、この二人が組めば解決しないことなど何もないだろう。

実績がある、それだけに実に頼もしい。今回の異変をどう料理するか、今後の二人の動向に注目である。

それにしても、二人とも本当に仲が良く見えた。取材の最中も寄り添い合い、見ているこっちが目を背けてしまうほどの熱愛振りだ。

もしかしたら、本当はデートにでも行くつもりだったのかもしれない。幻想郷の秘部を垣間見た一瞬だった。(射命丸 文)

 

「……よく読むととんでもないこと書いてあるわね、これ。嘘ばっかりじゃない」

「だな。次あったらぶん殴る」

空気に向かってストレートを華麗にきめる魔理沙。

霊夢は新聞紙を丁寧に折りたたみ、部屋の隅においた。

「ま、料理に使えたりして割と重宝するんだけど」

「そう言えばあいつ、今捕まってるんだっけ? どうする? 知り合いのよしみで助けてやるか?」

魔理沙がそう言うと、霊夢は鼻で笑った。

「誰が。こんなこと書かれて助けに行くなんて余程のお人好しよ。暫くはこのままの方が、あいつにとっても良い薬になるでしょ」

「だな」

 

 

「……えーと、あのー」

文が口を開くと、周囲にいた男達は即座に平伏した。

「射命丸文様のお言葉だー! 静かにしろ! 話をするな! 息を止めろ! 一言一句、全てを聞き洩らさず愚鈍な頭にたたき込めっ!!」

「あ、いや、何も息まで止めなくても……」

高く積み上がったござの上で呟く文。当然誰にも聞こえない。

そこは狭く暗い密室の中。里の中で暗躍する秘密教団、天狗教の所持する施設の中の一部屋だった。

燦々と輝く太陽の光に枯れていく作物。農民は既に限界だった。

そんな中、恵みの雨を降らせたのは射命丸文だったのだ。

生きた奇跡。文の所在が判明し、彼女が教団に拉致されるまでに時間はあまり掛からなかった。

文はすぐさま崇め奉られ、男達が揃いも揃って地に頭を擦りつけている異様な部屋に押し込まれた。

平伏する屈強な男達は組織の幹部。天狗様のご尊顔は、上層部の中でも一部の者しか拝むことはできないのだ。

「……すいません、もうそろそろ家に帰して貰っても良いでしょうか? 私にも仕事が……」

「そんな! 困ります射命丸様!」

一人の信者が立ち上がる。

それを切っ掛けに、信者は全員立ち上がってそれぞれの思いを口にした。

「そうです! 貴女様がいなくては、我らの未来はあり得ません!」

「天狗様のお恵みを、御加護を、これまで一度たりとも感謝しなかったことなどありません! お願いします、どうかここにお留まり下さい!」

「お留まり下さい!」

信者の野太い声がこだまする。

文は自分の軽率な発言を酷く後悔した。

反響する「お留まり下さい!」の声の中、文は誰にも届かない小さな声で呟いた。

「あぁ、誰か助けに来てくれませんかね……私はいつ解放されるんでしょうか……」

当然誰も助けに来ない。軟禁されていることは割と広く知れ渡っていたが、それまでの行為が文自身の評価を著しく下げていたのだ。

著名な妖怪や人間なら誰もが一度は特集を組まれる。その中で、必ず一度はその被取材者の評判を下げるようなことが書かれている。

そんな記事を書くような者を、誰が助けに行くものか。

射命丸文はただ一人、連日狭い密室に閉じ込められ礼拝されるばかりなのであった。

あとがき

「秋霖前線」という言葉を聞いてふと思いついた作品。故に秋姉妹×霖之助だったり。

辞書と今目の前にある箱を用いて霖之助の話に説得力を持たせることに尽力していた覚えがあります。

霊夢と魔理沙の二人組の恋心をうまく描写できていなかったかなぁ、と。恋は盲目を前提としていましたので。

文に関しては完全に不要なオチを加えた結果、文のことが好きな方々には不快な思いをさせてしまいました。重ね重ねお詫び申し上げます。

この頃からトンデモ理論をよく使うように。